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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
2.聖女、旅の仲間を得る

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幕間2 新人冒険者

 エドガーが冒険者を目指したのは、幼い頃に母が読んでくれた騎士の絵本がきっかけだった。騎士と冒険者の違いも分からぬほど幼かったのだ。

 両親の経営する商店を訪れる冒険者たちが、幼いながらに店を手伝うエドガーを可愛がって菓子をくれたり、珍しい素材を見せてくれて冒険譚を聞かせてくれたのも大きい。

 幼いころから冒険者になりたいと、両親や近所の友人らに話しては拾った棒を振り回して真似事に興じた。しっかり者と近所でも評判の二つ下の幼馴染にはあまり良い顔をされなかったが。

 両親は大切な一人息子に店を継いでほしいという思いもあったようだが、エドガー本人の気質があまりにも素直かつお人よしで、時には利益のために冷酷な判断も下さねばならない商人には、致命的なほど向いていないことも分かっていた。

 それでも目利きができて損はないし、冒険者だって読み書きや計算が出来ねば食っていけないから、と旅立ちまで実家の商店を手伝いつつ勉強漬けの毎日を送ることになった。

 十六になり両親から及第点をもらったときは、旅立ちの喜びよりも勉強からの解放感の方が強かった。

 そうして餞別として先輩冒険者から装備のお下がりをもらい、両親からこれまでの手伝いの駄賃として旅に必要な道具をもらい、ひとまず王都へ向けて出発した。年下の幼馴染は見送りの際、いつもの勝気さはどこへやら、唇を噛んで一言も話さず、目も合わせてくれなかった。


 王都での華やかな生活に憧れていたのもあったし、何より国で一番大きく栄えた街にはそれだけ冒険者への依頼も多い。仕事を得やすく食うに困ることはないだろうという実利的な思惑もあった。

 しかし、王都で生活を始めてひと月ほどで現実を思い知り、三か月目には辺境に帰りたいと強く思うようになった。


 生まれ育った北部の辺境は魔物の多い土地柄で、さらに長く厳しい冬を乗り越えるため、住民同士での助け合いなくしては生きていけない。

 王都では冒険者以外にも騎士が魔物討伐を行ううえ、そもそも魔物の数が少なく命の危険はあまりない。家の一階部分が雪で埋まることもなければ、冬の間の保存食に頭を悩ませる必要もない。

 それだけ聞けば王都の方が暮らしやすく思えるが、魔物が少ないということは冒険者への依頼も少ないうえ、依頼料の相場は国内外問わず定められているので稼げない。なのに物価は高い。

 生まれも育ちも辺境地で、さらに人付き合いが生業ともいえる商家の生まれであるエドガーには、都会の他人との距離感がどうにも馴染めなかった。

 事務的な会話を除いたら誰とも話すことなく一日を終える。終えられてしまう。そんな希薄な関係性は、生まれ故郷で道行く人々から気軽に声を掛けられ、雑談を交わすことを当たり前としていたエドガーにとって北部の冬よりも寒さを感じさせた。


 活動拠点を地元に移そう、と両親からの手紙を読んで一晩泣き明かして決意し、その日のうちに荷物をまとめて宿を引き払った。元より故郷にはいずれ帰るつもりだったのだ、早まったところで友人には馬鹿にされるかもしれないが構うものか。

 昔から行動力だけは幼馴染に褒められていたし、きっとその幼馴染はホームシックで早々に帰ってきたエドガーを「もう、エディったらしょうがないんだから」と言いながら受け入れてくれる。


 そうやって旅馬車を乗り継ぎ、往路と同じく行く先々の街や村で路銀を稼ぎながら生まれ故郷であるイェーレブルーへ向かう途中、立ち寄ったアスローの街でクラシャナと出会った。

 彼――のちに彼女だったと知る――は夏前の暖かい気温の中、外套をしっかりと着込んで目深にフードを被り、見るからに怪しげであった。

 サイズの合っていない冒険者らしからぬ服装、スレたところのない言葉遣い、骨と皮だけのような細い手や首はけれど水仕事で荒れた様子はなく、爪も白く綺麗。

 後ろ暗いところのある人物にも、身分を偽る家出人にも見えたが、初対面の挨拶は朗らかでどうにも印象が定まらない人物だった。

 

 チームを組むにあたって、それぞれにできることやできないことを明かすのは、冒険者としてはリスキーでもあるが、尊敬する冒険者チームを見習ってエドガーは丁寧な情報共有に努めた。

