47.イェーレブルー②
手続きを終えた三人は、そのままそそくさと支部を後にした。
職員の「お、お、おおお帰りなさいませ……!」という感動の籠った出迎えに、ヴィルが整えた笑顔で「ありがとう」と返すのはさすがの神対応というべきか。
少しでもヴィルと関りを持とうとする職員や他の冒険者たちに囲まれる前に出られて本当に良かった。
以前、別の町のギルドで依頼の報告と街道の状況を聞いた際、職員が資料を取りに席を外した僅かな隙に周囲にいた冒険者に取り囲まれ、気づけばシャナとエドガーは人垣から弾き出されたことがある。
人混みの中心で慌てた様子のプラチナブロンドが「シャナ?! どこだ、シャナ! 小さすぎて潰されたか?!」と失礼なことをのたまっていた。
何度でも言うが、シャナは日本人女性の平均よりちょっと高めである。この世界の女性の平均からすれば十センチ以上低いと思われるが、だとしても小さすぎるということはないはずだし、潰されたりしない。
どうもヴィルは実際以上にシャナを小さく、幼く見ている節がある。
そんなわけで同じ失態を二度繰り返すような真似をしないS級冒険者様は必要な手続きをさっと済ませるなり、シャナの背に添えたままの手で背後に集まり始めていた冒険者たちの隙間を縫うようにするりと出入り口まで完璧にエスコートしてみせたのだった。
なお、実際にエスコートされた本人は「足が浮いていた気がする」「川に流される葉っぱの気持ちになった」と感想を漏らしていた。
閑話休題。
中間支部を出たあと、三、四番関所と街の中心部へ向かう分かれ道でエドガーと別れた。
彼の両親が経営する<青葉>商会へは明日買い物に寄らせてもらうつもりなのであっさりとした別れである。
ただ、「りんす液はあるだけ持ってきてね」と念押しされたので、彼の中の商人はまだあきらめていなかったらしい。
エドガーの後ろ姿が人混みに消えたのを確認して、シャナは隣に立つヴィルを見上げた。
どうやらシャナの見送りが終わるのを待っていたらしく、こちらを見ていたヴィルとばっちりと目が合う。
澄んだ青空と陽光に透けて銀に光るプラチナブロンド。逆光でより深みを増した深緑の瞳の精悍な顔立ち。
長身の男と目を合わせるため、見上げる首の角度も慣れたものである。
「とりあえず宿に行って、それから飯を考えるか」
「はーい。ヴィルの仲間もいるんだよね?」
「ああ。アロルドは家庭持ちだから、他の二人はいるはずだ」
「えーと、アロルドさんがリーダーで盾持ちの壁役。あとは……魔法使いのフロスティさんと、斥候のラウリッツさん?」
以前に聞いた<北辰の牙>の面々を指折り確認すれば、「よく覚えてたな」とばかりにヴィルの大きな手が頭をぽん、と撫でていった。
イェーレブルーでの宿については、ヴィルが常宿としている<獅子の尾>という宿屋を紹介してもらうことになっている。
食事は朝晩二食付きで部屋はそれなりに広くて綺麗。ただし立地があまりよろしくないのと、経営しているのが老夫婦だけのため、現在は小規模営業……というより、<北辰の牙>専用宿と化しているらしい。
宿というよりも下宿や寮と言った方が近く、静かで気楽に過ごせるうえ、S級冒険者の常宿と周知されているおかげで不届き者も近づかないので防犯面も安心、と勧められた。
回し者かとも思ったが、実際に防犯はこの世界に来てから特に気にしているところであるし、宿に押し入られ襲われかけた経験を知るヴィルからすれば他に選択肢はなかったのだろう。
雑な扱いをされてはいるが、なんだかんだで面倒見が良い兄貴肌なのだ。
大通りをあっちこっちへ視線を向けては引き戻され、足が止まりかけるたびに背を押され、本来の所要時間の倍ほどの時間をかけて街の中心部へ着いた頃にはすっかり昼食の時間を過ぎていた。
「ふらふらするな」
「なんか今までの街並みともちょっと違ってて、つい……」
てへ、と笑って誤魔化そうとしたシャナの額をヴィルの指が弾いた。だいぶ手加減されていたはずだが、それでも割れたかと思うほどに痛かったし、ちょっと涙が出たのでブーツの脛を軽く蹴ってやった。
蹴る際の動きがふらついているように見えたのか、「大丈夫か? 疲れが出たか?」と被ったフードを捲って顔を覗き込まれるほどに、シャナの蹴りはやはり何の痛痒も与えられなかった。
イェーレブルーは最北の街というだけあって夏は短く、冬は長い。そして豪雪地帯でもある。
一夜明けたら家の一階部分が雪に埋もれている、なんてことが当たり前にあったらしい。
近年は融雪魔道具の発展により家が雪に埋もれることはなくなったというが、それでも建ち並ぶ家々や店舗はその全てが石を積み上げた堅牢な造りになっており、冬季に備えた高床式になっている。
シャナの知る日本の高床式倉庫よりもさらに床が高いのは、それだけ雪深いのだろう。
この辺りは商業の中心地でもあり新しい建物が多いが、古い建物となると玄関が二階にあるのが当たり前で、一階部分は雪で埋まるものとして初めから倉庫とみなされており、個人宅でもアパートのように外階段が備え付けられているらしい。ヴィルの説明を聞いて唖然とした。
都会生まれ都会育ちのシャナは、雪がちらつけば物珍しさでテンションが上がり、うっすらとでも積もれば翌朝の通勤電車を心配してニュースや天気予報を追っていた。スキー旅行以外で大雪を見るのはニュース番組の中でだけだった。
住民の平均身長が日本よりも高いだけあって、建物そのものの天井が日本の家屋よりも高く設計されていることを考えれば、一晩で二メートルから三メートルほど降り積もるということになる。
そう考えればイェーレブルーの建物が基本的に三階建て以上であることも納得である。
長い冬の間、雪に埋もれる一階は食料などの貯蔵庫とし、二階以上を生活スペースとするのだろう。
そして冬の間は外に出ず家仕事をするようなイメージだったが、「氾濫が起きたら戦わねぇとだし、逃げられねぇだろ」との一言である。この街に住むには雪と魔物それぞれへの備えが重要らしい。




