53.<青葉>商会
四番関所へと向かう大通りの中ほどに<青葉>商会はあった。
エドガーの話ぶりから冒険者向けの道具や雑貨を主に取り扱っているのかと思っていたが、店には冒険者よりも一般市民の方が多く出入りしているようだった。
他と同じく高床式の建物だが、立派な店構えで客の出入りを想定した開放的な造りになっているのが目を引いた。
大通り等の主要な通りには融雪魔道具が設置されており、真冬でも膝程度までしか雪が積もらないようになっているのだとか。
そのため<青葉>商会を始めとしたこの通りにある商店や工房は冬場も変わらず営業できる。
ヴィルからそんな話を聞きながら短い階段を上って<青葉>商会に足を踏み入れた。
「いらっしゃ――ヴィルさん! シャナも!」
ドアに付けられたベルの音に振り返ったエドガーが笑みを深くして駆け寄ってきた。
「奥で待ってるからとりあえず入って!」
「えっ、奥? なに、えっ? ちょっと?」
挨拶をする間もなく有無を言わさず店の奥、恐らく大口の商談などのための応接間らしき部屋へと追いやられてシャナは目を白黒させた。
ヴィルもよくわかっていないような顔をしているが、エドガーに追いやられて足を進めるシャナを見捨てることなくついてきてくれている。
「父さん! 母さん! シャナが来たよ!」
ノックもなしにエドガーが部屋のドアを勢いよく開く。部屋にいた男女が機敏な動きでソファから立ち上がった。
男性はエドガーが二十ほど年を重ねたらこうなるだろうと容易に想像ができる風貌で、血縁を色濃く感じさせる。ただ、その表情は穏やかで息子のような溌剌さはないが朗らかで人の好い印象だった。
女性は目を爛々と輝かせ、頬も紅潮させて今にも突撃してきそうなほど身を乗り出してシャナを見ている。――男性が彼女の肩を抑えていなければ、実際に駆け寄ってきていたかもしれない。
ヴィルに対するエドガーを見ているようで、こちらもやはり血縁を強く感じた。
「まぁまぁまぁ! シャナさん! りんす液大変すばらしかったわ! 試してみたらあの嫌なギシギシもなくなって滑らかな指通りで! 嬉しくって昨夜から何度ブラッシングしたことかしら!」
「は、はぁ……」
「それでね、この感動を私たちだけが知っているのはとっても勿体ないことだと思うのよ! 女性はもちろん、男性も、子供も大人も老人だって一度知ったらもう手放せなくなること間違いないわ! そこでぜひともうちの商会で取り扱いたいと思っているのだけど――」
怒涛の勢いで話しながら身振り手振りでいかにリンス液に感動したか、世に広めるべき品であるかを捲し立てる女性。
夫であろう男性が抑えているが、それでもじりじりと距離が詰まってきており、シャナは反射的に背を逸らして一歩後ずさった。
後頭部がヴィルの防具に当たり、見かねたようにさっと女性との間に手を差し込んでくれたおかげで我に返ったらしい女性が「あらっ」と目を丸くした。
「カーラ落ち着いて。シャナさんが困ってしまっているよ」
「あらやだわ、私ったら……。ごめんなさいね、シャナさん。ヴィルヘルム様も失礼しました」
恥ずかしそうに頬を染めて謝罪する女性は先ほどまでの押しの強さとは裏腹に淑やかで可愛らしい雰囲気だった。
「改めまして、旅の間はエドガーがお世話になったようでありがとうございました。父のシェルビーです、どうぞよろしく」
「母のカーラです。よろしくお願いしますね。あのりんす液の製作者と伺っていたのでつい興奮してしまって……お恥ずかしいところをお見せしてごめんなさい。でもね、本当に素晴らしくって昨夜は感動したし感謝しているのよ」
どうやら暴走しがちな妻と、ブレーキ役の夫という組み合わせらしい。お似合いの夫婦である。
そしてエドガーは外見は父に、内面は母にとてもよく似たようだ。
「あ、いえ……。えぇと、冒険者のクラシャナです。よろしくお願いします……」
カーラの勢いに圧倒されきったシャナの歯切れの悪い挨拶にも夫妻はニコニコと人好きのする笑みを浮かべている。
なお、ヴィルについては商会を利用したことがあり顔見知りとのことである。
「お茶淹れてきたよ!」
「ありがとう、エドガー。お客様を立たせたままですみません、お二人ともどうぞこちらに」
いつの間にか応接間を出ていたエドガーが、ティーポットと人数分のカップを乗せたトレイを手に部屋に戻ってきた。
シェルビーに勧められるままヴィルと並んでソファに腰を降ろせば、思わずほっと口から息が漏れた。
目の前に紅茶が置かれ、湯気とともに漂う芳香に肩の力も抜けた。
「さて、先ほどは失礼しました。しかし当商会としてはぜひともりんす液の製造、販売事業に着手したいと考えています」
「は、はぁ……」
紅茶で唇を湿らせたシェルビーが改まって話し出すが、シャナとしては「そうですか」としか言えない。
なんとなく、流れで自分がリンス液の開発者のように思われているようだというのは察しているが、実際にはたまたまその作り方をスマホにメモしていただけで開発者でも何でもないのだ。
それなのに我が物顔で許可などできない――と考えてはっとした。




