34.『魔法適正』の検証
「たぶんその魔法適正ってのの効果だな」
「あーはん?」
「よし、わかってねぇな」
真面目な顔で言うヴィルに、シャナはなるほど、と頷いて見せた。だがなぜかさっぱりわからないのを見抜かれている。
先の水魔法についてきっちりとおしかりを受け、街に戻るのかと思いきや、そのままヴィルの考察が始まった。帰り支度は済んでいるが、二人はまだ焚火を囲んだままだ。
エドガーには悪いが、彼のためにも聖女云々の話を聞かせるわけにいかない。
「光魔法については歴代の聖女や聖人のほとんどが持ってたっつー話だからわからねぇが、王城から逃げる時の話からして闇魔法はその時だろ」
「そうなの?」
「気配も殺せねぇド素人が壁の隙間だの、植え込みだの、挙句に道端にしゃがんだだけで見回りの騎士から隠れられるかよ。王城の騎士なめんな」
「それはほんとにそう」
ごもっともすぎる正論に、シャナも異論はない。
なぜ見つからなかったのかはやっぱりわからないが。
「たぶん無意識に闇魔法の”隠蔽”や”隠密”を使ってたんじゃねぇかと思う。じゃなきゃいくら下っ端とはいえ鍛錬を積んでる騎士が、道にしゃがんでるだけで隠れてもいねぇ不審者を見逃すはずがない」
「あーはん? さっきの水魔法みたいに?」
「そうだ。水魔法の水がどっからくるとか、なんもわかんねぇまま『なんとなくできそう』で発動するはずないんだよ、本来は。
でも発動した。そんで『魔法適正』とかいういかにもそれっぽいスキル持ち、ならそれが理由と考えるしかねぇだろ」
言われてみれば水魔法は空中に突如水が現れた。すぐそばの川から水が手元に集まってくるのではなく、まるで空気中の水分が凝固したように、どこからともなくだ。
それに”隠蔽”や”隠密”という魔法は意識して使ったことはないが、実際にそれと思われる心当たりもある。
「なるほど……。宿の部屋に押し入られたときに、机の下に隠れたら覗き込んできた奴と目が合ってるのに見つからなかったのも、そういう?」
「は? おま……はぁ?!」
ぎょっと目を見開いたヴィルに見つめられて、シャナはたじろいだ。
現代日本的なイケメンというには精悍すぎるとはいえ、彫りが深く目鼻立ちの整った男だ。おまけに高身長で高収入。なんというかもうシャナとは生物としてのスペックが違う。
喪女には刺激が強すぎる。とりあえず勘弁してほしくて条件反射的に土下座しようと身を屈め――
「どういうことだ……」
「アッ、ハイ」
深く刻まれた眉間の皺と地を這うような低い声から、先ほどまでのお説教とは比べ物にならない怒りを感じ、シャナの背筋は伸びた。
トルトゥの宿屋での事件は、当たり前だがあまり思い出したくない記憶だ。
だがヴィルという理解者を得られたことでいくらか精神的に余裕も生まれ、できる限りの自衛をしているという自負もあって、すでに終わったこととして切り替えている(無論、切り替えただけで許容はしていない)。
なのでシャナ本人は「あれはそういうことだったのかー」という答え合わせをしたかっただけなのだが、ヴィルからすればそれどころではなかったらしい。
そりゃそうだ。
「いや……言った通り、夜中に宿の部屋に男が三人押し入ってきたけど、机の下に隠れたら見つからなかったってだけなんだけど……」
「いろいろと省略されてる気がするが……まぁいい。それで?」
「『それで』?」
それで、とは? と首を傾げれば、眉間の皺をさらに深くしたヴィルがぐ、と奥歯を噛んで何か言葉を堪えた。
何やらまた怒らせてしまったらしい。
「ちゃんと被害報告し、て……ねぇんだろうな、お前のことだから」
「あー……、ね?」
ね、じゃねぇよ、と低い声で呟きながら、ヴィルは深く深くため息をついた。心底呆れられている気がする。
しかしシャナにも言い分はある。
