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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
4.聖女、北の地に立つ

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49.<北辰の牙>

 フィリップに見送られ、階段を上った三階の四室はすべて客室で、階段から一番遠い奥から<北辰の牙>の面々が一部屋ずつ使用しているとのことだった。階段に一番近い部屋が空室で、シャナが使うことになる。

 一年ほど前までアロルドが使用していたという部屋は思ったほどは埃も溜まっておらず、空気も澱んだ感じはしなかった。おそらく女将のハンナが定期的に清掃と換気をしていたのだろう。

 建物自体は年季が入っているが、設備や部屋はよく手入れされていて、大切に扱われていることがよくわかる。


「思ったより綺麗だな」


 自室に荷物――シャナの鞄や杖、外套などの荷物も一時的に預かってもらうことになった――を置きに行っていたヴィルも部屋に入るなり驚いたように呟いた。


 部屋は入って正面に観音開きの窓が二つあり、その一方の窓からの明かりで照らされる位置に備え付けの机と椅子があった。ベッドはもう一方の窓辺に設置されている。

 部屋に入ってすぐの左右の壁に扉が一つずつあり、階段側がトイレで反対側がクローゼットになっていたのには感動した。

 この世界、宿屋のトイレは共用で、下手をすると男女の区別もなく建物に一つしかない、なんてこともあるのだ。各フロアに男女別でトイレがあっただけでも嬉しかったが、それが各部屋にあるなんて!

 さすがに風呂は共用らしいが、男女別なので実質女風呂はシャナ専用である。現在は使われていないとのことなので、そちらも部屋の後に掃除予定だ。


「くれぐれも、壁に穴を開けないように、優しく、お願いします」

「お前は俺を何だと思ってるんだ」

 

 もちろん、素の腕力だけの投石で魔物の頭部を貫通させるライフル銃だと思っている。

 窓を二つとも大きく開き、天井までの距離を考えてハタキをヴィルに任せ、シャナは雑巾を手に取った。

 

 埃を落とし、家具を拭き、最後に床のゴミを掃き集めて捨てれば掃除は完了である。それほど広くはないこともあって一時間とかからずに終わった。

 使い終わった掃除道具を階段下の収納に片付けていると、外階段を上る足音が聞こえてきた。

 振り返ればちょうど帰宅したらしい人影が四人並んでいた。


「あらあら、可愛らしいお嬢さんだこと」


 一番小さな人影が穏やかな声でシャナに話しかける。

 年の頃はフィリップと同じくらいで白の目立つ焦げ茶の髪を後ろで一つにまとめている。目じりや口元の深い皺は彼女の朗らかさを表しているようで、ちょこんと乗せた丸眼鏡の奥で細められた目からは親しみだけが感じられた。

 鬼軍曹の妻はどんな女傑かと思っていたが、実際に会ったハンナはクッキーで有名なおばさんにも似た穏やかで優しげな老婦人だった。


「お帰り。ヴィルが連れてきた客だ」

「あ、えと、クラシャナと言います。シャナと呼んでください。この子はペット? の細雪です」

「シャナさんとササメちゃんね、いらっしゃい。よろしくね。お部屋はヴィルの隣? 掃除は……あらやだわ、お任せしちゃったのね」

「いえ、日頃からお掃除してくださってたからすぐ終わりましたので」


 帰る日がわかっていれば事前に準備しておいたのに、とシャナの横に立つ不精な男を詰るハンナに、シャナは慌てた。実際、日頃の手入れのおかげで簡単に埃を掃うだけで済んだ。


「そうだわ、せっかくだからシャナさんの歓迎ってことで、お夕飯は奮発しちゃいましょう」

「お! そりゃあ良い! ならうちのも連れてきていいか?」


 歓喜の声を上げたのは奔放に跳ねた赤銅色の髪と瞳のひと際大柄な男だ。ヴィルよりも大柄なフィリップよりさらに大柄だが、快活な声と笑顔で親しみやすさを覚える。

 服装は一般的なものだが、やはりみっちりと鍛えあげた筋肉が生地を引き延ばしていて、きっと<北辰の牙>のリーダーで盾持ちのアロルドだろうとすぐに予想できた。

 

「いいわよ、その代わりあなたたちには下拵えを手伝ってもらいますからね」

「おう、ラウは手先が器用だからな、任せとけ!」

「おい、結局俺に丸投げするのか……」


 歓迎されるような覚えはないので遠慮したいところだが、シャナが口を挟む隙もなく話が進んでいく。

 豪快に笑ったアロルドが隣にいた一回り小柄な男の肩を叩けば、その人物はよろけはしないものの痛みはあったのかアロルドの手を払った。

 黒に近い灰色の髪は目元を覆うほど長く、薄い唇が引き結ばれていると少し近寄りがたい雰囲気になる。

 呼ばれた愛称から斥候のラウリッツだと思われた。

 消去法で彼らから半歩下がったところで穏やかな笑みを浮かべた薄青い長髪を緩く束ねた青年が魔法使いのフロスティだろう。

 彼は片眼鏡をかけていることもあってか理知的な雰囲気で、前衛の仲間たちに比べて線の細い美形だ。もしもこの世界に亜人種がいたのならエルフだとシャナは思っただろう。


「騒がしくてすみませんね。ヴィルから聞いているかと思いますが、私はフロスティ。赤くて大きいのがアロルド、黒っぽくて小さいのがラウリッツです」


 にっこりと丁寧な自己紹介に続けられた紹介に一瞬頷きそうになったシャナである。

 確かにアロルドは赤くて大きいが、ラウリッツは黒っぽくとも小さくはない。<北辰の牙>の中では確かに一番小柄なようだが、それでもシャナより十センチ以上は上背がある。

 

「おう、赤くてでかいアロルドだ。よろしくな! 夕飯のときに俺の妻も紹介させてくれ」

「……ラウリッツ。斥候を担当している」

「あ、はい。よろしくお願いします……」


 特に気にした様子もなく豪快に笑い飛ばすアロルドに反して、ラウリッツの方はいかにも不承不承といった顔である。

 フロスティ風に言うなら、本人は青っぽくて細い、になるのだろうか。その場合、ヴィルはどうなるのだろうかと少し気になった。

 その疑問が顔に出ていたのだろう。目が合ったフロスティはにこりと笑みを深めた。


「ヴィルは薄くて薄っぺらいですよね」

「は、はは……」

「……」


 同意を求めないでいただきたい。

 おそらくこれまでの流れから「(髪の色素が)薄くて(笑顔が)薄っぺらい」という意味だろうが、危うく頷きかけてしまった。


 薄っぺらい笑顔のS級冒険者がシャナの頭に手を乗せたので、賢明なシャナはきゅっと口を引き結んだ。

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