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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
4.聖女、北の地に立つ

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51.食事会と齟齬

 食堂のテーブルを四台繋げた上にはたくさんの料理が並んだ。

 主にハンナとシャナが腕を振るい、男たちは言われるがまま手を動かし、重いものを運んで完成した。

 予想通り、ちょっとしたビュッフェ並みの量である。

 種類はさすがにそこまで多くはないが、それでも同じ肉を焼くのでも味付けを変えて二、三種類ほどのバリエーションは作った。

 妊婦によくないとされるハーブは除いたが、旅の途中でちまちまと作っていた乾燥ハーブが大活躍したのは言うまでもない。

 おかげでストックは心許なくなったので、近いうちにまた採取しに行きたいところだ。果たしてシャナが一人で採取に行けるような場所があるのかは不明だが。


 料理がすべて完成する頃、自宅へ一度戻ったアロルドが妻のモリーを伴い戻ってきた。

 牙の四人に老夫婦、モリーとシャナの八人でテーブルを囲む。シャナの隣は当たり前のようにヴィルが座り、反対側にはハンナが座った。


「いい匂いだな、腹が減る」

「シャナのおかげで肉料理のバリエーションが増えたわ」


 この世界ではハーブ類は薬として扱われているため、料理に使うという発想がないらしい。

 薬として口にしたことがあるおかげで驚かれはしても拒否感なく食事に出せる。

 

「うちでも真似させてもらってもいいかしら」

「そんな大したことはしてませんけど、どうぞ」


 大きく膨らんだ腹を撫でながら、モリーが目を輝かせた。

 モリーは緩くうねる焦げ茶の髪を肩の辺りで揃え、くりりとした目がリスのような愛らしい小柄な女性だ。小柄と言ってもシャナよりは上背があるのだが、隣にいるのが人一倍体格の良いアロルドということもあって実際よりも小柄に見える。

 牙の面々と同じ孤児院出身で、モリーの方がアロルドより二つ年上の姉さん女房らしいが、全体的に愛らしい小動物のような雰囲気もあって十代後半と言われても信じたかもしれない。

 

 木製のジョッキにはエールが、グラスには自家製のワインが注がれ、誰ともなしに乾杯から食事が始まる。

 シャナも酒を勧められたが、着いたばかりで疲れもある。飲みなれない異世界の酒を飲むのは躊躇われ、他の女性陣と同じく湯冷ましをもらった。酒は好きな質であるので、元気な状態でなら酒も飲みたいところである。


 大皿に盛られた料理をそれぞれ好きに取り分けて口へ運ぶ。

 やはり男性陣の手は肉料理に伸びるが、それぞれの取り皿を見るとモリーの皿に肉が山を作っていて思わず二度見してしまった。

 シャナの視線に気付いたモリーがえへ、と照れたように愛らしく笑うが、その前には山盛りの肉。隣のアロルドも大盛で肉を取っているが、軽くその倍はある。


「……二人分食べないとですもんね」

「うふふ」


 否定も肯定もされなかった。

 思わずヴィルを見るが、そっとシャナの取り皿に自分の分の肉をひと切れ乗せられた。「これをやるから俺に聞くな」という大変わかりやすい拒否にシャナもそれ以上何も言うのをやめた。

 

「これいいな、いくらでも食えそうだ!」

「香ばしくてこれなら野菜も食が進みますね」

「っかー! エールに合う!」

「あなたったら、程々にしてくださいね」

 

 大きな口いっぱいに肉を頬張るアロルドとは対照的に、フロスティは綺麗な所作で一口ずつ口へ運ぶ。減るペースが同じなことには目を瞑った。モリーが大皿より近いアロルドの皿から肉を取っているのには気付かないふりだ。

