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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
4.聖女、北の地に立つ

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54.商談


(これ、異世界物で読んだことある……!)


 そしてその話の中で主人公たちは莫大な富や権力を手に入れたり、逆に謙虚な姿勢を示すことで周囲からの評価を爆上げしていた。

 なるほど、自分の身に起こると思っていなかったので繋がるまでに時間がかかってしまったが、確かに見たことのある――むしろ慣れ親しんだ展開である。

 と、なればその作品たちを参考にさせてもらおう。

 

 令和のオタクの必修科目として異世界転生・転移系の物語に触れてきたシャナは切り替えが早かった。

 

「まず、リンス液は私が開発したものではありません。私の故郷で生まれたもので、私はたまたま作り方を知っていただけです」

「なるほど、シャナさんは優れた知識をお持ちなんですね」

「いや、故郷では誰でも少し調べれば知ることができる程度のもので……。まぁとにかく、一般常識に近いものと思ってください。そのうえで、この場では開発者と言わせてもらいますね」


 リンス液の作り方は一般常識ではないかもしれないが、石鹸で髪を洗うとギシギシするのが、アルカリ性に寄ってしまったせいだと知れば、弱酸性に戻せばよいというのは誰にでもわかることだろう。


「そして私は目立つことは避けたいです。カーラさんの話だと、広く普及させるうえで製造販売元、開発者なども知られる恐れがあるのでは?」


 シャナの一番の懸念点はそこである。

 過去に様々な作品を読んできたからこそ、この世界にない知識や技術を提供することで将来的にどうなるのか予想することができた。

 最も、シャナの感覚で言えばリンス液ぐらいで大げさな、と言いたいところではあるが、命がかかっているのだ。慎重にもなる。


 なお、すでに魔法関係で少しばかりやらかしているのだが、異世界特有のファンタジーな能力に浮かれていることと、異世界常識の欠如により本人はまるで気付いていない。

 本当にダメならヴィルが止めてくれるだろう、くらいにしか思っていないのだった。

 

「そうですね、りんす液のような商品は私の知る限りありません。貴族の方などは香油を使いますが、髪に艶を出しまとめるためのものです。非常に画期的な製品となるでしょう。そうなれば販売元である当商会だけでなく知識を与えたとしてシャナさんのこともいずれは知られ、場合によっては他の商会や貴族から知識提供を強く求められるかもしれません」

 

 え、そこまで?


 思わず出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。

 シェルビーは穏やかな表現を使ったが、「知識提供を()()求める」とはつまり「強制的に吐かせる」ということだろう。

 拉致監禁からの暴力による搾取ルートへの入り口が見えてしまった。王城での二の舞だ。


 やっと王家から逃れて安心できたと思ったばかりだというのに、異世界はやはり世知辛い。

 シャナは若干青ざめながら久しぶりに思った。


「そうなった場合、シャナさんの身の安全の保証となると、正直私どもの商会規模では難しいです」


 シャナが正しく理解したことを察したシェルビーも眉を寄せてうなずく。

 その視線が一度ヴィルへ向けられたのは、恐らく護衛依頼を考えてのことだろう。

 

 ギルドでの相場から言えば、S級冒険者への依頼料はとても平民が個人で出せる額ではない。

 そもそも国家規模での危機に駆り出されるほどの戦力であることを考えれば、一個人を護衛するような依頼を出すことすら烏滸がましいと言える。

 シャナがヴィルと再会してからのイェーレブルーまでの旅路は、その期間S級冒険者を拘束していたとも言え、依頼料に換算したらそれこそ一都市の年間予算レベルの金額になりかねない。

 つまり、指導料として支払っていた新人冒険者二人の稼ぎの内の二割など、本来の彼への依頼料からすればないも同然なのだ。ギルド職員が目を剥いて何度も確認したのも納得である。


 と、現実的な話をしているとやはり辺境伯に報告してもらい、保護を受けるべきなのではないかという気がしてくる。

 ちら、とヴィルを見れば彼も同じ結論に至ったのか、若干眉間にしわが寄っている。


「当商会でできる対応としては、開発者を契約している錬金術師とすることぐらいでしょうか」

「錬金術師……!」


 現実(金銭)的な話から唐突にファンタジー職業が飛び出して、シャナは思わず声を上げた。


「製品開発の際にご紹介するつもりでしたが、先に紹介した方がよさそうですね」

「エドガー、ダニエラを呼んできてくれる?」

 

 すでに別室に控えているらしい錬金術師――ダニエラを呼びに、エドガーが応接室を出ていく。

 

 そして最初から契約する気満々で準備をしていたらしいと、改めてシャナは商人という人種に畏敬の念を覚えた。


「ちょっと……クセのある方なんですけど、腕の良い錬金術師なのは保証しますよ」

「そうね、ちょっと変わっているところもあるけど、いい人なのは間違いないわ。錬金術師としての腕も良いし、界隈では有名な方なのよ」


 ははは、ほほほ、と上品に笑い合う夫婦に、シャナは言い知れない不安を覚えた。

 ヴィルも同様に、少しばかり警戒の色を濃くしている。


 ちょっとクセがあって変わっているけれど、腕の良い有名な錬金術師。


 いったいどんな女性がやってくるのかと、出入口のドアをじっと見つめていれば、ヒールの音が徐々に近づいてくるのが聞こえた。

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