12.身分証と真偽判定魔法
無事、身分証を手に入れた空澄は両手でカードを持って掲げて感動に打ち震えてみた。
(これが、この世界での私の身分証――……)
「……んん?」
「どうかなさいましたか?」
思わず漏れた声に、受付嬢が不備でもあったかと即座に反応した。それに愛想笑いを浮かべて空澄は「すいません、何でもないです」と誤魔化した。
内心では記載された内容に割と動揺していたが、へらりと笑って登録証をポケットへ捻じ込み、話を打ち切った。
誤魔化しついでに登録したばかりのド素人冒険者でも受けられる依頼と、当面の宿についても受付嬢に確認しておく。説明の中で、冒険者ギルドでは冒険者向けの宿や商店の紹介を行っていると聞いたばかりだ。早速活用させてもらおうと思ったのだ。
さらにギルドにある資料室は冒険者であれば誰でも無料で利用できるという。ギルドの規模によっては資料室がない場合もあるらしいが、トルトゥ支部は町の規模に比例して大きい。当然資料室も立派なものがあると、受付嬢はどこか誇らしげに教えてくれた。
受付嬢に勧められた依頼は、明日朝に依頼主の元に行くことになっている。
とりあえず今日は屋根のある部屋でゆっくりと休みたい。運動不足のアラサーオタクの体力と腰はそろそろ限界を迎えそうなので。
紹介された宿屋は、駆け出し冒険者の懐具合に配慮されたものだった。――身も蓋もなくいうならば、ボロい。
規模の小ささに比例して、部屋も簡素なベッド(と思われる木の箱)一つでいっぱいいっぱいと言った狭さだし、掃除もあまり行き届いていないようだった。
外観から顔を引きつらせた空澄だが、渡された鍵と部屋を見て言葉を失った。ギルドの受付で手持ちが心許ないことを素直に話し過ぎたかもしれない。
部屋の隅に溜まった埃、天井の隅には恐らく主を失った蜘蛛の巣。簡素すぎて力いっぱい捻ったら開いてしまいそうな鍵。ドアの板も壁も薄っぺらいし、何なら一部穴が開いている。いたるところによくわからない染みが残っているのも不潔感を際立たせた。
現代日本で生まれ育ち、海外旅行の経験のない空澄の危機管理能力やら衛生観念やらが大音量で警報を鳴らしている。端的に言ってドン引きである。
(夜営の方が護衛がいただけ安全だった気がする……)
身の危険をひしひしと感じながら、空澄はマットレスなどないベッドの上に寝袋を敷き、眠れぬ夜を明かす覚悟を決めるしかなかった。
明日はせめてもう少し良い宿に泊まろうと即座に心に決めた。
さて、身の危険は感じるものの、一応は腰を落ち着けられたところで、手に入れたばかりの身分証である。
冒険者ギルドの受付で確認した際、違和感に気づいて思わず声を上げてしまったあれである。
ポケットから取り出して、もう一度そこに書かれた内容を確認する。
+++++
クラシャナ/25歳
F級冒険者
+++++
(――誰?)
いや、心当たりは大いにあった。噛みまくった名乗りのせいだ。
名前を言うつもりが、うっかり苗字からフルネームで答えそうになり、慌てた結果である。つまり、自業自得だ。
そして誤りに気付いたものの、訂正しなかったのはわざとである。
王城関係者は空澄の素顔も名前も知らないはずだが、顔立ちや髪色がこの国では珍しいものであることはすでに実感済みだ。
見た目は変えられなくとも、名前だけはこの国に馴染むものにしておけば、いくらか目くらましになるだろうと考えたのだった。要するに、産地偽装である。
「……んふふ」
うっかりミスによるものではあるが、結果オーライだ。
空澄――シャナは登録証の名前を撫でてにんまりと笑った。
ついでに、ギルドの真偽判定魔法も穴があるようだと知ることができたのも収穫だ。
シャナは登録時、自分の名前は「倉科 空澄」としか認識していなかったし、自分では「倉科」と名乗ってしまったつもりだった。
しかし、受付嬢は「クラシャナ」と聞き取り、そのまま登録した。
ここで二人の認識に差異が生まれている。
だというのに、真偽判定で引っかかる事もなく、普通に登録が完了している。
つまり、事実と記載の整合性を判断するものではないと思われる。
シャナは当初、年齢の件もあってファンタジーなあれこれの超常的な何かにより、偽称しても真実を見抜かれてしまうのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
つまり、真偽判定の魔法とは、あくまでも対象者の身体状態を読み取り、判定する魔法ではないかというのがシャナの仮説である。
さらに、そこから想像するに、王城の恐らくエリートと思われる召喚に関わった魔法使いたちも、シャナの本名を魔法によるあれこれで調べたり、といったことはできないと思われる。
(……これはさすがに希望的すぎるか)
ひろげまくった考察と想像の翼に、自らダメ出しをしてシャナは深く深呼吸をし――て、むせた。この安宿は、空気清浄機や加湿器の世話になっていた現代人には埃っぽすぎる。
魔法と言うから神秘の詰まった摩訶不思議ファンタジーかと思いきや、実情は嘘発見器。ちょっとばかり夢がなくてがっかりだが、とにもかくにも理解のハードルは下がったように感じる。ついでに魔法にも親近感を抱けそうだ。
魔法に関する知識の乏しさが、考察のほぼ全てがらしいとか思うだとか、ふわっとした表現ばかりな辺りによくよく滲み出ているけれど。
気持ち的には。たぶん。
閲覧ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら、評価等いただけると励みになります。