リリの現在と過去 4年前の申し出②
国王陛下はむしろ落ち着きを取り戻した様子で、近衛騎士を下がらせて静かに仰った。
「ゴールドバンデッド公爵よ。其の方の懸念と怒りは最もだ。余は、クリスティアンが更生すると信じてはいるが……。シルビアーナ嬢が断るのなら、余も諦める」
「シルビアーナ、お断りしろ。我が家にとって、あまりにも益のない縁組だ」
シルビアお姉様の黄金色の瞳が揺れる。一瞬だけ私を見て、国王陛下に目線を戻して口を開いた。
私は祈る。
どうか、お断りしてと。
そして、シルビアお姉様は口を開いた。
「……考えさせて下さい」
そんな!シルビアお姉様!
私は『どうかお断りして!」と、叫んですがりつく所だった。ゴールドバンデッド公爵閣下も詰め寄った。
「シルビアーナ!はっきりお断りしろ!こんな屈辱的で無意味な婚約を結ぶ必要はない!」
「……お父様。私は国王陛下の御心に胸を打たれました。お力になりとうございます。国王陛下を誰よりも敬愛されているお父様には、この想いが理解できるかと愚行いたします」
「それは……!しかしこの婚約と条件はあまりにも……!」
「もちろん、このままお引き受けすることはできません。一度持ち帰り、婚約の条件や褒美についても検討した上でお返事させて頂きとうございます。
国王陛下、よろしいでしょうか?」
「もちろんだ。互いにとって、最良の形になるよう検討しよう。
シルビアーナ嬢、ゴールドバンデッド公爵、よろしく頼む」
その日のお茶会はこれで終わり、私たちはゴールドバンデッド公爵家に帰った。
◆◆◆◆◆
帰りの馬車の中。重苦しい沈黙に包まれている。
お二人は向かい合って、私はシルビアお姉様の隣に座っている。
ゴールドバンデッド公爵閣下は目を瞑り、全身から不機嫌さを滲み出していた。
隣に座る侍従は無表情だが、しきりにゴールドバンデッド公爵閣下とシルビアお姉様を気にしている。
シルビアお姉様は正面に眼差しを向けている。ゴールドバンデッド公爵閣下を見ているのではなく、何か考え込んでいるご様子。
私はというと、シルビアお姉様が婚約するかもしれないという事実や、その内容のひどさと……シルビアお姉様がお断りしなかったことに混乱していた。
シルビアお姉様、クリスティアン殿下のお世話をしたいの?それともまさか本当に婚約したいの?
そしていずれ結婚するの?だってそうよね?国王陛下はああ仰っていたけど、つまりシルビアお姉様が嫌と言わなければ結婚してしまう。
嫌!嫌!嫌!
とんでもない馬鹿王子がシルビアお姉様の婚約者になるだなんて!結婚するだなんて許せない!
……いいえ。違う。誰とも結婚して欲しくない。
私は、見ないようにしていた自分の本当の思いを突きつけられた。
嫁ぎ先にも着いていきたいだなんて嘘!
私以外がシルビアお姉様に触るなんて考えただけで気が狂いそう!
乱れた心を必死に押さえている内に、ゴールドバンデッド公爵家に着いた。全員無言のまま馬車から出て屋敷の中に入る。
出迎えた執事と侍女たちが、異様に重い空気と険しい顔のゴールドバンデッド公爵に当惑する。
執事長だけが動じず、いつも通り挨拶をした。
「お帰りなさいませ。旦那様、シルビアーナお嬢様」
「……ああ、ご苦労」
「お出迎えご苦労様。私はしばらく部屋にいます。リリ以外は近づかないようにして下さいね」
「シルビアーナ、お前は私の執務室に来るんだ」
「お父様。もちろんあの事についてはお話しますが、明日にして頂けないでしょうか?私も今後について考えをまとめたいのです」
「いいから今すぐ……」
「それに、お父様はとてもお怒りのご様子。大切なことを決める時は、冷静でなければ」
「ぐっ!だ、誰のせいで……!」
シルビアお姉様の表情が憂いを帯びる。
「……ご心配をおかけして申し訳ございません。ですが、ゴールドバンデッド公爵家に利益をもたらす形にするとお約束します」
「そうではない。私はお前自身が心配なのだ」
柔らかな笑みを浮かべ、シルビアお姉様は頷いた。
「私は大丈夫です。それではお父様、明日の朝食後にお話させて下さいね」
その後、お二人はそれぞれ執務室と自室へと向かった。
今すぐ泣きわめいてシルビアお姉様にすがりたい。そんな心を必死に抑えながら、私はシルビアお姉様に付きそう。
◆◆◆◆◆
シルビアお姉様の自室。
シルビアお姉様の薄化粧を落とし、髪をおろし、お着替えを手伝う。
若草色のワンピースから、白いブラウスと紫色のスカート。シルビアお姉様お気に入りの組み合わせ。
ワンピースなどを片付けて戻ると、シルビアお姉様はいなかった。奥の、寝室に繋がるドアが空いている。
音はしないけどわかる。シルビアお姉様は寝室にいる。
そして、私を待っている。
寝室に入ると、シルビアお姉様は寝台に腰掛けていた。
「リリ、いらっしゃい」
柔らかく誘う声。私はすぐ隣に座った。
互いの肩が触れる近さ。
私だけが許されている距離感。涙が滲む。
「リリ、泣かないで」
淡雪のように優しい指先が、私の目元に触れる。愛おしい肌の熱。とうとう涙がこぼれた。
「シルビアお姉様……本当にクリスティアン殿下との婚約をお受けするの?」
「ええ。条件と褒美次第ですけど、お受けするわ」
足元から世界が崩れた気がした。けど、シルビアお姉様が言葉を続けた。
「私は絶対に結婚したくないから、婚約するの」
「……え?」
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