35.大丈夫だ、問題ない(ある)
一通りの考察と検証を終え、二人はアスローの街へ戻った。
道中でヴィルからトルトゥでの宿屋襲撃事件について、詳しい説明を求められたので記憶を掘り返すのに苦労した。
襲撃犯の一人であるギルド職員に対し、ギルド本部へ代わりに抗議してくれるらしい。
常習犯のようだったので、他の女性冒険者が同じような目に遭うことがなくなるのなら一安心である。他二人についてもきっと同様に何かしらの処罰が下されるだろう。
そしてどうやらシャナはトルトゥで受けた犬の散歩依頼のおかげで、ちょっとした有名人になってしまっているらしい。
目立たぬよう行動してきたはずが、犬の散歩で目立つとはどういうことなのか。
意味が分からずシャナは首を傾げた。隣でヴィルは頭を抱えていた。なにやらまたやらかしてしまったらしいが、原因がわからない。
深く考えることをやめたシャナは道端の草木を見て深緑色の小型犬に思いをはせた。今のところ二度と行きたくない街だが、それはそれとしてボニーにはまた会いたい。もふもふが致命的に足りていない。
<赤鷲亭>の前で二人を探して街をさまよっていたエドガーと合流し、何も言わずに出かけていたことの謝罪を終えるころには、すっかり日は登り切って昼食の時間帯になっていた。
今日はこのまま屋台で食事をし、そのあとで武器屋へ行く。
一昨日の戦闘を見て、取り急ぎシャナの武器と防具を整えるべき、というS級冒険者の判断である。
エドガーは実家の商会の伝手で新人にしては良い装備を使用しており、新調する必要はないのだが、整備もかねて同行するという。
なんとなく朝の置いてけぼりが後を引いている気がしたので、シャナは昼食で買った串焼きを半分あげた。
大食漢二人につられてパニーノと串焼きを買ったものの、食べきれなかったともいう。
「とりあえず杖と革の胸当ってとこか」
「あーはん?」
武器屋は客層を考えれば当たり前だが、冒険者ギルドのすぐ近くにあった。
そこそこの広さの店内は壁一面に様々な武器が飾られていて、いかにもといった風体である。シャナのファンタジーアンテナが反応してテンションが上がる。
剣、斧、盾、防具……といった具合に一応の分類分けはされているようだが、長剣の間に短剣が紛れていたり、と雑然とした雰囲気だった。
工房が併設されているらしく、店の奥にある扉の向こうからは金属を打つ高い音が響いていた。
良し悪しの判断以前に、武器など持ったことがないシャナである。
ヴィルのあとを追いかけながらも、好奇心でついつい店内をきょろきょろしてしまう。
壁に飾られているのはやはり性能が良いものらしく、思わず二度見して桁数を数えなおすほどにお高い。
棚に並べられているものは驚くほど高いわけではないが、それでも今のシャナでは手を出せない価格帯だ。
「あ、あの……私、そんなに余裕ないよ……?」
「わかってる。性能よりもうちょっと冒険者っぽい見た目にすんのが目的だし、この辺のでいいだろ」
懐具合を思い浮かべて震えながらヴィルの袖をちょん、と引いて耳打ちした。身長差のせいで彼の耳には届かなかったが、それでもちゃんと聞き取ってくれたらしい。
ヴィルは頷きながら店の隅にある大きな樽を指して選べ、と示した。
古びた樽には剣や斧、杖だけでなくシャナには名前も分からないような武器がごちゃ混ぜになっていて、どれもこれも棚のものと比べても驚くほど安い。
「工房の弟子が作ったもんだ。新人冒険者は武器を壊す奴が多いからな、ほぼ材料費代で売ってるんだ」
「なるほど……」
見習い職人と新人冒険者の需要と供給か、と頷きながら目についた木製の杖を抜き出してみる。
木を削りだしたようなそれは頭の部分が大きく、下に行くほど細くなっている。いかにも物語の悪い魔女が持っていそうなデザインだ。
長さ的にはシャナの身長と同程度で、思った以上に重い。持ち手のようなものもないのでごつごつとして持ちにくかった。
「杖というより鈍器……」
「常に持ち歩くもんだから軽さは重要だぞ」
「はーい」
素直に返事をしつつ、樽に戻した。続いて同じ木製で全体的に細身のものを抜き出してみる。
長さは同程度だがこちらは太さが均一で、杖というより棒といった方が近い。持ち手はなく少々ざらりとした感触だが、持ちにくさも感じなかった。
そして何より非常に安い。
先ほどのいかにもな魔女の杖も同じく木製だが、使われている木材の違いによるものか、こちらはそれよりもはるかに安い。
軽く振ってみて特に問題ないことを確認すると、シャナは満足げに頷いた。
「うん、これでいっかな」
「……まぁ、どうせイェーレブルーまでだしな。次は防具だな」
隣でその様子を見ていたヴィルは何か言いたげではあったが、結局飲み込んで同意した。そのままシャナが聞くよりも先に防具のスペースへ歩き出してしまう。
並べられた防具は金属製のものが多いかと思いきや、革製のものも多かった。いわゆるプレートアーマーは数えるほどしかない。
その中でヴィルが指示したのは革製で要所を金属で補強したタイプのものだった。
「魔法使いはローブ着てるイメージだった」
「まぁそういう奴は多いが、壁役なしの魔法使いは自分でもある程度動ける方がいい」
「ふむん? なるほど?」
固定砲台より移動砲台の方が狙われにくい、みたいなことだろうか。
なんとなく言いたいことがわかるような、わからないような……といった具合で首を傾げる。
今日はなんだか「なるほど、わからん」的な意味での「なるほど」ばかり言っている気がした。
「裾踏んで転びそうだしな」
「……なるほど」
これはさすがにわかった。シンプルにディスられている。
しかし、マキシワンピースの裾を踏んで、立ち上がり損ねて転んだ経験が脳裏を過ってしまっては何も言い返せなかった。
会計時、会話が聞こえていたらしい店員が「もっと魔法性能の良い杖もあったのに、これでいいのか?」と訝し気に先ほどの樽を顎で示した。
そこで初めてシャナは手にしていた杖が、杖ではなく打撃武器の棍棒として売られていたと知った。
「……」
「……っく」
杖(棍棒)とヴィルを交互に見れば、無言で目を逸らされた。
ヴィルの脇腹を小突いたが、シャナごときの拳では何の痛痒も与えられなかったことは確かである。
少し痺れる手で店員に代金を支払って店を出た。




