第7話 討伐目標二十匹!
モンスター討伐の協力をするオーグは、近隣の森へと訪れた。
ともに行くのは白銀の騎士――というには些か見劣りする少年騎士が立っている。
オーグは長耳を動かしながら、今更ながらの質問をした。
「で、討伐するモンスターは?」
「森の魔物二十匹の駆除であります」
「二人で、となると多いわね」
「森の奥にいかなければ危険は無いと思うであります」
目を細めて、翠星石の瞳は森の奥を覗き込んだ。
確かに下手な事をしなければ、森の入り口にはそれほど魔物もいない。
「ところでこちらこそお聞きしたいのでありますが、魔女殿『杖』は?」
杖……というと、魔法使い定番のアレか? オーグは上の空で魔法使いの杖を想像する。
一体あんな攻撃力の低そうな装備で、なんの意味があるのか分からないが、持っていない魔法使いを見たことはない。
「ねぇ、なんで魔法使いって杖使うの?」
「えっ? 魔女殿もしかして私を試しているでありますか? えと……確かですね。魔法とは世界からマナを身体に取り込みエテルを精製して、魔力に精錬するでありますが、杖は魔法に指向性を与えるものと」
ふむふむ、とオーグは何度も頷いた。
なるほどなぁ、魔法使いなんて魔法を使わせなければタダの雑魚で、対処法なら幾らでも知っていたが、使うにはそうするのか。
「勿論魔法剣士のような凄い方だと、剣を杖代わりにしたりするでありますが!」
「なら理論的には杖は無くても魔法は使える?」
「そう、ですね……卓越した魔法使いなら簡単な魔法くらいなら……専門ではないのでご容赦を」
別にメルをいじめる魂胆はない。
ただ魔法使いとはなんなのか知りたかったのだ。
そういえばガリ勉なら魔法のこともっと詳しいんじゃないか?
帰ったらガリ勉に洗い浚い吐かせよう。
「うーん、まっ、これでいいか」
オーグは適当に手頃な長さの枝を拾うと、それを杖代わりにする。
あまりにも適当な選び方に思わずメルは苦笑した。
「エルフの方は、魔法も天然物が一番なのでありますか」
結局はエルフだから納得されたか。
メルはまだオーグに試されていると思っているようだが、それならそれで都合が良さそうだ。
なにせ体の良い指南役なのだから。
「ッ! 魔物であります!」
メルは目の前から近づいてくるスライムに抜刀した。
スライムは全身液状で、動きは遅いが装備を酸化させる。
弱点はアメーバ状の身体の内側にある赤い核だ。
危険度は冒険者ギルド交付の魔物大辞典でも最下級の魔物だ。
単体なら恐れる事はない、メルは勢い良く剣を振り上げた。
しかし――。
「えい」
「やあぁぁぁ――え?」
攻撃の手前、オーグは足元の小石を蹴って、スライムのコアを撃ち抜いた。
あまりに呆気なく溶けて死ぬスライムにメルは呆然とした。
「まさにざぁこざぁーこ♥ だな。後十九匹」
「今のなんであります?」
「石礫、何も持ってない時の常套手段だろ?」
山賊時代、スライムは時折洞窟に湧いては、装備を溶かされる問題があった。
オーグにとってスライムはコアを撃ち抜けば死ぬという事を熟知している。
となれば、武器を壊されるくらいなら石ころ一つで始末する方が対費用効果が良かった。
「メルこそ、スライム如きに上等な剣を使うなんて、貧弱貧弱ーっ♥」
「うぅ……精進が足りないでありますか!」
誰に聞いたか。ゴブリンにドラゴンを殺す装備で挑む奴はいない、なんて聞いた。
なんでも分不相応があり、それが分からない奴はただの馬鹿者だという話だ。
オーグは話し半分にしか記憶していないが、個人的なことを言えば大馬鹿になれなけりゃ、夢や願いも叶いはしないと思っている。
些か論点の違う話だが、オーグは馬鹿が嫌いじゃなかった。
メルはお堅く清廉潔白で真面目過ぎるが、そんなメルが馬鹿をやっても良いのだ。
「ふふふ」
「笑っているでありますか?」
「ほらほら、魔物魔物!」
メルは慌てて剣を構える。
今度現れたのは先程よりも大きなスライムだった。
メルは先程のやり取りを思い出すと、剣を見た。
剣でコアを一突きすれば倒せるが、それでは剣の未熟を証明してしまうのではないか?