 だん、と豪快な音を立ててジョッキをテーブルに戻したフィリップを、ハンナが冷ややかな目で見ていた。


 どこの家庭も妻の方が強いらしい。

 なんだかんだと母の尻に敷かれていた父を思い出して、少ししんみりとした気持ちになってしまった。

 そんなシャナの些細な変化に気付いたのか、ヴィルがまた自分の皿から肉をひと切れ分けてくれてちょっと笑ってしまった。



 食事が終われば団欒の時間となるのだろうが、モリーは臨月も近い妊婦であるし、ヴィルはともかく長旅を終えたばかりのシャナの体力はもう限界である。なんなら食事会の終盤頃には食べながら意識を飛ばしてしまい、ヴィルに起こされては咀嚼するというのを数回繰り返した。

 扱いの改善を主張するより、シャナが自立するのが先なのは間違いない。


 アロルドとモリー、そしてフィリップとハンナはそれぞれ自宅へ帰り、寝落ち寸前のシャナをヴィルが部屋まで連れ帰り、となればフロスティとラウリッツも部屋に戻った。

 なお、シャナが眠気と戦っている間に男性陣主動で片付けは終わっていた。


「シャナ、起きろ」

「うぁい……?」

「今の内に話しときたいことがあるから起きろ」

「んん? ん? うん……起きてる、おひてふぁあ……」

「目を開けてから言え」


 満腹感から襲い来る眠気と気が抜けたことで一気に伸し掛かってきた疲労感から、目を開けることすら難しいシャナである。

 いつの間にか昼間掃除したばかりのシャナの部屋にヴィルと二人でいた。

 歩いた記憶も階段を上った記憶もないが、その辺はヴィルが何とかしてくれたのだろう。旅の中でも散々ギルドや食堂で寝落ちたシャナを、ベッドまで運んでくれた信頼と実績がある。


 欠伸を漏らしながらなんとか意識を繋ぎとめる。目を開けられないのは大目に見ていただきたい。何しろ溶接されたのではと思うほど瞼が重い。


「どしたの?」

「はぁ……。明日また確認するからな。

 昼間も言ったが、この宿は一応ただの市民がやってることになっちゃいるが、フィリップもハンナもまだ辺境伯と繋がってる。

 辺境伯様は中立の立場だしあんま貴族っぽくない人だが、やっぱ貴族とは関わりたくないって言うんなら別の宿を用意するし、シャナの話が辺境伯様に行かねぇよう根回しはするが、どうだ?」

「うん……?」


 思いがけない話にうつらうつらしていたシャナもさすがにぱちりと目が覚めた。


「え? 私のこと、辺境伯様に報告してあるんじゃないの?

 私はヴィルが受けた依頼の報告として私のこと伝わってると思ってたんだけど」


 ヴィルはもともと、国南部と隣国との戦争に関する情報収集の依頼を受けている。これは本人からも聞かされているし、その依頼主がこの地を収めるヴェイツ辺境伯本人であるということもだ。

 なのでシャナとしては――あまり思い出したくはないが――アスローの街近くの滝でもどきを失敗し貧相な濡れ姿(文字通り)を晒した挙句、ギャン泣きしながら洗いざらいぶちまけ愚痴った時点で、ヴェイツ辺境伯にも聖女が召喚されていると知られることになると思っていた。


「あんな話聞いて貴族に情報流すほど鬼畜じゃねぇよ」

「いや、依頼は?!」

「実際に南部と王都で見聞きしたことは報告してる。シャナについては一切書いちゃいねぇし、フィリップたちにも話してない。だってのにお前はまた調子乗って魔法使いやがって……」

 

 だから契約違反ではないと言いたいらしい。

 確かにシャナが召喚された理由はおそらく戦争のためだが、実際に何も聞いていないし投入前に逃げ出しているので、依頼である「戦争に関する情報収集」の報告としてはシャナは無関係と言える。……だろうか?

 目は開いたとはいえまだ眠気と疲労で頭が働いていないシャナには考えても分からなかった。

 

 そして思い出したからといまさら頭を鷲掴んで揺らさないでいただきたい。

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