21.先輩冒険者
「左三体、足止めした!」
「わかった!」
闇魔法による足止めがしっかりと効いていることを確認し、シャナは声を上げた。
短い了承と共に、長剣が陽光を反射しながら振り下ろされて襲い掛かってきた角兎の腹を裂いた。
角兎は可愛らしい兎の外見をした魔物だ。しかしその名の通り額には鋭く長い角があり、大きさは通常の兎の二倍から三倍ほどと大きい。
その上なかなかに好戦的なので、同格か格下と判断すると物陰から猛スピードと驚異的な跳躍力とで一直線に襲い掛かって来る。
年に数件は角で突かれただとか、角を避けて転んで擦りむいたといった被害もあるが、一般家庭で常備している下級ポーションで治療可能な範囲である。
直線的な動きしかしないので、そのスピードさえ封じてしまえばそれほど恐ろしい魔物ではなく、農村などでは一般人が農具で駆除をすることもある。
シャナが足止めをした三匹の角兎は、順に首を落とされて絶命した。
「四匹は余裕そうだね」
剣を伝う血を払いながら、エドガーはシャナを振りかえって朗らかに笑った。
栗色の髪と青空を思わせる瞳の彼は、シャナより数か月ほど先輩の新人冒険者だ。
「足止めももう一匹くらいならいけそうだよ」
「じゃあこれ捌いたらまた群れを探して挑戦だね!」
ニパッ、という効果音が聞こえてきそうなほどの笑顔を向けられて、あまりの眩しさにシャナは目を細めて頷くふりで目を逸らした。直視し続けたら日焼けしそうな気がした。
エドガーに習いながら血抜きした角兎の皮を剥いで解体するのも慣れてきたところである。
毛皮は服飾店、角は装飾や錬金術の素材、肉は飲食店にと幅広く需要のある魔物だ。解体が上手ければ査定でいい値が付く。
狩りを初めて数時間でレベルもあがっていた。
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クラシャナ/25歳
称号:爛れ顔の聖女
職業:聖女/E級冒険者
レベル:12
状態:精神的疲労/栄養不足/肌荒れ
スキル:魔法適正/光魔法/闇魔法
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相変わらず他人にはお見せできない単語が散見されるが、それに関してはシャナ自身も見なかったことにしている。
運動不足だった身体が適応してきただけではあるが、状態が少し改善されているのが地味に嬉しい。
身体だけでなく精神的にもこの世界に馴染み始めていて、初戦闘の頃よりも戦闘やそれに付随する殺生に何かを感じる事もなくなっていた。
頬に跳ねた血を手の甲で拭い、シャナは自分が異世界に順応していることを実感した。
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トルトゥの街を出て一か月。
町や村をいくつか経由し、馬車を乗り換えて到着したのはトルトゥほどではないが、それなりに大きく栄えたアスローという街だ。
立ち寄った村や町で細々とした依頼をこなし、冒険者としての等級とレベル上げに勤しんだが、新人向けの依頼は報酬が少ないため、食費を切りつめても所持金は減る一方だった。
トルトゥでの最後の夜以来、宿をとるときは多少高くとも防犯面に気を使ったところを選ぶようにしているからなおさらだろう。
アスローの街でも冒険者ギルドで勧められた宿の中から財布の許す限り防犯のしっかりした<赤鷲亭>という宿屋を選んだ。
結果、予想よりも早く路銀が尽きそうになっていた。
アスローから先は小さな村が続くと聞いて、しばらくこの街に滞在することを決めたのはそんな理由からだった。
ここまでの道すがらでも情報収集をしたが、王都から追手が来ている気配はなく、それどころか聖女が召喚されたことすら国民は知らないようだったのも滞在を伸ばす後押しになった。
(やっぱり戦争推進派の独断で秘密裏に召喚した感じか……改めてクソ)
思い返すたびに口が悪くなるのは仕方のないこと、ご愛嬌である。
そんなわけで、アスローに到着した翌日、シャナは早朝からまた犬の散歩をし、洗濯の手伝いと買い物の代行、店番の代理など様々な依頼をこなした。もちろん、犬にはお座りとお手、おかわり程度は仕込んだ。
そうやって一日働いて宿代と同程度には稼げたが、へとへとだったしこれでは自転車操業である。
翌日は街の外に出る薬草採取を中心に、シャナでも倒せる魔物討伐も受けてなんとか達成はできた。大きな怪我こそしなかったが、散々転げまわったのでぼろぼろだった。たぶん明日以降も同じ依頼を受けたとして、そのうち死ぬ。いや、前日にもふもふとの触れ合いがなかったら今日死んでいたかもしれない。
見かねたギルド職員がチームを組んではどうか、と紹介してくれたのがエドガーだった。
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紹介された昨晩のうちにギルドの飲食スペースで簡単な自己紹介だけ済ませての本日である。
集合時間より早めにギルドに到着したシャナは、時間ちょうどに来たエドガーと改めて互いの情報交換から始めた。
戦闘は初心者で主に魔法を使う事。共闘経験はなく、攻撃よりも補助が得意な事などなど……異世界での行動理念「いのちだいじに」に従い、できる事とできない事を自己申告しあった。
まだ十六歳だというエドガーが情報交換を面倒くさがるようなら組むのはやめておこうと思っていたが、蓋を開けてみればむしろ積極的に質問してくれて、自分のことも教えてくれたおかげで実にスムーズだった。
おかげで人見知りの気があるシャナもそれなりに打ち解け合う事もできた。
聞けば、憧れの先輩冒険者に「チーム内での情報共有は命に直結する」と教わったのだという。社会人の基本である報連相は、異世界でもやっぱり重要らしい。
「こっち終わったよ」
「ちょっと待って……、うん、こっちも終わった」
エドガーが三匹を捌いている間に、シャナが一匹をどうにか解体し終えた。旅の途中でも解体は何度か経験させてもらったが、まだまだ手つきは覚束ない。
「うん、さっきより綺麗にできてると思う」
「ほんと? 良かった」
お世辞でも褒められれば嬉しい。
エドガーは両親がイェーレブルーで商売をしているだけあって、本人の人当たりもよく、目利きや計算も小さいころから習っていて頼りになる少年だった。
ただ、本人の性格があまりに素直で、感情が顔に出やすいらしく、冒険者になりたいと言ったときも「商人よりは向いてるかも」と言われたほどだという。
確かにコロコロと表情を変えて思ったままを口にしているといった風な彼は、あまり腹芸が得意ではないように思える。
「これなら引かれるのは三……四割くらいかな!」
「……ヨカッター」
言葉を繕ったりオブラートに包んだりと言ったことも苦手な少年は、ニパッと明るい顔で言う。
先ほど解体したのは半額以下になると言われたのを思えば、だいぶ上達している。そう思って自分を慰めるしかないシャナだった。




