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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
4.聖女、北の地に立つ

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60.男たちの酒宴

 ――夜。

 夕食を終えて老夫婦が帰宅すると、シャナもまだ疲れが取れないのか、早々に自室へと引き上げていった。

 意識もはっきりしているようだったので付き添いはしなかったが、それでも魔力で聴力を引き上げ、ちゃんと部屋に入ってベッドで寝たところまで確認し、ヴィルは手にしたままのジョッキにようやく口をつけた。


「過保護だなぁ」


 対面で先にジョッキを傾けていたアロルドが呆れたように笑う。おそらく二杯目だろうそれも二口ほどで飲み干していた。


「あのヴィルが聖女とはいえ他人をこんなに気にかけるなんて……」

「ヴィルは人当たりの良いフリができるだけで、実際は排他的」

「だよな! 俺ァもう昨日からおかしくって、おかしくって!」

「お前らな……」


 同じ孤児院で育った物心つく前からの付き合いの仲間たちだ。家族を知らないヴィル達だが、冒険者として互いの命を預け合うからか、恐らく世間一般の男兄弟よりも仲が良い。

 だからこその遠慮のない発言にヴィルは顔をしかめて残りのエールを一気に飲み干した。

 あまり酒に強くないラウリッツは今日はワインをブドウジュースで割ったものをちびちびなめている。つまみのナッツを人一倍食べているが、果たしてジュースと合うのか。

 ワインを傾けていたフロスティがエールの詰まった小さな樽を押しやってくるので、ありがたく二杯目を注がせてもらった。

 ちゃっかり自分のジョッキを差し出してくるアロルドには樽ごと押し付けた。いつものことながら、いい加減諦めろと思う。


「ほら、こういうとこだぞ」

「そういうとこ」

「あ? 何だよ……」


 四人で飲む際にはエールを水のように流し込むアロルドとヴィルに、ゆっくりとワインを楽しむフロスティが自分たちで注げと樽を押しやるのはいつものことだ。

 そして大抵はヴィルが自分の分を注ぎ、そこに笑顔一つで「自分のも」とアロルドがねだり、無視するのもいつもの流れである。

 何が「こういうところ」で「そういうところ」なのかわからない。


「いつものことでしたけど、昨日今日の夕飯時のヴィルはいつもと違いましたからね」

「は? どこが……」

「とぼけてんのかマジなのかどっちだ?」

「この顔はマジ」

「それなりに経験豊富でしょうに……」

「プロ相手だけ。それもいつも一回きり」

「そーだよ、おかげで俺ァ何度ヴィル連れてこいって泣きつかれたか!」

「あなたたち、同じ人のお世話に?」

「それは引く」

「いや、ちげーって! たまたま! 偶然!」


 男四人、酒が入れば自然と下世話な話になることも多いが、今日は特に酷い。

 シャナにはとても聞かせられない話だと、眉間にしわを寄せてヴィルはアロルドを睨んだ。彼の声が一番大きい。


「声がでけぇ。いつの話してんだよ、既婚者」

「ほらまた!」

「これで無自覚なんですか?」

「これは酷い」


 またも口々になじられて、意味が分からずヴィルの眉間の皺はますます深くなる。

 自分一人わからない話題で盛り上がる仲間たちに、エールで湿らせた唇が自然と尖った。


「拗ねんなよぉ、からかって悪かったって!」

「拗ねてねぇ」

「ヴィル、あなた本当に無自覚なんですね」

「だから何がだよ」


 要領を得ない話に、いい加減苛立ってくる。人前ではそうでもないが、仲間内となるとどうも生来の短気が隠せないのはヴィル自身自覚していることだ。


「シャナさんのグラスには注いであげていたでしょう?」

「自分の肉まで分けてたな」

「甲斐甲斐しい」

「……は?」


 ぽかん、と口を開けて呆けてしまった。

 それを見て「マジかよ」「いい年して」と口々に呆れられるが、それどころではなかった。


 ヴィルを含め、<北辰の牙>は全員が孤児院の出身だ。親の顔など誰も知らない。

 辺境伯の支援のおかげで食うものに困るほど困窮していたわけではないが、それでも魔物や寒さなど様々な要因から親を亡くす子供は他の領地よりも多い。全員が毎日毎食満足に食べられるわけではなかった。

 朝晩二回の食事はいつも取り合いで、特に大皿に盛られた料理に紛れる少ない肉は殴り合ってでも取り合った。

 その頃の癖とでも言うべきか、基本的に四人での食事は今でも大皿の場合取り合いである。各自の皿に乗せたものは奪わないことだけが暗黙の了解だ。

 腹を満たすのに困らないどころか、向こう十年ほど遊んで暮らしても問題ない程度の蓄えはそれぞれあるはずだが、いまだに大皿料理の肉は取り合いになる。

 ハンナには一人一皿にすれば良いのに、と眉を顰められたこともあるが、フィリップが「じゃれてんだろ」と笑って参戦してくるので、<獅子の尾>ではあえて大皿料理で出されることが多い。


 アロルドが自分の皿に山と確保した肉を、妻のモリーが横から攫うのを初めて見たとき、ヴィルは密かに衝撃を受けた。

 驚きすぎて取り合いに出遅れ、その日は後から一人ステーキを追加注文した。取り合うことなく食べきって満足したはずだが、どうにも物足りなかった。

 人一倍身体の大きいアロルドはその見た目通り人一倍食べる。特に肉に対する執着は子供のころから強かった。

 二十代前半頃まで店中だというのにヴィルやラウリッツに「俺の肉!」と殴りかかってきたのも彼である。

 そのアロルドが自分の肉を他人に分ける――というより奪われて文句も言わないなんて!


 その時以上の衝撃だった。


「まじか……」

「こっちのセリフですよ」


 呆然と呟けば、返事を期待したわけではなかったがフロスティが呆れたように返してくれた。今夜は彼のこの顔ばかり見ている気がする。


「え、マジ……? そういうこと、か?」

「そこからかよ鈍感」

「これだから素人童貞は」

「こらこら、あなたたち。事実とは言え可哀想ですよ」


 この場に味方はいない。

 それよりも何よりも、自分への驚きが大きすぎてヴィルはその後、どうやって部屋に戻って寝たのか、記憶がない。

 習慣で日の出とともに起きたヴィルは、爽やかな朝の光の中で頭を抱えた。


「無意識に、父親みてぇなことしてたのか……」

父親呼ばわりのショックがあとを引いて、思考や発想に無意識に補正がかかっている模様。


読んでいただきありがとうございます。

4章はこれにて完結となります。

今後の更新については活動報告をご参照ください。

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