表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/31

リリの現在と過去 1年前 破滅のはじまり③

 クリスティアン殿下の控えの間まで、私たちは無言だった。


 広間を出る直前。国王陛下の侍従と、クリスティアン殿下つきの近衛騎士たちと合流した。けど、クリスティアン殿下の取り巻きたちは追ってこない。ただのご友人たちはともかく侍従ですら。

 人望の無さの現れね。まあ、あんな事をしでかす第二王子の扱いなんてそんなものか。


 私はクリスティアン殿下の後で周囲を警戒しながら歩きつつ、その背中を(にら)んだ。


 あの場には多くの目撃者がいた。大きな騒動にはならなかったとはいえ、クリスティアン殿下の失態は広まってしまうだろう。


 正しく自業自得だけどね!接近禁止人物くらい覚えなさいよ!


 クリスティアン殿下は、人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。それは悪いことではない。

 でも、あらかじめ似顔絵付きのリストを渡されている。特に接近禁止の要人については、何度も何度も覚え込むまで注意されていた。

 なのに忘れていたのは興味がないから忘れてしまったか、面倒だから手を抜いたか、勝手な解釈をして『自分にとってはどうでもいいから、覚えなくて良い』と判断したのだろう。


 シルビアお姉様や教師たちや国王陛下の言葉や立場を、どこまでも軽んじているから。


 やっぱりこの王子『お気の毒な方』なんかじゃない。傲慢で怠惰な馬鹿だ。


 本当に、見た目と女性に手を上げないこと以外いい所がない。


「……」


 だけど、流石に反省した?やけに静かだ。

 私は背後にいるから後ろ姿しか見えないけど、どんな顔をしているやら。


 つらつらと考えている内に、廊下を進みクリスティアン殿下の控えの間に着いた。


 全員が中に入り、扉を閉める。


 まずは国王陛下の侍従から、今回のことについて話があるだろう。


「クリスティアン殿下、まずはお座り下さい」


 シルビアお姉様が、クリスティアン殿下に座るよう促した。

 そしてクリスティアン殿下の身体の向きが変わり、その顔が私から見え……。


「シルビアーナ様!」


 勝手に身体が動いた。

 バキッ!という何かが壊れたような音。強烈な痛み。頭の中身が揺れる。目の前が白く染まる。何もわからない。


「リリ!」


「クリスティアン殿下!何をなさいますか!」


 シルビアお姉様の悲鳴。近衛騎士たちの怒号。


「リリ!リリ!」


 シルビアお姉様が呼んでる。なんとか顔を動かして目を開く。私に手を伸ばすシルビアお姉様。それを近衛騎士が押さえている。

 それでいい。シルビアお姉様、近づいたら駄目。危ない。

 絨毯の上にうずくまる。血が落ちて汚れていく。右頬と口の中が燃えるように痛い。

 だんだん意識がはっきりしてくる。


 クリスティアン殿下がシルビアーナ様を殴ろうとした。私は咄嗟に二人の間に入り、シルビアお姉様の代わりに右頬を殴られたのだ。


「なんだ貴様!白髪の下民の分際で邪魔するな!」


 激昂するクリスティアン殿下を、近衛騎士たちが肩や腕を掴んで止める。


「離せ!シルビアーナ貴様!あの男はなんだ!浮気したのかこの淫売……!」


「なんてことをなさるのですか!」


 シルビアお姉様の怒りが、声になって炸裂(さくれつ)した。

 途端、場を圧倒する。クリスティアン殿下の目が見開かれる。私も驚く。こんなに声を荒げたシルビアお姉様は久しぶりだ。

 私がブランカ男爵夫人に叩かれたあの時以来だ。


「わ、私は悪くない!き、貴様が浮気をしたから……!」


「お黙りなさい!アジュナ殿下に求婚はされましたが!私は明確にお断りしました!二人きりでお会いしたことも個人的な書簡のやり取りもありません!殴られる(いわ)れがどこにあるというのですか!」


 怒声と正論、燃え盛る黄金色の瞳。あの傲慢(ごうまん)なクリスティアン殿下もたじろいでいる。


「だ、だが……」


「貴方のお考えなど知りません!理不尽な理由でリリに手を上げ!怪我を負わせ!侮辱(ぶじょく)したのは事実!今すぐ謝罪なさい!」


「ぐっ……う……!」


 クリスティアン殿下はしばらく(うな)って、やがて近衛騎士たちの手を振り払った。


「命令だ!触るな!私は第二王子だぞ!」


 近衛騎士たちは逡巡(しゅんじゅん)しつつも従う。それを見て、クリスティアン殿下はいやらしく(わら)う。


「謝罪だと?第二王子である私が?はっ!馬鹿馬鹿しい。たかが侍女が怪我をしただけだろう」


「……!」


 シルビアお姉様が絶句したのをこれ幸いと、クリスティアン殿下は背を向けた。控えの間からどこかへ逃げる気だろう。

 国王陛下の侍従と近衛騎士の何人かが後を追う。


 それを目で追うシルビアお姉様の眼差し。黄金色の瞳は怒りと憎悪で燃えていた……しかしすぐに、私へと視線を移す。


「リリ!」


 シルビアお姉様のドレスが絨毯に広がる。

 私に覆い被さるようにして泣き濡れる。


「リリ、リリ、ああ可哀想に。お医者様のところに連れて行ってあげるからね」


「だいじょ……シル……ビ……」


 ああ、笑おうとしたのに。大丈夫と伝えたかったのに。シルビアお姉様を安心させたいのに。

 頬が腫れてるし、口の中を切ったから無理ね。もう少し上手くやれたらよかったのに。庇うので精一杯で情け無い。

 でも、シルビアお姉様を守れてよかったなあ。嬉しいよ。


 だから泣かないでよ。シルビアお姉様。


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