いや、未熟な事は初めから承知している、恥ずべきことではない。
石礫? メルは足元に手頃な石ころはないか探したが、見当たらない。
スライムの動きは緩慢で、考える猶予はあった。
だが、それよりオーグの方が早い。
「石が無けりゃこれでもいいでしょ?」
サクッとオーグは杖でコアを突き刺した。
そのままコアを引き抜くと、オーグの手はスライムのゼリーで汚れてしまう。
「ちっ、ちょっと汚れた」
オーグのやり方はメルに比べると柔軟で臨機応変だ。
ここまで魔法を使う様子もなく、オーグはたやすく魔物を討伐する。
やはり素晴らしい冒険者だ。メルはこの可愛らしいエルフにただ尊敬の念を抱いた。
「うう、ネバネバでヌメヌメ中々取れない……」
オーグは肌に張り付くスライムを剥がそうと悪戦苦闘していた。
スライムを剥がすには聖水かアルカリ性の溶剤が有効だが、その場では持ち合わせていない。
後は炎で蒸発させるか、凍らして固めるという手もあるが。
そうやってスライムの処理に手間取る姿は、本当に愛らしいお方だ。そうどこか安心していた時。
「はっ! 危ないであります魔女殿!」
「え……!?」
「ゴブー!」
暗い森の陰から不意打ちだった。
醜悪な緑の肌の小鬼がオーグの眼の前に飛び出し、棍棒を振り上げる。
メルは咄嗟に飛び出し、籠手で棍棒を受け止めた。
「ゴ、ゴブリン!?」
オーグは慌てて飛び退いた。
メルは素早くゴブリンに白銀剣を突き刺した。
ゴブリンは血を吐き、メルをゴブリンを蹴り剥がす。
「あ、ありがとう」
「なんのなんの! 剣の腕は未熟なれど、この白銀の鎧に誓って、魔女殿には指一本触れさせないであります!」
オーグは初めてこの少年騎士が頼もしいじゃないかと思った。
しおらしく感謝してしまったが、メルはそんな自分に少し酔いしれていた。
「まだ来る、ゴブリン数三つ!」
「ちょっと不味いであります、流石に三匹同時は護れないであります!」
早速情けない台詞を吐く辺りはまだまだ半人前だな、と少しがっかりするオーグ。
とはいえ彼女は長耳からゴブリンの息遣いを感じ取り、怖気に身体を震わせた。
ゴブリンも所詮はこの世界を代表する雑魚魔物に過ぎないが、彼らはスライムと違って群れて、おまけに少し利口だ。
男と女なら、女を優先して襲うと云われ、更に前衛と後衛の区別もついているというのだ。
単体としての強さは先刻の姿の通り弱い、それでも一斉に襲ってきたらメルだけでは捌ききれない。
オーグは杖を見た。ちゃんとした杖と比べると玩具同然のただの木の枝だが、今はこれしか武器がない。
ゴブリンの孕み袋にされる気は毛頭ないのだ。
「ゴブリンって奴はどうしてエルフと女僧侶が好きなんだろうな」
「な、なんの話でありますか?」
真相は闇の中だが、生意気なメスガキ女エルフはゴブリンに分からせられるらしい。
同時にオークの前で姫騎士はくっ殺するのが定めらしいが。
「どうする? 撤退する?」
「敵に背を向けるのは……」
そんな事を言っている間にも、森の奥で何かが光った。
メルは咄嗟に顔面を守ると、籠手が偶然にも矢を弾いた。
鉄の矢だ。ゴブリンアーチャーがいる。
「ちっ、プライドで飯が食えれば世話はないよな」
「も、申し訳ありませんであります。魔女殿の安全を考慮するべきでありました」
「悔いるよりも、勝つ方法、でしょ!」
そう発破を掛けると同時に醜悪な顔のゴブリンが涎を撒き散らしながら、襲いかかってきた。
錆びた剣を持ち、メルに襲いかかるが、メルは冷静にゴブリンを白銀剣で切り裂く。
だが、その後ろから短い槍を持ったゴブリンがメルの横を抜ける。
重厚な鎧騎士の相手よりも、肉の柔らかそうな女エルフの方が好みらしい。
「しまった魔女殿!? くっ!?」
メルは咄嗟に兜のフェイスガードを降ろす。胸当てに矢が当たるが、白銀の鎧は物ともしない。
頭を狙ったようだが、大きくエイムを外した。命中率はそれほど高くない?
何れにせよ、魔女殿が危ない。
「くっ、この!」
オーグは必死にゴブリンを近づけまいと抵抗した。
だがメスガキの貧弱な身体はゴブリンにも劣るらしい。ゴブリンは醜悪な吐息をオーグに浴びせかけた。
「うぷ! そういう、趣味はねえーんだよ!」
オーグは咄嗟にゴブリンに金的を蹴り上げる。
ゴブリンは声にならない悲鳴を上げると、オーグから距離を離した。
オーグはこのゴブリンを許すつもりない。一切の情けも持つ良心はないのだ。
(えと……魔法はマナを)
オーグは以前ブリザードを放った魔法使いをイメージした。
オーグ自身に魔法の才はない。けれど肉体の主アリスは別だ。
オーグは見様見真似で、周囲のマナを肉体に取り込み、エテルを精製する。
杖に全エテルを集中するイメージ、彼女の周囲は超自然の風が逆巻いた。
「砕け散れ! ブリザード!」
オーグが魔法の言葉を放つと、杖の先端から限定的に現実を改変し、超自然の極寒の猛吹雪がゴブリン達に襲いかかった。
その威力は前の魔法使いの青年の比ではない。
強力過ぎる冷気は、周囲をあっという間に氷雪で覆い尽くし、文字通りゴブリン達は一瞬で血まで凍りつき、僅かな衝撃で砕け散る。
「す、凄いであります……流石賢者とさえ謳われた魔女殿」
メルは初めて見たオーグの魔法に戦慄いた。
一方オーグは身体を左右に揺らしながら突然膝から崩れ、その場にへたり込んでしまう。
メルは慌ててオーグに駆け寄った。
「だ、大丈夫でありますか?」
「はあ、はあ! なんか……身体、だるい……」
「MP切れでありますな」
「MP切れ?」
「いかに魔法使いといえど、一度に使える魔法には限りがあるであります。当然同じ魔法でも威力が違えば、多くの魔力を使ってしまう。ゴブリンに撃つには威力が高すぎましたな」
初めて使った魔法、そうか怒りに任せて加減なんて考えていなかった。
オーグの身体は倦怠感に包まれ、立つことも出来なかった。
メルはクスリと微笑むと。
「少し休憩でありますな」