17.勉強と誤植
冒険者ギルドの二階、役職持ちの職員の執務室や、内向けの業務を行う事務室と同じ並びに資料室はあった。
資料室は日本の図書室に近い作りになっており受付カウンターには司書のようなギルド職員が一人、本の綴りを修理していた。
壁一面の本棚にはきちんと背表紙のある書籍だけでなく、紐で閉じただけの紙束も詰め込まれていて雑多な雰囲気だが、職員のほかに人影もなく静かな空間にシャナは肩の力が抜けるのを感じた。
「すみません、魔法に関する資料があれば見たいのですが」
「はい、それでしたらあちらの棚にまとめられていますよ」
職員の示した棚を確認して、会釈と共に礼を言ってそちらへ向かう。
図書室に似てはいるものの資料の貸し出しは行っていないので、冒険者は自分でメモを持参して書き写すか、覚えて帰るしかない。
なお、この世界は普通に紙が流通している。羊皮紙もあるが冒険者登録の際に使用した記入用紙も紙だったし、今朝のパニーノも紙に包まれて渡された。品質は日本のものと比べるべくもないが、一般市民が使い捨てできる程度には量産されている。
剣と魔法のファンタジー世界では紙が貴重な物だったりと言う設定もあったが、この世界ではどうも違うらしかった。過去の召喚聖女によるものかもしれないが。
(そういえば、風呂もトイレも普通にあるし、屋台で鉄板焼きもしてる)
現代日本人が違和感を覚えない程度には文明が発達していることに今更ながらに思い至る。
水道やガス管と言った管は見た覚えがないので、恐らく使用される水や火は異世界特有のファンタジックなエネルギーによるものだろう。なお、王城も宿も明かりは蝋燭だったので電気についてはないと思われる。
改めて街中を歩いていて頭上から汚物が降り注ぐような世界でなくて本当に良かったと思う。いろんな意味で生きていける気がしない。
納められた本の背表紙から初心者向けの物を数冊取り出し、カウンターから見えない奥まった席に腰を下ろした。カウンターに背を向ける形で座ったのは、資料をスマホで撮影するためだ。
ネット回線に繋げることができず、電池消費を抑えるために電源を切っていたが、耐えかねて何度か起動して写真フォルダを見返していた。
それなりに長い付き合いのスマホは充電の減りも早かったはずだが、どういうわけかこちらの世界に来てからはいくら使っても充電が減らない。
理由はわからないが充電を気にしなくてよいのなら、と読み込むのは後回しにして片っ端から資料を写真撮影することにしたのだ。
積み上げた本をひたすら表紙と内容を一ページずつ撮影し、タイトルごとにフォルダ分けしていく作業を繰り返す。
魔法以外についても同様に撮影とフォルダ分け作業をするつもりだ。北部から王都への玄関口であるトルトゥにまた来る可能性は低いため、馬車に乗るギリギリまで集められるだけ集めておきたい。
(唸れ、私の親指――資料撮影!)
ピントを合わせて撮影ボタンをぽちりとタップする――あまりにも単調で眠くなる作業だったので、内心で必殺技風に掛け声でもしていなければ続けられそうになかった。
ネーミングセンスについては、触れてはいけない。
魔法、魔物、魔道具や国の大まかな歴史や地理など、冒険者に必要とされる資料について粗方の撮影を終える頃には陽が沈みかけていた。
その業務柄、冒険者ギルドに営業時間という概念はなく、資料室も同様に常に解放されているため特に何かを言われることはなかったが、いつの間にか司書が交代していた。
司書に挨拶をして資料室を出たシャナは、凝り固まった肩や背中を伸ばしつつ階下の受付にも顔を出した。資料室からの退室報告のためだ。
朝は依頼受注で混みあっていたギルド内だが、今は仕事を終えた冒険者たちが情報交換や雑談を交わす声で賑わっており、受付は空いていた。
朝の男性受付員がいない事を確認し、階段近くの受付員に「資料室ありがとうございました」と声をかけ、冒険者証を提示した。
入室時間と今の時間を確認されて驚かれたが、明日も同じように資料室にこもる予定なので気にするのはやめた。どうせ明後日にはこの街を出る。
宿に戻る道すがら、酒場から聞こえる陽気な笑い声や乾杯の声に飲酒欲求を刺激されたが、懐事情と宿の防犯性を考えて朝とは違う屋台で軽食を購入するにとどめた。
(落ち着いたら絶対飲む! しこたま飲む!)
撮影の合間に流し見た地図や国に関する資料から、ひとまずの目的地を最北の街に定めたシャナは、酒場から逃げるように足を速めて強く誓った。
宿に戻ってからは今日撮った資料の内、魔法に関するものをひたすらに読み込んだ。
はっきり言って「なに言ってんだ」状態でさっぱりわからない記述も多かったが、それでも複数の資料を読み比べ、何度も繰り返し読むことで魔法を使うためにはイメージが重要であるという事は理解できた。
体内の魔力により、脳内のイメージを具現化することを魔法と言うらしい。
では、魔力とは何か?
教本によると魔力とは大小の差はあれど生きとし生ける全ての物が持つエネルギーであり、生命の源であるらしい。――なんのこっちゃである。
冒険者ギルドの資料室だからなのか、最初から初歩的な魔法は使えて当たり前という事なのか、魔力の感じ方や扱い方についての記述は今日だけでは見つける事ができなかった。
しかし、教本の中に気になる記述もあった。
曰く、聖女の使う魔法は世の理すらも覆すほど強力無比で、聖女が祈りを捧げ慈愛の涙をこぼしたとき、死者すら生き返ったという。
――んな馬鹿な。
ステータス上の「聖女」という表記が誤植である可能性を感じつつ、シャナは寝落ちた。
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