 シャナの風貌からあまり手の内を明かしすぎるのも危ないかとも思ったが、シャナ自身も積極的に自身の魔法について教えてくれた。それだけでエドガーはシャナを信用できると思ったし、結果的にそれは間違いではなかった。

 

 なお、のちにその話を聞いたヴィルには「一時的なチームなら手の内を明かしすぎない方がいい」と、もっと警戒心を持つようにシャナ共々窘められた。

 仲間内での情報共有は大事だとヴィル達<北辰の牙>から教わったが、それも時と場合によるらしい。


 

 +++


 

 アスローの街の冒険者ギルドでその日の報酬を分け合った後、ギルド職員から呼ばれたヴィルが戻るのをシャナと二人、テーブルでのんびりと待っていた。


「今日も疲れたねぇ……」

「うん、でも強くなってるのも分かって毎日楽しいよ!」

「うっ……まぶしい……」


 溶けるように椅子にもたれていたシャナが、目を瞑りながらエドガーから顔を背けた。 よく見る仕草だが、いつもどこにも眩しいほどの光源はなく、シャナが何を眩しがっているのかよくわからない。

 ヴィルには「個人の感想だ、ほっといてやれ」と言われたので、最近は触れないでおくことにしている。

 

 ヴィルから指導を受けられるようになって数日、戦闘訓練は厳しいが、前よりも強くなれている自分を実感しており、充実している。ヴィルからもそろそろ街を出てもいいかもしれない、と今日言われたばかりだ。


 国でも数えるほどしかいないS級冒険者でのみ構成された<北辰の牙>。中でも同じ剣士ということもあって、ヴィルはエドガーが特に憧れる英雄だ。

 イェーレブルーにいた頃、許される限り彼の後をついて回っていたエドガーは、いまだにヴィルから直接指導を受けていることを夢か何かかと信じられないでいる。


 ヴィルヘルムという冒険者は確かに人当たりの良い好青年ではあるが、たかが新人や後輩のためにつきっきりで指導や助言をするほど、後進育成に熱心なわけでも、面倒見の良いタイプでもない。

 イェーレブルーのギルドや飯屋で、人に囲まれているところはよく目にしたが、彼が特定の個人を特別気にかけたり、面倒を見てやるというのは見たことがなかったし、聞いたこともなかった。


 それなのになぜ、と思うが、たまたま単独行動中で三人とも目的地が同じだから、とは本人の言である。いっそ崇拝していると言っても過言ではないヴィルがそういうのだから、エドガーがそれを疑う理由はない。

 それでもただ同郷というだけで、新人二人につきっきりで指導するほど彼が暇ではないことも知っている。特にチームの仲間であるアロルドの妻が出産を控えているこのタイミングで。


 それに、とエドガーは相変わらずくったりと、萎びた葉のように机にもたれているシャナを見た。

 先日、朝からシャナとヴィルの姿がなく、どうしたものかと街中を駆けて探したことがある。昼前にはひょっこり戻ってきてどうも街の外まで行っていたようであるが、詳しくははぐらかされてしまった。シャナの前世とやらが関係しているらしい。

 前日までは「ヴィルさん」とエドガーと同じように呼んでいたシャナが、戻ってきたときには「ヴィル」と呼び捨てにしていて、エドガーはひそかに驚いていた。冒険者なら誰しもが憧れ、尊敬や畏怖するS級冒険者を呼び捨てにするなんて!


 実際、<北辰の牙>の面々は高ランクのベテラン冒険者勢の中では――最年長のアロルドやフロスティでも三十二、ヴィル自身も二十八と――年若い部類に入るが、それでもS級の肩書に敬意を表し敬称をつけて呼ばれることがほとんどだ。

 イェーレブルーの冒険者ギルドで、<北辰の牙>よりもひと回りは年嵩で口は悪いが人の好いA級冒険者が、「ヴィルヘルムさん」と随分畏まった口調で教えを乞うている場面を見たエドガーは、なるほどそういうものか、と自然に接し方を学んだものである。

 ヴィルたち自身は畏まられるのを嫌ってやめるよう言っているのだが、聞き入れられている様子はなかった。

 

 さらに、シャナが女性であると知った日。上機嫌で入っていった公衆浴場から、出てくるなり泣き出したシャナを庇い、宿まで抱えて帰るヴィルは見たことがないほど険しい顔をしていた。

