表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
3.聖女、ダンジョンに入る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/64

幕間4 王城兵士

 爛れ顔の化け物(聖女)が消えた。

 

 その報せは実際にシャナが王城を出奔してからひと月ほど遅れて第二王子マルセルの耳に入った。

 そして当のマルセルは未だ知る由もないことだが、異母兄である王太子ジェレミアの元に知らせが入る、直前のことだった。


 +++


「どうなってるんだ!」


 声変わり前の幼さの残るマルセル第二王子の癇癪を起した声がショーンの耳を貫いた。

 声そのものに恐ろしさはないが、それを発している人物が日頃から我儘放題で自制心のないマルセルだと思うと、八つ当たりで職を失うことになるかもしれない。それどころか、下手をすれば責任を押し付けられて胴と首が分かれることになる。



 ショーンは領地を持たない法衣貴族の四男として生を受けた。

 家は代々王宮で文官として仕えており、ショーンが生まれた頃には成人していた嫡男が父の補佐として出仕し始めたばかりだった。

 家を継ぐ嫡男とその補佐をする予定の次男、さらに三男に続いて四人目も男児。両親は無事に生まれたことを喜びながらも、女の子でなかったことを残念がった。


 王宮に出仕しているとはいえ領地もない弱小男爵家に子へ継がせるものなどそう多くはない。

 すぐ上の兄は婿入り先を探すより、自ら冒険者の道を選んで王都を飛び出していった。ショーンも自身の身の振り方を考えるにあたっては、頭を使うより体を動かす方が得意だと思っていたので兵士として王宮に出仕することにした。

 冒険者の道を選ばなかったのは安定を求めたからだ。


 兵士として最初の数年は皆出身から遠く離れた土地で任に就く。そこで訓練や時には魔物討伐等の遠征を経験し、また異動した先でも同じような生活を送る。何度か繰り返して勤続年数が上がれば異動先の希望を出せるようになる。

 ショーンは特に出世欲があるわけでもなく、今の暮らし向きに満足もしているので希望したわけではなかったが、可愛がってくれた上長が兵士となってから一度も実家に帰っていないことを知って、王都への異動に推薦してくれた。

 

 そういった経緯で約十年ぶりに王都に戻ってきたショーンは、王城の敷地内を警邏する部署に配属された。

 あくまでも敷地内であって、王宮内に入ることはない立場だ。だというのになぜ王宮内、それも第二王子の私室にいるのか。


 ここで話は冒頭に戻る。


 王宮内の使用人と兵士の間で噂になっていた「貴族牢に住み着く爛れ顔の化け物」については、ショーンも兵士仲間から聞いたことがあった。

 顔を焼かれた罪人の霊だとか、醜く生まれたばかりに虐げられて死んだ女だとか、反対にあまりにも美しく妬まれて顔を焼かれただとか、面白おかしく好き勝手に囁かれている噂だ。

 

 王宮勤めをしているとうっかり見てはいけないものを見てしまったり、聞いてはいけないことを聞いてしまうことがある。

 どこそこの令嬢が夜会を抜け出し婚約者以外と密会をしていただとか、某王子がお忍びで城下に繰り出しては何かしらの問題を起こし兄王子が尻拭いをしているだとか……。

 公然の秘密であっても口にしてはいけないあれそれである。

 

 そんな職場であるから、爛れ顔の化け物の噂話は使用人たちの間で瞬く間に広がった。皆、言いたくても言えないあれそれを少なからず抱えているのだ。誰かに話しても罰せられることのない話題は絶好の娯楽だ。

 日により人により内容が変わるが真偽などどうでもよい。むしろバリエーションが豊かであればあるほど面白い。


 ショーン自身は外の警備担当で噂の貴族牢には近づいたことがなかったのだが、たまたま寮の隣室を使っている城内警備担当の兵士仲間の勤務がどうにもおかしい気がして兵士長に確認した。

 するとどうやら組まれたシフト上では休みとなっているにも関わらず仕事をしているようである。しかも直属の上司から指示は出ておらず、仲間内で勤務を交代したわけでもないらしい。

