41.山越えと蜂蜜飴
「えっ、通行止め?」
アスローを出発して一週間。
辿り着いたマドゥイースという町の冒険者ギルドで、依頼達成の報告と次の町ベルゲンへ向かう護衛依頼がないか確認したところ、受付嬢が困ったように告げたのを、シャナが復唱した。
「申し訳ございません。マドゥイースからベルゲンへ向かう街道は一つしかないのですが、先日発生した土砂崩れの影響で、全面的に通行禁止となっております」
「復旧はいつ頃だ?」
「国へ土魔法を使える人員の派遣依頼は出したものの別件で出払っており、ひと月ほどの予定ですが春に生まれた獣や魔物のことを考えると……」
受付嬢は明確な答えを持ち合わせていなかった。なんとなくシャナがヴィルを見上げると、隣でエドガーも同じようにヴィルを見上げていた。困ったときのS級冒険者様である。
当の本人は向けられた視線に気付いていながら、何も言わずに手続きを進めるよう、受付嬢を促していた。
報告と報酬の受け取りだけ済ませ、三人は宿に戻ることにした。
食料や消耗品などの補給をしたらすぐにベルゲンへ向かう予定だったので、今後の行動を話し合う必要がある。
なんとなく集まる際の定番と化したシャナの部屋で、三人は地図を広げた。
大きな町や村がなんとなくこの辺、くらいのアバウトさで描かれた地図は、冒険者や商業のギルドで大銅貨一枚(約千円)で購入可能なものだ。冒険者や行商人はそこへ自分で情報を書き加えることで、オリジナルの地図にしていく。
ちなみに現在使用している地図はエドガーのものだ。ヴィルの持つ地図は<北辰の牙>の共有財産であるため、メンバーの許可なく部外者に見せることができない。その代わり、必要な情報はヴィルが書き加えてくれたので、エドガーは「家宝にします!」と掲げて喜んだ。
直筆サイン色紙みたいな扱いにシャナは生温い目を向けたし、ヴィルは苦い顔をしていた。
閑話休題。
地図を覗き込んだ三人だったが、地理があるのはヴィルとエドガーだけなので、シャナはただ二人が話すのを聞いていた。半分ほどはよくわからなかったので聞き流してしまったが。
「――じゃあやっぱり迂回は山を抜けるしかないんですね」
「ああ、それほど大きな山じゃないが道はないだろうし、休憩は多めにいれよう。明日は一日準備に使う」
「ふむふむ、なるほど」
「シャナは山中で迷わないよう縄で繋ごう。自分の命綱だからな、自分で選んで買ってこい」
「縄より先に喧嘩買うぞこのやろう」
「それがいいですね」
「なにもよくないよ」
アスローでの出会いから約二週間。どういうわけかシャナの扱いは日々雑になっていく。
主にヴィルがシャナのことを適当な扱いをするので、彼の信者であるエドガーもそれに倣うのだ。なのでシャナのヴィルに対する態度も雑になっていき、それを受けてさらに……という悪循環が生まれている。解せぬ。
イェーレブルーまでの長い道のりを考えれば、聖女だの異世界人だのと変に気を使われるよりはよほど気楽ではある。が、それにしてもムカつくものはムカつくのである。
そのうち、ヴィルとは互いの扱いについて一度お話合いをする必要がある。
内心でそんな決死の覚悟を固めた翌日、シャナは市場でちょっとお高めの丈夫なロープを購入した。命あっての物種。背に腹は代えられない。いのちだいじに。
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そんなこんなで通行止めとなった街道を迂回するため、早朝から山道を行くことになった三人は、昼を過ぎて順調に道なき道を歩いていた。
ヴィルを先頭に、その腰に括ったロープで繋がったシャナを挟んで、エドガーの順だ。
山越えのために買い込んだ食料やらの荷物の大半はヴィルの魔法鞄に納められ、シャナとエドガーの荷物は平時と変わらないが、慣れない山道ですでに疲労が溜まっていた。
「この先に川がありそうだ、そこで休憩にするぞ」
「へぁい……」
「なんで川があるってわかるんですか?!」
「音とにおい」
「いぬ……」
「その状態で煽る根性は認めてやる」
それなりに長さのあるロープをたすき掛けにし、ヴィルの腰に繋がったシャナは、杖で身体を支えつつロープを引いてもらってなんとか足を動かしている状態だ。
買ってよかった杖(棍棒)。あってよかった命綱。お話合いは提案前に延期された。
ヴィルの言う通り、木々の間を抜けた先に小さな川があった。
川といっても地中から湧き出た水が山の斜面を辿っている程度の流れだが、山に住む生き物の貴重な水飲み場となっているようで、見慣れぬ人間に驚いたリスが慌てて逃げて行った。
「……ここまでは順調だな」
気ままに枝葉を伸ばした木々の隙間から見える太陽と、手にした地図を見比べて行程を確認したヴィルが言う。
大きな岩に座り込んではひはひ言っているシャナはそれを聞いて安心した。自分が足手纏いである自覚だけはあるので。
もちろん、そんな足手纏いを考慮したうえでヴィルが山越えの計画を立ててくれているおかげである。ヴィルとエドガーだけならもっと早く進めている。
「シャナ、大丈夫?」
「うん……ごめんね、ありがとう」
額に滲んだ汗を拭ったエドガーが気づかわし気にシャナを覗き込んだ。
水を一口飲んで喉を潤したシャナは、エドガーに返事をしながら昨日のうちに作った蜂蜜飴を口に放り込んだ。
甘い蜂蜜が舌の上で溶けてレモンの香りが鼻に抜ける。なかなか良い出来だった。
リンス液などを作った残りの蜂蜜にレモン汁を混ぜたものを加熱し、一口大に冷やし固めただけのシンプルな飴だ。
あまり水を飲みすぎてもしんどくなるとヴィルから注意を受け、それならばと思い付きで作ってみたが、栄養補給を兼ねつつ喉を潤すのにちょうどよい。
栄養豊富な蜂蜜にレモンのクエン酸で疲労回復にも良い。寒い時期なら生姜の搾り汁を加えるのも良いだろう。
エドガーも蜂蜜飴を頬張り口元をほころばせる。彼にも気に入ってもらえたようだ。
もともと少量だった上、使いかけだったのでそれほど大量には作れなかったが、要望があればまた作っても良いかもしれない。
「早めに今夜の野営地を探そう」
「はぁい」
「ヴィルさん、山中での野営地って――」
嬉々として教えを乞うエドガーと、それに答えるヴィルの声をBGMに、シャナは目を閉じて深く息を吸った。
異世界に召喚されて約三ヶ月。
監禁されていた王城から逃げ出し、トルトゥの街では散々な目に遭ったが、その後辿り着いたアスローの街でイェーレブルーまでの期間限定とはいえ、仲間と呼べる二人に出会えた。
特にシャナの事情を知るヴィルは、冒険者としてだけではなくこの世界での常識や生きるすべを教えてくれて、ひとりぼっちで何も知らない世界に放り込まれた孤独と不安を受け止めてくれた。感謝という言葉では足りないほど――。
「こら、寝るな」
「あだっ」
――感謝してもし足りないほど世話になっている自覚はあるが、素直に感謝できないのはこの扱いの雑さのせいだ。
指で弾かれた額をさすりながら、しょぼつく目でヴィルを睨むシャナだった。
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