32.S級冒険者の邂逅3
トルトゥからイェーレブルー方面へ向かう旅馬車のルートはいくつかある。経由する村や町が異なるのだが、複数のルートで被る町を中心に女の行方を追った。
王都からトルトゥまでは旅馬車ならば道や天候にもよるがおおよそ二、三日。馬ならば一日とかからない距離だ。
すでに二週間ほど遅れを取っているとはいえ、移動速度を考えればどこかしらで追いつくはず、――と思っていたが、どうもうまくいかないままアスローに到着してしまった。
人目を避けて移動しているとはいえ、夏も間近のこの時期にフードを目深に被った人物は目立つ。その証拠に女らしき人物が立ち寄った村や町はこれまでにいくつかあった。
それらをつなぐと旅慣れていないせいか、地理がわからないせいか、御者によいカモにされて無駄に遠回りなルートを時折辿っているようだったので、おそらくどこかでヴィルが追い越してしまったのだろう。
「イェーレブルーに向かうならアスローは必ず通るだろうし、待つか……」
ここまでの旅路は南部へ向かう際の、悪路や魔物を蹴散らすような強行軍とは真逆と言ってよかった。借りた馬たちはみな絶好調で軽快に駆け、天候も強い風や急な豪雨が多くなる季節にしては穏やかで、魔物にも襲われることなくあまりにも順調すぎる旅路だった。
アスローの街でゆっくりしつつ、街道沿いの平原あたりを見回ればそのうち見つけられるだろう。
そう思った数日後、確かにヴィルは探していた女を見つけた。
見つけたというか、たまたま助けた新人冒険者が、女――クラシャナだった。
<穴熊>の老婆に確認した通り、王城から持ち出した調度品や衣類を売った金だけでは心許なかった旅費を稼ぐため、あとは身分証のために冒険者になったのだろう。
不慣れということを差し引いても頭を抱えたくなる有り様だったが。
武器も持たず、防具らしい防具もないのに手には何やら麻袋と草を大事に握りしめている。無防備が過ぎる。
「えーと……、危ないところを助けていただきありがとうございました」
「あー……、この辺はせめてもうちょい装備整えてからにしとけ、よ……?」
よく見れば王都で会ったときよりも顔色は悪く、頬はますますこけていた。冒険者というより病人といった方がよほどしっくりくる。
目の下の濃い隈がここまでの旅路の過酷さを物語っていた。
(確証はないとはいえ、危険でも王都で保護しておくべきだったか……)
「……初めまして、E級冒険者のクラシャナです」
自分の判断を後悔していたヴィルの内心など知らない女は、少し考えた後、改めて自己紹介をして頭を下げた。
普段、冒険者相手で名乗る必要がないことの多いヴィルである。そういえば名乗っていなかった、と遅れて気づいた。
たとえメンバーの顔を知らずとも、<北辰の牙>と聞けば冒険者であれば皆一様に尊敬や畏怖の目を向けるものだが、案の定シャナはきょとんと眼を瞬かせただけだった。
相変わらず世間知らずらしい。
平原で軽く指導した翌朝、筋肉痛で動けないと申し訳なさそうに頭を下げては痛みに呻くシャナに、ヴィルは内心で頭を抱えた。
なんだこのか弱い生き物は。
やはり王都ですぐに保護すべきだった。
シャナは聖女(仮定)としても冒険者としてもあまりに弱い。そのうえ装備も整っておらず、使える魔法も攻撃手段に乏しいものばかり。よくここまで一人で来られたものだといっそ感心したほどだ。
せめて自衛ぐらいはできるようになってもらわねば、道中もイェーレブルーに到着してからも目が離せそうにない。
その点、シャナの仲間というのが小さい頃からヴィル達の後をついて回る同郷のエドガーだったのは都合がよかった。
道中の食事にも期待が持てそうなのもありがたい。保存食には慣れているとはいえ、やはりまずいものはまずい。
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目覚めたシャナに何をしていたのか聞けば、あちらこちらに視線をさまよわせつつ「泳ぎたくなって……」だの、「趣味の滝登りを……」だのと言い出した。最終的に「魚だった前世を思い出して……」などと言い始めたあたりで止めた。
泳げない設定はどうした。
誤魔化すにももう少しあるだろうと呆れつつ、ヴィルが把握している国の状況とシャナの外見から、異世界のニホンから召喚された聖女だと予想していることを告げれば、今度はぼろぼろと泣き出したので大いに慌てることになった。
やっと落ち着いたところで、召喚されてからの話を聞くことができた。
「――つまり、召喚されてから特に説明も何もないままずっと閉じ込められていて、戦地に送られると知って王城から抜け出してここまで来た、と?」
「まぁ、そうなりますね」
シャナに出会ってから何度目かわからない頭痛を感じて額をおさえた。
資料室で課題として積んだ資料のうち、特に聖女に関する記載を食い入るように見ていたのもあって、嫌な予感はしていた。
伝え聞く聖女の武勇伝とはあまりにかけ離れたシャナの戦闘能力の低さや、世間知らずぶり――王家は一体なにをしているのか。いや、この場合は第二王子を傀儡としている公爵か。
どちらにせよ、ろくでもない。
「あ、お城では爛れ顔の化け物とかなんかいろいろ呼ばれてたけど、爛れてないから! ……これ! これ顔に貼るお肌のお手入れ用品なんだけど、これが剝がれかけちゃっただけだから!」
――普通、わざわざ膨大な魔力と高価な触媒を注ぎ込んで召喚した聖女が怪我をしていたなら、まずは治療する。
そうでなくても女が顔に怪我など、貴族からすれば大事だろうに治療どころか蔑むなど……。
ヴィルは頭痛がひどくなった気がして、額をおさえていた手をずらして目元を覆った。
ただ、シャナがこれ、と見せた干からびた生地は、確かに目鼻口がわかるだけに剥いだ顔の皮に見えなくもないとは思った。
「なんか客室? は豪華なお部屋だったけど毎回硬いパンと味のしないスープだけで……これがこの世界の普通の食事だったら生きてけないと思ったけど、街で白パンとか肉とか売ってるの見て安心したよね」
――貧しい農民でももっと良いものを食べている。
王城の食事をヴィルは知らないが、少なくともパンは毎日焼きたての柔らかい白パンだろうし、スープにも具材がふんだんに使われているはずだ。あと焼いた肉などのメインの皿もあるだろう。
町や村の食堂だってそれくらいの食事を提供しているのだから、王城の使用人も毎食それくらいが普通のはずだ。
初めて会ったときの顔色の悪さは精神的な疲労だけでなく、栄養失調も原因だったようだ。
話すうちに打ち解けたというより、気が抜けたらしいシャナは砕けた口調であはは、と笑う。
――もうやめてくれ。
正確な状況把握のため、その一言が言えないヴィルの精神をごりごりと削りながら、シャナの話は続いた。