 どういうことかとさらに調べてみれば、彼は貴族牢で警備についているようである。

 現在、貴族牢が使用されるような事件はなく、兵士長とショーンは共に首を傾げた。

 使用されていないはずの貴族牢の警備。

 爛れ顔の化け物の噂が頭をよぎるのは当然だった。


 ただの噂と気にしていなかった兵士長も、実際に部下が休日返上で指示していない警備に駆り出されているとなれば確かめないわけにはいかない。

 ショーンはなんだか面倒なことになってきたぞ、などと暢気なことを思いつつ兵士長に言われるまま、噂の真偽について聞き込みを開始した。


 その結果、顔の爛れた化け物は実在した。

 いや、実際にその姿をショーンが確認したわけではない。ただ貴族牢に食事を運び入れるメイドや、部屋の前で立ち番をする兵士がおり、彼らは一様に「第二王子殿下の命により」それぞれの仕事をしているのだという。

 そして部屋の中にはひと月ほど前、第二王子マルセル主動――と名目上はされているが、実際には王子の母方の祖父に当たる南部の大貴族ガスパノ公爵が裏で糸を引いていることは明らかだ――で行われた聖女召喚にて異世界から現れた聖女――生まれつきか、召喚時のトラブルかは不明だが顔の皮が剥がれてそれは恐ろしい相貌をしていたらしい――がいる。

 ――はずだった。


 最初に異変に気付いたのは部屋に食事を運び入れるメイドだった。

 まだ奉公に上がったばかりの見習いの中でも家格が低く、他の見習いメイドたちからもあれこれと雑用を押し付けられるような男爵家の娘だ。


 元は彼女の教育係である先輩メイドに下された命であったが、爛れ顔の化け物の噂を信じ、恐れた結果、押し付けられたようだった。

 先輩メイドからは毎日二回、朝晩の食事を運ぶこと。そしてその仕事は誰にも話してはいけないと言い含められた。それから、もしも化け物に話しかけられても応えてはいけないとも。

 恐ろしいが言いつけを守らないわけにもいかない見習いメイドは細心の注意を払い、化け物と鉢合わせないようタイミングを計って部屋に食事を運び入れていた。


 自分と同じように先輩に仕事を押し付けられたらしい警備に立つ見習い兵士の少年とは互いの境遇から仲間意識が芽生え、次第に言葉を交わすようになり、嫌な仕事に楽しみができた。

 

 そうして人知れず仕事をして一週間ほど経つ頃、見習いメイドは爛れ顔の化け物の噂を同僚たちから聞いた。そして自分の運んでいる食事はお供え物だと理解した。

 男爵家の令嬢とはいえ貴族の娘からすれば食事と呼ぶのも烏滸がましいほど質素で残飯のように思っていたが、納得である。

 勝手に貴族牢に住み着いた顔の爛れた化け物を追い出し討伐するどころか、情けをかけてやっているのだ。本来なら残飯だってもったいないくらいのものだ。

 いつの間にか朝も夜も運び入れた食事が手つかずのまま残っていて、部屋の様子からすでに化け物が立ち去ったと思っていても、見習い兵士と会う口実をなくすのが惜しくて先輩には報告せずにいた。



 兵士長、そしていつの間にか話が大きくなっていたようで騎士団長まで臨席しての聞き取り調査で、見習いメイドは泣きながらすべてを話した。

 見習いメイドは聖女が召喚されたことも、「顔の爛れた化け物」と呼ばれ貴族牢に監禁されていたことも知らなかった。

 

 話を聞き終え、見習いのメイドや兵士が下がったあと、騎士団長は深く深くため息をついて頭を抱えた。

 その場に残っていた兵士長とショーンも同じ気持ちだった。

 ――なぜもっと早く相談するなり報告してくれなかったのか。

 見習いメイドの気持ちも分からなくはないが、事が事だけにそう思わずにはいられない。頭どころか胃まで痛い話である。


「……とりあえず、第二王子殿下に話を聞く必要がある。王太子殿下への報告もしなければ……。すまないが、第二王子殿下の元へ行ってくれるか」

「はっ」


 立場上、一介の兵士であるショーンや、その上長というだけの兵士長が王太子殿下に会うのは難しい。騎士団長でなければ、報告の場を得るまでに数日はかかってしまう。

 それを思えば仕方のない指示ではあるが、それでも兵士長とショーンは気が重かった。



 そして、兵士長から事の次第を聞き、顔の爛れた化け物がすでに王城内のどこにもいないことを知ったマルセル第二王子は予想通り癇癪を起した。

 クッションや書類はともかく、羽ペンや花瓶まで手あたり次第に投げては不満を零し暴れる王子に、ショーンはやはり王城勤めなどしたくなかったとため息を零したのだった。

閲覧ありがとうございます。

次週はお休みをいただき、8月から4章に入る予定です。

少しでも楽しんでいただけたなら、評価等いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