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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
2.聖女、旅の仲間を得る

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29.禊

 ライフル銃……、もといスパルタ教官よりシャナとエドガーそれぞれには様々な課題が課せられているが、基本的には体力や連携の強化といった基礎的な事柄が多い。


 この先は群れで連携し襲い掛かってくるウルフ系の魔物や、一頭でも厄介なベア系の魔物などが出没するようになるという。その他、ゴブリンやオークなどのファンタジー定番の魔物も群れで襲い掛かってくるようになる。

 ヴィルが新人二人を守りながらでは対処できないレベルの魔物や大規模な群れは出てこないはずとはいえ、何が起こるかわからないのが冒険者稼業である。

 そのため、シャナとエドガー二人でウルフ系の群れを相手できるようになるのがアスロー出発までの課題となった。言い換えれば、クリアしない限り、アスローから出発ができないともいう。

 

「スパルタ通り越して鬼教官なのでは……」

「ヴィルさんに指導してもらえるのは嬉しいけど、ウルフの群れをシャナと……うぐぅ……」

 

 敬愛するヴィルに教えを受けられる喜びと、教えを活かせず失望される恐怖でエドガーの尻尾(幻覚)が忙しないことになった。最終的には持ち前の前向き思考で「頑張るぞー!」と拳を突き上げていたが、何となくシャナとペアというところに引っ掛かりを覚えてそうな気がした。失礼な、と思うが口にはしなかった。シャナも自分とペアであったならきっと同じ反応をしたと思うので。


 シャナとしてもなるべく早く出発したいので、エドガーがやる気なのは望むところである。ついていけるかどうかは別として。

 今のところ王都から追手の気配はないが、すでに王城を抜け出したのはバレているはずで、となれば捜索の手が王都外へ伸ばされるのも時間の問題だ。

 そのため、基礎体力の向上やエドガーとの連携と並行して魔法を磨く必要があるとの結論に至った。

 というのも、ヴィルからの課題図書の合間に聖女に関する資料を読んでいたところ、気になる一文を見つけたのだ。


 ――聖女は禊を行うことで祈りが神へと通じ、その力は開花へと至る。


 つまり、神に祈ったら聖女パワーがアップするらしい。

 そしてその祈りには禊とやらが必要だということらしい。

 過去の伝承じみた話なのでどこまで事実であるのかは定かではないが、祈るだけでよいならとりあえずやってみよう、と思った次第だ。実に短絡的である。

 

 ――よろしい、まずは禊だ。

 して、禊とはなんぞや? と短絡的かつ突発的な思い付きは早々に壁にぶち当たったが、パワーアップ方法がふわっとしてるのもあって「身を清める神事」というアバウトすぎる脳内検索の結果、シャナはまだ日も登らぬ早朝から宿を抜け出し、街の外にある川の上流、林の中の小さな滝までやってきた。

 

 そう、とりあえず滝行をやってみようと思ったのである。

 目的と手段が最初から最後まで雑というか、ふわっとしていて完全に思い付き以外の何物でもないが、シャナ自身は本気である。

 とはいえ本当にこれで聖女パワーか開花するのかは怪しいとも思っていて、ようは物は試し。トライアンドエラー。当たって砕けろ精神だ。

 たぶん間違いなく砕けることになるが、砕けたところでまた別の方法でやり直せばよい、というネガティブなんだかポジティブなんだかわからない精神状態だ。情緒はこの世界に来てから安定したことがない。

 もはやナチュラルハイ状態で滝壺へ飛び込んだ。

 服を脱いで肌着一枚になったのは、果たして理性や知性が働いていたと言っていいのか。

 

「さ、さささむ、ささ、さむいいい……」

 

 短絡的な思考による突発的な行動の結果、必然的に後悔することになった。

 日本とほぼ同じと思われる四季のある国で、おそらく同じ夏前。朝晩はまだ冷え込んで上着が必要な時期だ。当然、滝の水も冷たければ外気も冷たい。


 日本の修験者が行う滝行ほど大きな滝ではなく、水深もそれほどなかったり流れも穏やかだったりといった、シャナ本人が気にも留めていなかったあれこれにより溺れたり窒息したりすることはなかったのだけが幸いである。

 しかしあまりの寒さに、頭から滝に打たれてみて、ものの数秒で諦めた。

 水に入る前に火を熾しておけばよかったのだが、そこまで頭も回っていなかった。


 びしょ濡れの状態で寒風に震える手でどうにかこうにか集めた落ち葉や小枝に火を点けようと火打石を打つがまるで点かない。

 歯はがちがちと鳴り身体は強張るばかりだが、手はまるで力が入らずついには火打石を落としてしまうありさまだった。


(まずい、これは凍死する……)

 

 異世界に来て死因が凍死とは。しかも冒険ではなく準備不足による自業自得が原因である。これはさすがに死んでも死にきれない。

 せめて肌着一枚で死ぬのは避けたい、となけなしの羞恥心で水に入る前に脱いだ服や外套を羽織ろうと立ち上がるが、足も寒さで力が入らずそのまま崩れ落ちた。

 

「あ」

 

 膝が抜けた拍子に濡れた足が滑る。そのまま重力に従い後ろへ倒れ込む身体。背後には水深こそ浅いものの滝壺がある。

 

(いや、けっきょく溺死するんかい)

 

 的外れな脳内ツッコミとともに目を閉じた。

 今回は特に誰かを思い浮かべることも、過去の思い出を振り返ることもなかった。

 おそらく走馬灯もいい加減にネタ切れしたのだろう。

 休みは引きこもってばかりいたが、もう少し交友関係を広げて外出したり、友人や家族との時間を大切にすればよかった――そう思って死を受け入れた。


「――っにしてんだ、このバカ……!」

 

 がくん、と倒れ込む身体が、腕を掴まれて止まった。大きくて硬い手は冷え切った身体には熱いくらいに感じられた。

 生い茂る木々に阻まれ、昇りかけの太陽光が届かないこの場でも彼のプラチナブロンドはきらきらと銀に輝いて見えた。

 夜の森を思わせる深緑の目が焦りや驚きを湛えてこちらを見ていた。

 

 震える唇で目の前の人物を呼んだ。


「あれ……、らぃ……る……」

「ライルって誰だよ」


 脳内でずっと「ライフル銃」と呼んでいてごめんなさい。

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