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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
4.聖女、北の地に立つ

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50.牙の料理事情

 自己紹介を終えたあと、シャナはハンナと共に女風呂の清掃に向かった。

 細雪は仲間内での情報共有をするというヴィルに預けてある。どうも首の太さ的にお好みではなかったようで絞めようとする動きが見られたが、鍛え抜かれた鋼の肉体には特に効果はなかったようで「くすぐったい」などと窘められてさえいた。

 ぜひ今後のシャナとヴィルの関係改善のためにも細雪には強くなってもらいたいところである。


 風呂掃除と言ってもこちらもやはりハンナが定期的に清掃してくれていたので大掛かりなものではなく、デッキブラシと水魔法ですぐに終えることができた。

 ハンナには水魔法の適性がないらしく、豪快に水を操り浴室全体を洗い流す荒業を「便利ね!」と大変喜ばれたので、調子に乗ったシャナは隣の男風呂も同様に掃除してみせた。もちろん、おまけの”浄化”も忘れてはいない。

 なお、後でヴィルに得意顔で報告したところ、ハンナだから良かったが、他の人の前では絶対にやめろと頭を鷲掴まれて命の危険を感じた。

 どうもシャナは魔力量が人より多いらしいのだが、どの程度なら人前で使っても良いのか、匙加減がよくわからないので仕方がない、ということにした。

 ――などと軽く流した報いは、後日受ける羽目になる。



 掃除を済ませて食堂に戻ると、情報共有は終わったのかアロルドを除く三人がそれぞれ野菜の皮むきをしていた。

 大の男三人が一つのテーブルで顔を突き合わせ、ちまちまとジャガイモやニンジンの皮むきをする姿はシュールで笑いを誘う。


「あの子たちなんで集まってやるのかしらね」

「仲良しなんですね」

 

 ハンナと二人、くすくすと笑いながら厨房に入れば、フィリップに義足で尻を蹴飛ばされながら大きな寸胴鍋を移動させているアロルドがいた。

 なるほど、適材適所かと納得したのはなんとか顔に出さずにおいた。


「早かったな」

「シャナのおかげよ。水魔法って本当に便利よねぇ。最近は特に腰が痛くて仕方ないから助かったわ」


 掃除の間にハンナとはいくらか親しくなれて、さん付けがなくなっていた。シャナはもちろん「ハンナさん」と呼ぶが、それでも最初よりは親しみを込めて呼べるようになっている。


「シャナは水魔法も使えるのか! じゃあ水汲みはいらねぇよな、親っさん」

「てめぇが楽したいだけだろうが!」


 鍋をコンロに乗せたアロルドが助かった、とばかりに声を弾ませる。すかさずフィリップがまたその尻を蹴り上げていた。


「あ、私の魔法で良ければ水は出すので……」

「あら、いいのよ。水くらい運べなきゃ何のために鍛えてるのかわからないじゃない」

「水汲みのためではねぇよ!?」

 

 ハンナがほほほ、と笑いながらシャナを止める。

 アロルドは文句を言いながらも水道で小鍋に水を溜め、コンロ上の鍋に移す作業を始めた。なんとなく夫婦と<北辰の牙>との力関係を理解したシャナだった。

 

 この世界に来て初めて設備の整った環境での調理に、シャナは物珍しさを隠しきれずにいる。

 公共浴場や宿のトイレで水道設備があることは把握していたが、井戸も現役で使われている世界だ。

 現代日本で生まれ育ったシャナには便利と不便がごちゃ混ぜな気がするが、何かしらの意図や理由があって不便に思えた井戸が現役なのかもしれない。

 

 野営では土の地面に石を組み上げて竈を作ったが、この厨房にはきちんとコンロと言える設備があった。

 日本で使っていたつまみを捻ったりボタンを押下して着火するタイプではないらしく、どのように使うのかはよくわからない。

 ぱっと見は金属のテーブルに何やら幾何学的にも思える文様が三つほど円を描いている。鍋がその円の上に置かれているので、そこから火が出ることは予想ができた。

 

 どうやって使うのか、質問しようとしたところでヴィルに呼ばれてシャナはのどまで出かかった言葉を飲み込んで振り返った。

 

「これ、そっち持ってってくれ」

「いえっさー」


 厨房と食堂の間はカウンターキッチンの作りになっており、皮をむかれたジャガイモがごろごろと山積みになった深皿を渡された。

 ヴィルの手には小さいだろうジャガイモたちは丁寧に皮を剥かれ、きちんと芽も取ってあった。

 旅の中では竈を組んでもらった後はヴィルに周囲の哨戒を任せていたので調理を手伝ってもらったことはない。器用だとは思っていたが、几帳面でもあるらしい。


「おお、料理までできるんだ……」

「料理の内にも入らねぇだろ」

「こんな綺麗に皮剥きする人ができないわけないと思う」


 シャナだったら面倒がってそのままにしてしまう、爪の先ほどの皮まで丁寧に剥かれたジャガイモを手に取って掲げた。

 そのジャガイモごとヴィルの手が覆いかぶさり、下ろされる。


「アロルドに火加減の概念はない」

「は?」

「ラウリッツはレシピ通りにしか作れない」

「うん……」

「フロスティは味音痴だ」

「お、おう……」


 なるほど。シャナは神妙に頷いた。

 やむにやまれぬ事情で、できるようになるしかなかったようである。


「でもレシピ通りに作れるなら大丈夫じゃ?」

「レシピ持ち歩く冒険者がいるかよ。それならスクロール持つわ」

「ごもっとも」


 スクロールは魔法の込められた紙だ。ヴィルの荷物に一つだけあって、見せてもらったことがある。

 使い捨てな上に作れる魔法使いが限られているので、大変貴重でお高いということしかシャナは知らない。

 

「それに本当に書いてある通りにしかしねぇ」

「うん? あー、目分量とか何人前とかね。書くほどのことでもない手順とかもか」


 旅の途中で思ったが、日本では高校生の年頃で成長期だろうエドガーはもちろん、三十手前というヴィルも驚くほどよく食べる。

 同年代のシャナが見ていて胃もたれ胸焼けするほどによく食べる。

 異世界召喚されてからのストレスで食欲不振から食べる量が減ったシャナだが、ヴィルはそんなシャナの軽く五倍はぺろりと平らげる。

 元よりこの世界の住人達は体が大きく、筋肉量も多いため必要なエネルギーが純正の日本人であるシャナとは比べものにならないのだろう。その上ヴィルは冒険者という運動強度の高さもある。


 そんな健啖家な冒険者四人が四人前のレシピ分量で足りるはずがない。

 おそらくその三倍、四倍ほどに増量して計算する必要がある。


 出会ってからずっと頼りになると思っていたヴィルにも、人知れない苦労があるのだと知ったのだった。

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