 その翌日も、昨夜の様子が嘘のようにテンションの高いシャナをつかず離れずの距離で見守り、指導後に市場へ向かった際には店主とシャナの間に立ち俄かに警戒を見せていた。

 当のシャナがまるで気付かず無防備に振る舞うのもあって、ヴィルが余計に気を揉んでいるのが傍から見ていたエドガーにはよくわかった。


 三姉妹の長女でしっかり者と評判の年下の幼馴染曰く、エドガーは致命的に鈍いらしいのだが、さすがにそんなエドガーでもいっそ健気ともいえるヴィルの様子から察するものがある。


 すなわち、シャナはどこぞの貴族の家出令嬢だ。

 しかも、あの黒髪と黒目をみるに、とても身分が高く、前世の記憶を有するほど特別な存在である。


 思い返せばサイズの合わない男物の旅装や教養を感じさせる綺麗な言葉遣い、細く白い手や頬、市井で暮らしていれば知らないはずのない一般常識の欠如――やはりどう考えても貴族のご令嬢だ。


 エドガー自身は貴族と接したことはないが、両親は北部の貴族相手に商売をすることもあるので、貴族のご令嬢というのは日に当たらず真白い肌と折れそうなほど華奢であるということぐらいは知っている。

 さらに北部では市井にも黒髪や黒目はいるが、王都ではそれは高位貴族の色――正確には王族や高位貴族に嫁いだ聖女や聖人から遺伝した色――とされている。

 

 シャナ本人は自分を二十五歳だと言っていたが、故郷に残してきた十四歳の幼馴染より小柄であるし、彫りの浅い顔はどうにも幼く見える。きっと男性と偽っていたのと同様に、身分を隠すために年齢も偽っているのだろう。なんとも無理のある設定だとは思うが、本人が必死に言い募るのでそういうことにしておくべきなのだろう。


 ――なるほど、つまり。

 どんな事情かは知らないが、ヴィルはそんな幼いながらも家を出て一人北部を目指す高位貴族の令嬢を、周囲にそうとは悟らせずに密かに護衛をしているのだ。

 きっと資料室での勉強会も、市井のことを知らない世間知らずなお嬢様(シャナ)に、常識を学ばせるためのもので。

 

(鈍いとか言われてたけど、俺も冒険者として成長して勘が鋭くなってるのかも……!)


 溶けたチーズみたいに机にへばりつくシャナの頭上を通り越し、職員との話が終わるや否や、その周りで話しかけるタイミングをうかがっていた冒険者たちに囲まれるヴィルを見ながら、エドガーは自分の推測が正しいことを確信していた。


「悪い、待たせた。……シャナ、起きろ。宿に帰るぞ」

「んぁい……?」

 

 人当たりの良い整えた笑顔で冒険者たちを受け流したヴィルが、疲れ果てて意識を飛ばしかけているシャナを心底呆れた目で見降ろしながら声をかけた。

 ため息交じりのそれも、エドガーにはひどく優しい声に聞こえる。

 ヴィルの手を借りて立ち上がったシャナは目を開けるのもままならず、茹でた麺のようにぐでんと崩れている。自力で立つのも難しそうで、ヴィルは何も言わずに自身にもたれるようシャナの腰に手をまわして立たせた。

 そんな献身的なヴィルの様子を見て、エドガーはこれからもちゃんと、シャナの正体に気付いていないふりをせねば、と気を引き締めて立ち上がった。


「エドガー、悪いがこいつの荷物を頼む」

「俺、ヴィルさんの邪魔にならないよう、頑張りますね!」

「……うん?」

「大丈夫です、俺ちゃんとわかってますから」

「あ? 何言って……」

「りんす液は絶対儲かると思うけど……、でも、目立つことになるだろうから今は諦めます!」

「お、おい、エドガー……」

 

 強い決意と共にエドガーはヴィルに言い切った。

 ヴィルの指導を受けたおかげで成長し気付けたシャナのこと、そしてヴィルの考え。それらを踏まえて自分に何ができるのか、何をすべきなのか。


 実に晴れやかな気分である。

 そして憧れの英雄が、幼いころに読んでもらった物語の騎士のように思えて、ますます畏敬の念を強めた。



 まだまだ駆け出しのD級冒険者の身であれど、少しでも尊敬する先輩冒険者の力になりたい――そうすればきっと、いずれ自分も憧れの英雄のようになれる気がした。

閲覧ありがとうございます。

次から3章となりますが、多忙のため思いのほか書き溜めることができておらず、次週の更新は難しそうです。

今しばらくお待ちいただけると幸いです。


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