幕間3 王太子
更新再開します。
聖女が召喚された。
その報せは実際の召喚からひと月ほど遅れて彼――王太子 ジェレミアの元に届いた。
国王夫妻が外交で国外にいるいま、王城における最高責任者であるというのに、このような愚行を許したばかりか、ひと月も知らずにいたなどとあまりにも情けなくて婚約者には絶対に言えない。もちろん隠せはしないどころか、報告を受けた場に彼女も、その侍女やジェレミア付きの補佐官までいたのだが。
「なぜこんなにも知らせが遅いんだ」
「それが、以前から噂のあった『爛れ顔の化け物』が聖女だったようで……」
「は? どういうことだ……?」
「あら、その噂でしたらわたくしも聞いておりますわ」
第一王子であり王太子のジェレミアの執務室には、王太子としての仕事のほか、国王代理としての仕事も回ってきており、部屋のあちらこちらに書類の山ができていた。
その中で部屋の主であるジェレミアは執務机で北部のマドゥイースとベルゲンを繋ぐ唯一の街道が土砂で封鎖され流通に問題が生じている件について、領主からの陳情書に目を通し、婚約者の公爵令嬢と意見を交わしていた。土魔法の使い手を派遣したいが、生憎と南部の国境へ送っており北部へ向かわせる人員が足りていない。
北部は魔の森を始め多くのダンジョンがあり、魔物や魔力を帯びた薬草などの資源が豊富な土地である。
一区間とはいえ流通が止まってしまうのは王都にもかなりの痛手だった。
そこへ慌てた様子で駆けこんできたのが乳兄弟の従者だった。成人して数年たつ三人はいわゆる幼馴染ではあるが、子供の頃ならいざ知らず、王太子とその婚約者の居る執務室にノックもなしに飛び込むなど、その場で捕らえられてもおかしくはなかっただろう。
立場上、苦言を呈そうとしたジェレミアだったが、続いて入室した騎士団長と従者から齎された冒頭の報告にそれどころではなくなったのだった。
「噂?」
「貴族牢には爛れ顔の化け物が住み着いていて、誤ってその顔を見てしまったメイドは気が狂ってしまったとか」
「貴族牢は現在使われていないはずだが……」
「ええ、ですから使用人たちの間で流行っている作り話だと思っておりましたの。でもどうやら違ったようですわね」
片頬へ手を当てて困ったように言う婚約者に、自分もその噂だけを聞いていたのならば同じように判断していただろうと思う。
仕事に影響が出るようであれば何かしら考えなくてはならないが、使用人たちが少し早い肝試しや怪談話に興じるぐらいかまわない。国王代理としての仕事に忙殺されている今でなければ、ジェレミア自身も息抜きがてら従者と下らぬ話の一つや二つする。
「確認したところ、確かにここひと月ほど、貴族牢の一室に警備が割り振られたり、部屋を整えるメイドの出入りがありました。また、少額ではありますがマルセル殿下に割り振られた予算の一部に用途不明金があるようです」
「つまり、マルセルは陛下と私があれほど諫めたというのに、周期外に聖女召喚を強行した挙句、使用許可を出していない貴族牢に異世界から召喚した聖女を住まわせて衣食住の世話をしていた、と?」
「離宮は難しいにしても、なぜ客室を使わないのかしら?」
「それが、その……どちらかというと閉じ込めていた、という方が近いようで……」
「は……?」
騎士団長の訂正に、ジェレミアは思わず目を丸くして固まった。視界の端で、婚約者も同じように固まっているのが見えた。
この世界において、異世界からの召喚者とは命の恩人であり、文明の開拓者である。異世界人たちの助力により生き永らえ、その知識と技術により国を発展させてきた。
だから当然国には聖女・聖人のための予算が毎年積み立てられているし、王城の敷地内には専用の離宮も誂えられている。
離宮を使用するとなれば大規模な人員異動や備品が必要となり隠すことは不可能だし、それ以前に国王代理であるジェレミアの許可なくして離宮の門すら開けることはできない。
だからといって、異世界から招いた救国の聖女を牢に閉じ込めるなど、正気の沙汰とは思えなかった。
「あいつは、気でもふれたのか……?」
「以前から短絡的な方だとは思っておりましたけれど……」
思わず、といった風に婚約者たちが取り繕うことを忘れた感想を漏らす。従者は賢明にも喉に留めたが、小さく頷くのは止められなかった。
日頃の第二王子 マルセルに対する各々の印象がよくわかる。
「……いや、とにかくまずは聖女だ。今はどちらに? まさかまだ貴族牢にいるわけではないだろうな」
「それが、聖女様はすでに城を出ているようでして……」
「は?」
「聖女様が閉じ込められていた部屋の窓にリネン類を裂いて作られた簡易ロープがあり、恐らくはそこから……」
「まさか、窓から出たというのか……」
「まぁ……」
部屋の扉が施錠され、兵がいるからと言って、窓から出ようなどと考えるだろうか。少なくとも衣食住は保証されているのだから、そのまま大人しくしていれば良いではないか。
ジェレミアは今度こそ頭を抱えた。婚約者は表情を取り繕うことも忘れてぽかん、と口を開けてしまっている。
此度の聖女はどうやらとんだじゃじゃ馬のようだが、聖女は聖女だ。国王代理として、聖女の保護を最優先に考えねばなるまい。
ジェレミアは痛む頭を無視して積みあがった仕事の一番上に「聖女捜索」のタスクを乗せた。
「聖女の捜索と並行し、この件に関わった者を一人残らず調べ上げろ!」
「はっ、かしこまりました」
「殿下、人手として当家の人員もお使いくださいませ」
「助かる。だがなるべく周囲に悟られたくはない。特に民に知られるようなことがあれば、王家の威信にも関わる」
「心得ております。特に信の置ける騎士と使用人を見繕ってまいりますわ」
そういって壁際に控えていた侍女に指示を出す婚約者に、ジェレミアは頼もしさを覚えるばかりである。
マルセルにもこんな風に寄り添い、支えてくれる婚約者がいればこのような事態にはならなかったのではないか、と頭の片隅で思いながら、補佐官を通じて王城内へ緘口令を敷くとともに、聖女の捜索、召喚とその後の対応についての詳細を調べさせるべく頭を働かせた。
国王の帰還までに聖女の保護と関係者の洗い出しを済ませなければ。
予定外の重要案件に頭だけでなく胃まで痛み出したが、生まれたときからの付き合いである従者がそっと胃薬を二人分執務机に置いてくれた。
まったくもってできる従者である。
婚約者への渡し方は後で二人きりの時に確認することとした。
王城側を書くタイミングがないままここまで来てしまったので、新しい章に入る前に慌てて書き足しました…。