「だって、まさかギルドで紹介された宿でって思ったし、その時は花売りとか知らなかったし。それにギルド職員が犯人とか言っても信じてもらえると思えないし、なによりそんなこと考える余裕もなかったっていうか……」
しかられた子供のように尖らせた唇で言えば言うほど、自分の世間知らずぷりが身に沁みた。
これは呆れられても仕方がない。
「……ごめん」
「いや……。そうだな、とりあえずこの先は俺がいるから何かあっても何とかしてやる。ただ、自衛と常識として知っておいた方がいいことはその都度教える」
しょぼくれた顔で謝るしかできないシャナに、ヴィルも慰めるように言う。
シャナが悪いわけではなく、責めるつもりではなかったのだと示すようにことさら優しい声音だった。
「とにかくだ、本で読んですぐ使えたり、それすらしねぇで魔法スキルを覚えるなんてのは本来ありえない。『魔法適正』ってのがきっとその名の通り、魔法への適性を高める効果があって、他の奴より魔法の会得がしやすいんだろう」
「ウィッス」
気を取り直すように一度咳ばらいをしたヴィルが、考察した結果をまとめた。シャナも異論はないので頷く。
「とりあえずその辺の土いじってみろ」
「いえっさー」
「昨日からなんだそれ……」
異世界人であるとバレたなら言葉を取り繕う必要もないだろう、といろいろ雑になっているシャナである。
返事と共に足元の土を掘り返し、なんとなく三角形に握ってみる。こちらに来てから主食はパンばかり……米が食べたいのだ。
三角、俵、丸、とおにぎりを思い浮かべながら握っていると、ふと「もっと固められそうだな」と思った。
「えい」
「あ、こら。また思い付きでなんかしたな」
「硬くできるかなって」
言いながら差し出されたヴィルの手に、今しがた丸く固めた土団子を渡す。シャナの感触では石くらいには硬くできた。
なかなか綺麗な球体にできた、とシャナが自画自賛するそれを、ヴィルは何も言わずに強く握り潰した。
「あーっ! ひどい、綺麗に丸くできたのに!」
思わず声を上げて非難するシャナのことなどお構いなしに、ぐっ、ぐっと二度三度と土団子を握る手に力を籠めるヴィル。
投げた小石で魔物の頭部を貫通させる男の握力に、渾身の土団子は砕けてしまっただろう。
そう思ってヴィルの手を両手でこじ開ければ、そこには綺麗な球体の土団子が、渡したときと変わらず乗っていた。
「あれ?」
「”身体強化”は使ってないとはいえ、砕くつもりで握ったのに罅一つ入ってねぇな……ステータスは?」
素手で石を砕ける握力ってなに、とは聞けずに言われた通りにステータスを確認すれば、やはり土魔法が増えていた。
「土魔法生えたであります」
「魔法は生えない。予想通りすごいスキルだな……」
「魔法チートフラグかな。無双できちゃったり?」
地形すら変えてしまうような大魔法を使う自分を想像して、シャナのなかの童心がうずいた。ちょっとそわそわしてしまう。
「ちー……? よくわかんねぇが無双は無理だろ。運動神経は悪くなさそうだが、戦闘センスがない。あとは風と火か……」
「oh……」
シャナの期待をバッサリと切り捨てながら、ヴィルの目線は斜め下へ流れる。
その視線を追えば、ぱちんと音を立てて燃える焚火がある。
凍えた体も温めてくれた確かな実績のある焚火だ。感謝している。だがそれとこれとは別である。
シャナは料理はできるが、プロではない。
油の温度を指先で確認できるような、特殊な訓練を受けたプロではないのだ。
「……試すか?」
「火はヴィルがいるから覚える必要ないと思うんだ」
目先の恐怖に屈した瞬間だった。
さりげなくヴィルをマッチ扱いしているが、本人も「やらせたら確実に火傷する」と思っているようで特に拒否はしなかった。
果たしてイェーレブルーまでの道中はともかく、その後はどうするつもりなのか……二人とも問題を先送りにする気なのは間違いなかった。




