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爛れ顔の聖女は北を往く  作者:
2.聖女、旅の仲間を得る

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28.筋肉痛と勉強会

 ヴィルによるスパルタ戦闘指導の翌朝、シャナは冒険者ギルドで五体投地の勢いで謝罪していた。

 

「本当に申し訳ない……!」

「大丈夫だからそんな謝んないでよ! それに、実は俺も昨夜からちょっと筋肉痛で動きにくくてさ」

「これが若さか……。いや、でもヴィルさんの都合もあるし……」

 

 異世界に召喚されて約二ヶ月、日本でOLをしていた頃より運動量が増えたとはいえ、昨日の指導はこれまでの比ではなかったようで絶賛筋肉痛のシャナである。

 朝起きてベッドから出るだけで悲鳴を上げ、いつもの倍以上の時間をかけてギルドまで来たが、その際の様子があまりにも酷かったらしい。すでに到着していたヴィルとエドガーから本日は休むように言われたのだった。

 

 とはいえ現在チームを組んでいるエドガーはもちろん、昨日に引き続き指導をしてくれる予定だったヴィルにも予定や都合がある。自分の筋肉痛を理由にそれを狂わせるなど申し訳がなさすぎる。

 そう思ってヴィルへちらりと視線を向ければ、彼は肩を竦めてシャナの謝罪ごと視線を払うように手を振った。

 

「急ぐ旅でもねぇし、どうせお前らもイェーレブルーに向かうなら一緒に行きゃいいだろ」

「えっ! じゃあイェーレブルーまで同行して指導してくれるんですか?!」

 

 これにはエドガーが目を輝かせて飛びついた。彼の背後に高速で振られる犬の尻尾が見える。

 憧れの偉大なる先輩に指導してもらえる上、イェーレブルーまでの旅路を共にするのだ、エドガーの喜びようは現代日本で数多くの推しを崇め奉ってきたシャナにもよくわかる。

 

「とりあえず今日はほかに予定がないなら軽く体動かして、あとは資料室で勉強だな」

「べんきょう……」

 

 ぶんぶんと高速で振られていた尻尾が萎れた。いや、そんな幻覚が見えてしまうほどにエドガーがしょんぼりしてしまった。雨に打たれる捨て犬のような様相である。

 

「この先で遭遇する魔物についてぐらいは頭に入れとけ。余裕があれば採取できる素材についてもな」

「はい……」

 

 勉強嫌いでも先輩の言うことには素直に頷くエドガーがどうにも健気でいじらしく見えて、シャナは内心で応援した。気持ちとしては親のそれに近い。

 

「シャナもだからな」

「はい!」

 

 内心でエドガーを応援しているさまを、他人事と思っているように見えたのか、すかさずヴィルに釘を刺された。

 反射的に敬礼してしまい、そのポーズを知らない二人にはいぶかしげな視線を向けられてしまったが、「イエッサー!」と言わなかっただけマシだと思うことにした。



 ギルドの裏にある訓練場で軽くストレッチをしたあと、ヴィルに言われた通り資料室へと赴いた。

 イェーレブルーまでの地図とその道中で遭遇する可能性の高い魔物や、採取できる素材など、ヴィルが必要と思う資料や本がシャナとエドガーの前に積み上げられた。

 

「とりあえずこんくらいか」

「「ひぇ……」」

「二人で手分けしても良いから、頭に入れとけ」

「「ひゃい……」」

 

 そんなわけで、本日もスパルタ指導は実施されたのだった。


 

 トルトゥほどではないが、アスローもそれなりに大きな街である。当然、冒険者ギルドの支部も規模が大きく、収められた資料も豊富だった。特により北上したからか、トルトゥにあった資料よりも過去の聖女に関する記載が増えているように感じられた。

 

 この国では、聖女は北部にある魔の森で魔物が増殖し氾濫を起こす周期で召喚される存在だという。

 なお、他国でも似たような状況下で異世界から勇者や聖女――国によって名称が異なるようだが、召喚理由は概ね同じらしい――を召喚して対応しているようだ。

 おおよそ百余年ほどの周期で行われる聖女召喚であるが、前回この国で聖女が召喚されたのはおおよそ五十年ほど前のことだという。


 魔物の氾濫という全人類共通の災害が定期的に起こることにより、この世界では国家間の戦争が長期化したり、深刻化することがなかったのだろう。

 しかし異世界の知識を積極的に取り込み発展してきたある国で、国土の砂漠化がここ十数年で深刻化してきた。砂漠化により食料の自給率が低下し、人が住める土地も減り……、と様々な問題が起きているらしい。そんなこんなで一時期は他国を圧倒していたその国はいま、衰退の一途を辿っている。

 この辺りは地球でも同様に砂漠化や海面上昇など、全世界規模で社会問題になっていたことであるため、さもありなん、と言った感じではある。

 

 どうせ知識を取り込むなら植林だとかの方もきちんと取り込んだら良いのに、と思うところだが、いまさらシャナにどうこうできるものでもないだろう。

 

 そしてこれ以上国力が低下しどうしようもなくなる前にと、他国への侵略を開始した――結果、攻め込まれたこの国の上層部の一部が暴走し、本来の周期より五十年ほど早く聖女召喚が執り行われ、シャナがこの世界に召喚された、というわけらしい。勘弁してくれ。


 残念ながらシャナには戦争を終わらせたり、砂漠化問題を解決したりするようなチートな能力や頭脳はない。ただの器用貧乏で運動不足なアラサーオタクである。

 

 召喚特典とでもいうのか、幸いにして言語や文字は特に学ぶ必要もなく理解し操ることができているが、異世界召喚特有のご都合主義はそれだけだ。

 過去の聖女に関する記録には、『魔の森から溢れ出た魔物の群れを一瞬で消し去った』だの、『魔物の毒で穢れた不毛の地に心を痛めて流した涙が、美しい湖となり緑豊かな豊穣の地へ変貌した』だの、そんな馬鹿なと言いたくなる華々しい功績が記録されていた。そんな馬鹿な。


 やはりステータス上の「聖女」という表記は誤植に違いない。

 そんなことを考えてうむ、と頷いたシャナの後頭部をぱこん、と軽い衝撃が襲った。

 振り返れば衝撃の正体であろう丸めた本を片手に見下ろすヴィル。

 

「俺が読んどけっつった本は?」

「サー、イエッサー!」


 シャナは脊髄反射で全力の敬礼をした。

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