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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
1.聖女、召喚されたけど逃げる
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7.第一異世界人

 ――お………………あ………………。


 ――……い、……ん……だい…………か?


 不意に肩を叩かれ、空澄の意識が急激に覚醒した。


「――……っ?!」

「うお! 生きてたか……」


 ドッ、ドッ、と心臓がひときわ強く跳ねて、息苦しさすら感じる。

 いま、何を――と考えて、自分がいつの間にか寝落ちていたのだと気付いて血の気が引いた。

 慌てて空を見上げれば、先程よりは明るくなっているが、まだ日は登りきっていないようだった。指先に体温が戻って来る。この感覚には覚えがあった。盛大に寝坊したと思ったら、休日だった時のあれだ。

 恐れたほど時間が経っていなかったことにほっとして、ようやく起こしてくれた人物に意識を向ける余裕ができた。


 こんな薄汚れた裏道でも、朝日を浴びてきらきら光る銀にも見える淡いプラチナブロンドと、深い暗緑色の瞳が印象的な男がこちらを見下ろしていた。

 耳の横の髪がぴょこんと跳ねているのが間抜けで親しみやすさを覚えるが、その目は鋭く、精悍な頬はよく見ると淡い色の無精髭が薄ら見えた。

 簡素で緩めの服の上からでもわかる鍛え抜かれた頑強な身体つきと長身も相俟って威圧感がすごい。その上、腰には剣を提げている。


「ひぇ……」

「金に困ってんのか? 王都の宿屋は情なんかかけちゃくれねぇぞ」


 思わず漏れた情けない声に気を悪くした風もなく、男はむしろそんな宿屋こそを蔑むように鼻を鳴らして言う。

 どうやら壁を借りた建物は宿屋だったらしい。そして貧乏人だと思われている。間違ってない。間違ってないが、なんとなく釈然としない。


「見たとこ貴族の家出人みたいだけど、気ィ抜くならもっと貴族街から離れた下町でした方がいいぜ」

「あ、いや、私は貴族では……」


 慌てて首を振る。王政で貴族がいる身分社会で、誤解とはいえ貴族と身分を偽ったらまず間違いなく処罰対象だ。歴史や政治に疎くとも、オタクなのでそのくらいは知っている。

 ありがとう異世界物作品の作者様方。皆様のおかげで空澄は異世界でもなんとなくやっていけるような気がしています――


「――その髪色で貴族じゃねぇってのはこの町じゃ通らねぇことぐらい、世間知らずのお嬢サマでもわかってんだろ?」

「えっ」


 前言撤回。

 今はもう触れる事の叶わない数々の作品と、それを生み出した神々に思いを馳せそうになったが、それどころではなかった。

 首を振ったせいでフードからこぼれ落ちた髪を見た途端、男の声がどこか刺々しくなった。


(――黒髪フラグか……!)


 自分の見た目が貴族と誤解されるものであるという事実に空澄は戸惑っていた。見た目で出自を疑われる可能性は考えていたが、まさか貴族と認定されるなんて。異国人くらいのものだと思っていた。

 確かに特に召喚系でよくあった。日本人、異世界に召喚されてチートし過ぎ問題である。



「俺も上位貴族のあれこれに関わりたくはねぇんだけど……」


 しかも上位貴族。男のぼやくような声にますます震え上がった。空澄も何となくのイメージしか持っていないが関わりたいとは思わない。貴族どころか王族から逃げている真っ最中という事は棚に上げる。

 上位貴族と言ったら伯爵家以上の爵位のお家だったはずだ。下位貴族よりももっと罪が重くなること必至のやつだ。

 これも異世界物を読み漁って得た知識なので、この国で当てはまるかはわからないが。

 図らずも身分詐称の罪を背負いそうで、やっぱり異世界でなんともかんともやっていける気がしない。ハードモードすぎる。


 青褪めた空澄の顔を見て、厄介事に手を出してしまったと辟易した顔をしていた男が、後頭部をかきながら「あー……」と意味のない声を上げる。

 関わりたくはないが、明らかに世間知らずの女性を見捨てるのも躊躇われる、といったところだろうか。

 その様子から、言葉ほど彼が非情な人物ではないように感じられた。



「――あんた、王都から出るつもりならこっからさらに奥に行った<穴熊>って店に行きな。そんで旅馬車ならまぁ、護衛もついてっからある程度の盗賊や魔物は大丈夫だろ」

「え、……と?」


「どこに逃げるつもりか知らねぇけど、モタモタしてたらどうせ連れ戻されるか、下手すりゃ攫われて奴隷、良くて娼館行きだ。どっちでも俺には関係ねぇけど、寝覚めが悪ィんだよ」

 渋々といった顔でぶっきらぼうに言うものの、世間知らずの家出令嬢に同情しているらしい。

 やはり言葉の荒さとは裏腹に優しい人らしい。召喚されて接した第一異世界人が良い人で良かった。なお、王城関係者は挨拶すら成立していないのでノーカウントとする。

 実際のところ家出ではないし、令嬢なんて呼ばれるような歳でも柄でもないが、世間知らずなのは間違いないのでここは誤解と厚意に甘えることにした。

 少なくともこの青年が空澄を奴隷商や娼館に売り飛ばすつもりなら、最初から起こさずそのまま運んでしまえばよかったのだから。


「あ、ありがとうございます……!」

「言っとくが、逃げ切れるかはあんたの運次第だし、この先どうなろうと俺の知ったことじゃねぇからな」


 つまり、何があっても自己責任。自分は無関係。恨むなよ、ということだろう。

 空澄はこくこくと首を縦に振り、立ち上がって改めて頭を下げた。少し休んだおかげで、体力もいくらか回復したようだ。


「わかってます、私はここで誰にも会っていない。ただちょっと壁を借りたので感謝しているだけです」

「壁に感謝って……、まぁわかってんならいい。――さっさと行きな、そろそろ宿の女将が洗濯しに出てくるぞ」


 しっしっ、と振られた手に追い立てられるようにして空澄は薄暗い道を、青年の示した方へ向かって駆けだした。


 角を曲がるときにちらりと視線だけで振り返れば、彼はこちらには背を向けて素振りをしていた。

 その背に向けて手を合わせて拝んでおいた。心優しき第一異世界人に幸あれ。

閲覧ありがとうございます。

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