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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
4.聖女、北の地に立つ

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55.錬金術師ダニエラ

「このお嬢ちゃんがりんす液の開発者? ふぅん……?」


 ハイヒールとマーメイドドレスに似たデザインの服はどちらも鮮やかな赤で、豪奢な金の巻き毛によく似合っていた。

 きっちりと引かれたアイラインと濃いアイシャドウ。上向いたまつ毛はマッチが数本乗りそうなほど長い。

 じっくりと観察するような目でシャナを見ながら、入室してきた錬金術師のダニエラは向かいのソファへ――シェルビーとカーラ夫妻を端へ追いやって――腰を下ろした。流れるように足が組まれ、タイトなロングスカートのサイドに入っていたスリットから筋肉質な太腿が覗いた。

 ぷっくりと艶やかな唇は肉感的でまさにセクシーという表現がぴったりだ。そして、そこから漏れる声は低い。


「アンタ――顔はそれなりに可愛いわね。黒髪と黒目も聖女様みたいに神秘的で素敵よ」

「あ、ありがとうございます……?」


 突如現れた豪奢なオネエに容姿を褒められ、シャナは反射的にあいまいな笑みで会釈していた。

 界隈で有名、とは錬金術の腕前だけの話ではなさそうだ。


「でも、アンタ髪も肌も爪もボロボロじゃないのよ! ちょっと手も気も抜きすぎよ、ちゃんとお手入れしたらそれなりにはなるんだからちゃんとしなさいよ。まだ十代の乙女でしょうに今からそんなんでどうすんのよ」

「ヒェッ、すいません二十六歳です……」

「はァん?! ならなおさらお手入れしなさいっての! そんなんじゃすぐにバアアよ! ババア!」

「うぇぇ、秒で手のひら返ししてくるじゃん……」


 褒められたと思ったら即貶されて叱られた。

 思わず情けない声で本音がぽろぽろ零れてしまう。


「エドガーちゃんにもらったりんす液一回分のリップサービスよ。あとどうせ連れてくるならアロルドちゃんかフィリップさんを連れてきなさいよ、アンタって気の利かない子ね!」

「お礼が安いうえにどっちも妻帯者……!」

「うっさいわね、男は三十超えてからなのよ! 二十代の坊やなんざお呼びじゃないっての!」


 そういって鼻を鳴らしたダニエラは背もたれに身を預け、――シェルビーの分の――紅茶で喉を潤した。

 言うこともやることも自由が過ぎるが、<青葉>商会の面々は慣れているのか「もうダニエラったら」と笑うだけである。いや、この一家に関しては慣れ以前に人間性のなせるワザである気もするが。


「坊や……」


 身内以外からは羨望と畏敬しか向けられたことのない、極上の肩書と精悍な顔を持つ男である。異性(?)から”坊や(対象外)”扱いなど初めてされたのだろう。

 呆然と呟くヴィルの肩を叩いてやることしかシャナにはできなかった。



「それで? アタシが呼ばれたってことは契約成立ってことかしら?」


 各所に様々な爪痕を残した張本人は、まるで気にも留めずにカップを置きながら雇用主の夫妻へと視線を向ける。


「それなんだけどね、シャナさんは開発者として世間に知られたくないらしいのよ」

「あらやだ、アンタ腑まで拭けてんのね。ま、アタシの手柄にしちゃって良いなら遠慮なくもらうわよ」

「あ、はい」

「それじゃ、りんす液の材料と製造方法の秘匿のために魔法契約もしときましょ。シェルビーちゃん、契約書! カーラは仕様書の様式持ってきてちょうだい」


 てきぱきと話を進めては指示を出すダニエラは、元の世界で世話になった会社の先輩を思い出させる。彼女も仕事が早くて指示が的確で、上司にも後輩にも好かれるキャリアウーマンだった。

 ただ、<青葉>商会においては雇用関係が逆転しているようにも見える。


 魔法契約は専用の二枚一組の契約書とインクにて行う、その名の通り魔法的効果のある契約だという。

 商談などの大きな金額が動く際はもちろん、個人であれば結婚や養子なども互いの守るべき事柄を明記し、納得の上で署名と血を一滴垂らして締結される。


 ダニエラがさらさらと流れるように二枚の契約書に同じ内容を記していく。

 内容はシンプルにリンス液の材料と製法、そして開発者の秘匿。

 そしてリンス液販売により得た利益の内、三割をシャナへ支払うというものだ。

 いつの間にか元の世界で憧れた不労所得を得ることになっていたが、<青葉>商会の面々の勢いに流された感が強く、あまり感慨はない。


 署名した契約者それぞれで一枚ずつ保管する仕組みだ。破棄する場合には二枚をまとめて破る。

 契約書とインクは魔道具の一つであり、製作は主に錬金術師が教会からの委託で行うが、商会お抱えの場合には商会用に作るのも良いらしい。

 契約には一般から上級、最上級のランクがあり、一般契約であれば契約内容に反することをしようとしてもできなくなる。

 

 今回の場合、契約は<青葉>商会とシャナの間で結ばれるため、商会の一家三人とダニエラの名前が並び、その下にシャナが署名する形になる。

 そして材料や製法、開発者であるシャナのことを話したり、書いたりしようとすると声が出なくなったり、手が動かなくなるといった制限がかかるようになる。

 最上級ともなると破ろうとしただけで心臓が止まるのだと聞いてシャナは震えあがった。



「さ、これで終わりよ。そう言えば自己紹介がまだだったわね。ま、今更だけどアタシはダニエラ。美容関係の物を主に扱ってる錬金術師よ」


 署名の横に血を垂らすため傷つけた人差し指にカーラがポーションを塗ってくれ、傷はすぐに消えてしまった。

 それを見たダニエラがすっくと立ちあがり、シャナへと手を差し出す。よく見えれば爪も奇麗に染められて形も丁寧に整えられている。彼女がいかに身なりに気を使っているのかが良くわかる。

 

「あ、クラシャナです。えぇと、一応冒険者ですけど、今後は街の中での仕事を探すつもりです」

「冒険者にしちゃ弱そうだものねぇ」


 差し出された手を握り返しながら改めて名乗れば、あっさりと言われて否定もできないシャナは笑うしかない。

 隣で同じように立ち上がったヴィルが少し驚いたように息をのんだ気配がしたが、それを確かめるより先にダニエラに握ったままの手を引かれてつんのめる。

 

「坊やのためにもっと綺麗になりたくなったらアタシに言いなさい。協力してあげるわ」

「――っ?! いや! そんなんじゃないから!!」

シャナとダニエラのやりとりはほぼ体験談です。

いつかネタにしてやろうと思っていたので書けて良かった。

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