46.イェーレブルー①
「ここが、イェーレブルー……!」
異世界に召喚されて早幾月。
シャナはようやく旅の目的地である最北の街 イェーレブルーへと到着していた。
北部の主である辺境伯の城下町であり、魔の森から溢れる魔物を抑える国の盾でもあるその街は堅牢な城壁に囲まれた城塞都市だった。
四、五階建てほどの高さの城壁を見上げれば、見張りだろう兵士たちが歩廊を巡回している姿が見えた。
城壁から等間隔に飛び出す尖塔にも兵士が数人常駐しており、双眼鏡のようなものを使って四方への警戒を行っている。この地がいかに魔物被害と隣り合わせであるかを物語る景色といえよう。
「やっと着いたー!」
五つある関所のうち王都方面から入り、シャナは両の拳を天へと突き出し、達成感に酔いしれた。
王城に監禁され粗末な食事と心無い言葉に身も心もぼろぼろになっていた頃と比べ、その表情は明るく顔色も健康的になっていた。
道中立ち寄ったアスローの街でD級冒険者のエドガーとチームを組み、S級冒険者のヴィルヘルムと再会し頼れる仲間を得たおかげである。
「せめて道の端でやれ」
そのヴィルは、門をくぐるなり立ち止まって両手を突き上げたシャナを、外套のフードを掴んで道の端へと引きずる情緒を解さない残念な男だが、異世界から召喚された聖女(仮)であることを知る唯一の味方である。
「ぐぇ……」
苦しそうな声を上げたシャナを慮ってか、外套の中に隠れていた白蛇がにょろりと顔を出し、フードを掴むヴィルの手に小さな牙を立てた。
土砂崩れにより封鎖された街道を迂回するため入った山で、偶然にも見つけた生まれたばかりのダンジョン。
人が容易に踏み込めない立地と、内包資源の乏しさから潰すことにしたそのダンジョンの主である巨大な蛇の魔物――だったのが、今ではシャナの首に巻き付いて暖を取りつつ、たまにこうしてヴィルにじゃれつく白蛇の細雪である。
細長い体は真っ白で、うっすらと浮かぶ鱗の陰影が日の光でキラキラと光る新雪に似ていたことが名前の由来だ。
名付け親のシャナとしてはとても綺麗で似合いのよい名だと思うのだが、残念ながら漢字の概念がないこの世界の住人二人からは「呼びにくい」「腹が減る」と不評である。誰がササミか。
「とりあえずギルドに報告しに行くぞ」
「はい!」
旅が終われば憧れのヴィルとのチーム解消となるエドガーはここ数日、意気消沈していたのだが、本人からの「店に買い物に行くし、ギルドで会うこともあるだろ」という一言ですっかりいつも通りである。
シャナとしては自分とのチーム解散も少しくらい惜しんでくれてもよいのでは、と少し寂しくなったが、大人としてそこは飲み込んだ。
イェーレブルーの冒険者ギルドは街の中心部にほど近い本部の他に、魔の森方面へ向かう一番関所と、近隣のダンジョンや王都方面へ向かう二番から五番の関所の近くにそれぞれ四つの支部がある。
住人や冒険者の間では関所は「一番」「二番」「三番」といったように番号で呼ばれており、冒険者ギルドに関しては「本部」「関所番号+支部」といった具合に略されることが多いらしい。
所在報告やチーム申請などの手続きはどこでも同じように行えるが、支部によって依頼内容が異なっており、魔の森関係ならば一番支部、ダンジョン関係ならば二番支部か五番支部といった具合だ。
ちなみに王都やほかの街への護衛などの依頼は三番と四番の中間地点にある「中間支部」で一括されており、魔の森とダンジョンに関する依頼の比重が伺えた。
なお、魔の森関係の依頼を受けられるのはB級以上の上級と呼ばれる一部の冒険者のみと領主、及び冒険者ギルド本部長の名の下に定められており、必然的に一番関所に近い支部は中級から下級の冒険者は立ち入り禁止のような暗黙の了解もあるという。
いまだE級の下級冒険者であり、今後は街中で冒険者以外の仕事を探すつもりのシャナはきっと足を踏み入れるようなことにはならないだろうと安堵した。選ばれし強者が集まるギルド支部と聞いて、世紀末な想像しかできなかったので。
シャナたちは三番から入ったため、一番近い中間と呼ばれる支部で到着報告とチームの解散手続きを行うことにした。
エドガーの実家は四番から中心部に向かう大通り沿いにあるらしく、残念ながら道中に覗くことはできなかったが、明日店に寄らせてもらい、生活用品を買い揃える予定である。
ギルド支部自体はこれまでの街や村で立ち寄ったものと変わりはなかったが、職員やギルド内にちらほらといた冒険者たちがヴィルを見るなりざわついた。驚き、そしてエドガーと似たような崇拝に近い敬慕の目を向ける。
「おい、あれ……!」
「まさか、本物か?!」
「<北辰の牙>のヴィルヘルムだ……!」
「あのS級の……すげぇ、初めて生で見た」
「噂より素敵……! ヴィルヘルム様……っ」
「あれが竜の首をひと振りで刎ねたっていう竜殺しの魔剣か!」
「最近見ないと思ってたが、今度はどこでどんな強敵との死闘を繰り広げたんだ……」
などといったざわめきの合間に「あのチビはなんだ?」と好奇の目を向けられるのだ。居た堪れないというか、居心地が悪いにもほどがある。
北上するにつれて冒険者ギルドでのヴィルの知名度の高さを感じてはいたが、さすがに彼が拠点としている街である。まさに知らぬ者はいない有名人ぷりだ。
いつも通り隣を歩いてしまったシャナは目深に被ったフードさらに引き下げて俯き、さり気なくヴィルから離れようとした。
が、空間把握にも長けていらっしゃるS級冒険者様は即座に気付き、シャナの背に手を添えて逃げ道を塞いだ上で顔を覗き込み「どうした?」などと聞いてくる。
どうしたもこうしたもない。「きゃあっ」と小さく上がった黄色い悲鳴が聞こえていないはずはないだろうに何を平然としているのか。これが当たり前ということか。住む世界が違いすぎる。
なんだか今まで友人ような、気心の知れた仲間だと思っていたヴィルが、急に遠い存在に感じられてシャナは知らず震えた。
「ぴぇ……」
「少し我慢しろ、報告だけしたら宿に向かう。エドガー」
街中よりも顔色を悪くし震えるシャナを気遣うように、ヴィルの落ち着いた声がささやいた。
そっと自らの陰に隠すように引き寄せられて、さらに後ろにいたエドガーを呼び寄せることで周囲の視線から隠される。
「シャナ、大丈夫? ヴィルさんは普段ここには来ないから、中間を利用する冒険者は実際に見たことがない人が多いんだよ」
「なるほど……」
「俺は珍獣か何かか」
「伝説上の生き物って感じですかね!」
「人間やめた覚えはねぇぞ……」
苦笑交じりに説明するエドガーに頷き返せば、ヴィルがぼやく。いつも通りの気安い会話に、シャナの肩からも力が抜けた。




