56.意識改革
カーラやダニエラの勢いにのまれ、当初の目的であった衣類の購入をすっかり忘れていたことに気付いたのは商会を出た後だった。
慌てて戻れば店内にいたダニエラに「間も抜けてんのね」とさらに笑われつつ、必要なものを一式揃えて宿へ送ってくれるというので甘えることにした。
ちょっと今は落ち着いて服を選ぶことができる精神状態ではない。
ダニエラにからかわれるまで、ヴィルのことを「仲間」としてしか認識していなかった自分に気付かされてしまった。
いい歳した――むしろこの世界的にシャナは行き遅れた――男女が四六時中行動を共にしている状況は、確かにからかわれても仕方がない。
だが唐突に右も左もわからぬ異世界に放り込まれ、約ひと月の間一人で神経をすり減らし生きてきたシャナには、恋愛事に意識を傾けるような余裕は皆無だったのだ。
これは日本で彼氏いない歴=年齢だったこととはまた別の問題である。そういうことにしたい。
つまり何だ、と言えば、急にヴィルのことを異性として意識してしまい、シャナは混乱している。
(え、待って。私今までどうしてたっけ? どんな顔してヴィルと話してた? てか普通に呼び捨てしてるけど馴れ馴れしすぎ? えっ、嘘。どうしよ。待って待って待って、どうすんの?! 何話したらいいの?! いや話さない方がいい? え、どっち? ちょ、うわ、なに?! やだなんかすっごいそわそわする……!)
「――ナ、おい? シャナ!」
「うわっ、はい!?」
一人でテンパっていたところ、不意に横から腕を引かれて声が裏返った。
しかも腕を引いたのは思考を埋め尽くしていたヴィルで、その上シャナの背にしっかりと手が回されて――要するにヴィルの腕の中に抱き込まれる形である。
「おわぁ?!」
「あ、こら暴れんな。危ねぇだろうが」
身長差のおかげでシャナの視界にはヴィルの装備しか映っていなかったが、それでも体温はしっかりと伝わってくる距離である。というか密着していると言っていい。
慌てて距離を取ろうと腕を突っぱねてみたが、筋力に同じ人類とは思えないほど差のある二人である。当然、シャナの抵抗など意にも介さず押さえ込まれてしまう。
(ぎゃあ!? な、なに、なになになに……?!)
さらにテンパったシャナの背後を一台の馬車が駆け抜けていった。
「大丈夫か?」
「――へっ?」
「この辺は商業区域だから馬車も人も多いって昨日も言ったろ。ほんとに気ィ抜けてんな」
確かに関所から宿までの道すがら、大まかな通りの説明と共に聞いた気がする。そして気は抜いていたのではなく、取られていたのだ。ヴィルに。
なんとなく釈然としないものを感じながらも助けられたのは事実。お礼と謝罪をして離れた。
今度はヴィルも素直に手を離すが、なんだかやけに触れていたところがスースーと冷え込む気がした。
(――って、何!? 少女漫画か!? 私なんか急に意識が乙女入ってる?!)
我に返って頭を左右に振る。唐突な奇行にヴィルが「何してんだ」と引いた顔をしていたがいまさらである。旅の間に何度見たことか。
そうだ。
世にいうイケメンというには精悍が過ぎる――どちらかと言えば強面気味な――上、長身と身体の厚みは武装を差し引いても威圧感が強い。シャナの扱いが酷いし、情緒がおそらく死んでいる。
けれど寝癖のつきやすい柔らかなプラチナブロンドや、その合間から見える深緑の瞳はなんだかんだとシャナを気遣う優しい暖かさもあって――
「――気を確かに持てッ!!」
「はっ!?」
突如大声をあげて自らの頬を平手打ちしたシャナに、今度こそヴィルのドン引きした冷めた視線が突き刺さった。
気遣いのある暖かな目など幻想。
シャナは自分に言い聞かせた。
+++
予定より早く<獅子の尾>に戻ってきた二人を出迎えたのはフロスティだった。フィリップとハンナは買い出し、ラウリッツは一人でダンジョンの採取依頼を受けてそれぞれ出かけて行ったらしい。
「ちょうどいい。ロス、こいつに最初から魔法教えてやってくれ」
「最初から、ですか? シャナさんは魔法は使えているようですが?」
こいつ、とフロスティの前に背を押されたシャナは一歩踏み出しながら首を傾げてヴィルを見上げた。
当のシャナ本人が何もわかっていない顔をしているからだろう、フロスティも困惑しているようだった。
「わかってんだろ。ギルドの資料室で独学で学んだらしいが、なんかおかしい」
「えっ」
「あぁ、おかしな使い方をしているとは思っていましたが……、実際に使えているのだから問題ないのでは?」
「えっ」
「んなわけあるか。俺ですらおかしいと思うんだぞ。このまま野放しにできるか」
「ちょ、おかしいって何」
憮然とした顔で言うヴィルに、フロスティは「おやまぁ」と呟きつつ、眼鏡の奥の目を細めて口角を釣り上げた。
シャナの戸惑いなど二人して完全にスルーである。
「そうですねぇ、確かに危ういとは思いますけど……あなたがそんなに気遣うとは」
「お前も危ないと思ってんじゃねぇか。なら頼んだぞ」
「えっ、なんか危ないの?」
ヴィルとシャナを交互に見やったフロスティは考えるように顎に指をやる。その口元は笑んだままで、仕草ほど困ったり悩んでいる様子はない。
どちらかと言えば何か楽しんでいるような、企んでいるような、そんな雰囲気すら感じる。
「いつからそんなに面倒見が良くなったんです? それともシャナさんだから、でしょうか」
「あ? ……別に、普通だろ」
「へぇ? まぁそういうことにしておいてあげましょう。それではシャナさん、教材を集めておくので、明日からということで」
「えっ、あ、はい?」
よくわからないまま、フロスティによる魔法指導を受けることが決まっていた。
「あ、ヴィルも一緒ですから安心してくださいね」
「あ、はい」
「は?! なんで俺まで!?」
「あなたももう一度学び直した方が良さそうなので。それに魔法だけでなく貴族対応も学んだ方がいいのでは?」
にっこり。
笑顔であるはずなのに妙な圧を感じるフロスティに、シャナはなんとなく自身の抱える事情を勘付かれているのだと察した。
ヴィルも同じく察したようで、悔し気にぐう、と喉を鳴らしつつ「……頼む」と小さく肯定したのだった。




