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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
1.聖女、召喚されたけど逃げる
4/42

4.現状確認

 ベッドとテーブル、ソファのある広い部屋は続き扉でバスルームに繋がっているのを初日に確認し、以来毎日使わせてもらっている。

 そして恐らく召喚した聖女のために、事前に用意していたサイズも系統も様々な衣服や装飾品等がクローゼットにはぎっしりと納まっていた。

 こちらは使うのをためらったものの、入浴後にもう一度同じ服を着る方が嫌で、比較的シンプルなデザインのワンピースなどを使わせてもらっている。そもそも中世の貴族的なドレスでは寛げないし、まず着方すらわからない。

 

 召喚されたときに身につけていたルームウェアとヘアバンド、ポケットに入れていたスマホもある。あとは乾いたフェイスパック(諸悪の根源)が今の空澄の持ち物だ。

 この際、自分の持ち物だけでなく、この部屋にある物はすべて使わせてもらうつもりで頭をひねった。


(さて、どうしよう……)


 逃走経路は窓からの一択。となれば安全に地面まで降りるため、はしごのようなものが必要だが、もちろん部屋にはない。


(「聖女」なんていうくらいだし、なんかチート能力持ってたりしないかな)


 思ってみたが、特にこれと言って身体に変化はない。運動不足のアラサーOLの身体能力と体力のままだ。なんなら監禁生活でなけなしの体力・筋力はさらに落ちている。

 魔法がある世界で、聖女なんて役割ならばまず間違いなく魔法職だろうと思うが、ではその魔法とは具体的にどういうものだろうか。

 恐らく魔力とかマナとか、そんな呼ばれ方をするエネルギーを使うのだろうが、地球人にそんなファンタジックエネルギーは搭載されていないので使い方以前に存在すら認識できない。

 

(こういうとき、異世界物の定番だと「ステータス!」とか言ったらウィンドウが出……て、来……たわ)


 声に出すまでもなかった。

 頭で念じただけで、現在の自分の状態が脳裏に思い浮かんできた。

 ホログラムのようなものが空中にゲーム画面みたいに表示されるのを期待していたので少し残念に思う。

 しかしそれでは他人から丸見えで、プライバシーも何もあったものではないから良かったのかもしれない。

 何せ、空澄のステータスは恐らくだが、他人に見せてはいけない。


 ――――――――――

 倉科 空澄/25歳

 称号:爛れ顔の聖女

 職業:聖女

 レベル:1

 状態:精神的疲労/栄養不足/筋力低下/体力低下/肌荒れ

 スキル:魔法適正/光魔法

 ――――――――――

 

 聖女感が満載。というより全面的に押し出してきている。

 その他、ツッコミどころも満載ではあるが、ここ数日の過ごし方のせいである。

 そして、少なくとも脱出に使えそうなチート能力はない。


 ――よろしい、ならば物理だ。


 さっさと思考を切り替えた空澄は、その目をベッドへ向けた。

 広すぎるベッドには、大きなシーツがかけられている。はしごはないが、ロープ的な物なら作れるだろう。

 さらにおあつらえ向きなことに、ベッドは窓際にある。


 「何事も経験」という両親の教育方針のおかげで、空澄の幼少期は空手、水泳、バレエ、美術教室、英会話などなど、多数の習い事で忙しいものだった。

 さらにアウトドア派の両親に連れられ、毎年夏休みには海で海水浴やサーフィン。登山にキャンプ、釣り。冬休みは雪山でスキーやスノーボードも楽しんだ。

 大人になってからはオタク趣味全開で、休みには引きこもって一日中アニメや漫画を貪る生活だったが、オタクというのは推しのための努力を厭わない生き物である。

 推し活の一環としてキャラクターをモチーフにした小物作り……手芸やハンドクラフトにも手を出したし、お菓子作りや推しの誕生日に推しの好物を手作りしたくて料理も頑張った。


 結果、大人になった今でも体力不足ではあっても、運動神経そのものは良い、動けるタイプの器用貧乏オタクであると自負している。


 どうせ空澄が起きて部屋にいる限り、誰かが入って来ることもない。粗末とはいえ食事も提供されるので飢える心配もない。

 であれば、しっかりと時間をかけてでも脱出準備を整えるべきだろう。


「メモ帳が欲しいな……」


 脱出の算段はある程度ついたと判断し、次は脱出後の問題である。

 やる事や気を付ける事が多すぎるのでメモを取りたいが、残念ながら部屋には紙や筆記用具の類はなかった。

 ふと、スマホの存在を思い出した。

 この状況下で情緒不安定になるのは自殺行為に思えて電源を落としたが、メモ帳機能は通信を必要とせず使えるはずだ。

 ルームウェアのポケットに入れたままのスマホを取り出し、電源を入れる。頭を整理するためにはアナログの方が向いているのだが、ない物ねだりをしてもしょうがない。

 

 この城から抜け出したところで、せっかく召喚した聖女がいなくなれば追手がかかるだろう。

 異世界から人を召喚するなんて、どう考えてもとてつもないコストやリスクがあるはずだ。

 事実、召喚された広間には貴族っぽい恰好の人々だけでなく、魔法使いのようなローブ姿の人も多くいた。気がする。

 王家に仕える魔法使いとなれば、まず間違いなくこの国のエリートだ。そんな人材を使い潰すような真似は、さすがの王子もできないだろう。

 異世界物の作品ではチートな登場キャラクターがほいほい空間や時間、次元を超えていたりしたが……そんな人物がいるのなら、爛れ顔の聖女(空澄)などさっさと処分して、もう一度新しい聖女を召喚すれば済む。


(ていうか、そいつが戦争も魔物も、ついでに私のことも何とかし、ろ……)

 

 そこまで考えて、また背筋が冷えた。

 

 この部屋に通されたとき、騎士は「しばらくお待ちください」と言った。

 しばらく、と言うのがどの程度かはわからない。

 けれど空澄を召喚した彼らはいま、聖女の扱いについて議論を交わしているはずだ。

 きっと多大なコストを支払い、せっかく召喚した聖女。

 仮に顔が爛れていたとしても、その力が本物であれば何の問題もない。

 むしろ爛れた顔の醜い化け物(聖女)であるなら、戦場で使い潰すには最適なのではないだろうか――……。


「急がなきゃ……」


 しっかりと時間をかけている余裕などない。

 この部屋のドアが開くとき、空澄の命が保証されているとは限らないのだから。

閲覧ありがとうございます。

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