エピローグ とあるメスガキエルフの顛末
エピローグ とあるメスガキエルフの顛末
城塞都市メメントの外れに集団墓地がある。
そこは一般市民が入る墓地で、ベーオウルフクランはとある墓の前にいた。
魔女はとある墓に献花をすると、黙祷を捧げる。
「ルキ……妹さんと仲良くね?」
それはルキの墓だった。
本来ならスラムの住民が墓に入ることはない。
墓を作る費用もないから、穴に埋めておしまいが常だ。
だが魔女はそんなルキの為に墓を作り、丁寧に埋葬したのだ。
正しい輪廻に還られることを祈って。
「ルキ殿、ご冥福をお祈りします」
「ふん、人族の習慣に付き合うのも大変だな」
「同感です、ですがこれも異国の学びですわ」
エルミアとコールガはそう言うと黙祷を終えた。
魔女も黙祷を終えると、二人を見て苦笑いする。
「じゃあお前らはどうやって死者を弔うんだ?」
「エルフは木の養分にするぞ、そうすると次のエルフに命が明け渡されるんだ!」
「私の国では水葬が主でした。死者の灰を海に撒くんです」
「国ごと様々でありますなー」
この国では土葬が一般的だ。
貴族なんかは棺桶に入れるらしいが、庶民にはとても買えたもんじゃない。
更に下の人間に至っては、纏めて一つの穴にポイだ。
「しんみりするのは苦手にゃ」
「結局その語尾は治らねぇのな」
リンはしんみりした雰囲気は好まない。
だが肉体の癖で語尾ににゃが付くのは恥ずかしくて顔を真っ赤にした。
「そ、それよりお頭、これからどうするにゃ?」
「そうだなー」
「……その件なんですが」
メルは真剣な顔で挙手する。
なんとなく魔女はメルの言葉を予想していた。
「転生教団との戦いを通じて、この街の問題にいっぱい気付かされました。私事で申し訳ないのですが、しばらく冒険者は引退しようと思うであります」
「政治家でも目指すつもりか?」
「……少なくとも父のしている仕事を学びつつ、どうすれば全ての人々が平穏に暮らせるか考えてみたいと思うであります」
メルはメメントの街には多くの不平不満が溜まっていることを知ってしまった。
正義感だけでそれらは救えない、救う側が苦しんでいたら意味はないのだ。
憲兵隊の腐敗はその最たる例であり、抜本的な改革が求められる。
「そう……なら、頑張りなさいメル」
「魔女殿、しばしの間お別れであります」
§
メルがいなくなった。
それは勿論悲しい別れではない。
しかし転機は来ているのだろう。
魔女達はメメントの大通りを歩いていた。
街は平和だ、少なくとも表向きは。
きっと街には色んな顔がある、それでもそうやって生きていくんだ。
全てを救える訳じゃない、それがきっと普通なんだろう。
「さーて、ねぇねぇオーグ、飯でも食べていかないか?」
「飯って言ってもエルミアはどうせビーフジャーキーだろう?」
「いいじゃないか! アレは良いものだ!」
ビーフジャーキーが好きなんてエルフ族にあるまじき食性だが、好きなものは好きなんだろう。
エルミアは今にも食べたそうに涎を垂らしていた。
しかしその顔はある者たちに見られていた。
「その声は………エルミア様! エルミア様を見つけたぞ!」
「ん……げ」
エルミアは顔を凍りつかせた。
通りの向かいから数人の古風な格好をしたエルフの男が数人いた。
一人でも珍しいのにそれが数人、しかも全員がエルミアを知っている。
エルミアは直ぐに後ろを向くと、ピューピューと口笛を吹き出した。
「エルミア様! エルミア・ミール・オーロット様! 遂に見つけましたぞ!」
「ちぃ! ゲラルド! 貴様もしつこいな!」
「何を言いますか! エルフの森に帰りましょう! エルミア様!」
「嫌だー! もうあの退屈な生活に帰りたくなーい!」
エルミアはそう言うとその場から逃げ出した。
ゲラルドというエルフは徒党を連れて追いかける。
「あ……おいエルミア?」
「すまんオーグ! ちょっと雲隠れするわ! ばいばーい!」
エルミアまで? エルミアはそのまま街の奥へと消えていった。
結局エルミアも森に帰えるのだろうか。
一人、また一人いなくなる。
「たく……エルミアの奴め」
「あの魔女様、私も実は話が」
「コールガ、まさかお前まで?」
「そのまさかです……」
コールガは本当に申し訳無さそうに頭を下ろした。
だが元々を考えたらコールガは少し事情がある。
「海神の目の件もあります、そろそろ国に帰りませんと」
「それもそうだな……海神の目は返すわ」
そう言うと魔女は胸の谷間に手を突っ込んだ。
胸から取り出したの小さな宝石、海神の目だ。
「ほい」
「お頭変なところに隠さないでにゃ」
「ふひひ、意外と隠すには良い場所だぜ」
リンは呆れるが、魔女にとっては気にならない場所なのだろう。
少しコールガは苦笑いしていたが、海神の目を受け取ると、恭しく頭を下げた。
「本当に申し訳ありません魔女様」
コールガもこれでお別れだ。
今生の別れではないが、やはり寂しいな。
§
二人になった。
魔女とリンは表通りをゆっくり歩く。
特になんの目的もない。ただの散歩だった。
「ねぇお頭」
「今度はリンもか! もうどこでも行けばいいだろう!」
「まだ何も言っていないのに、にゃ」
リンはシュンと耳を垂れさせた。
猫の獣人になった性で顔は無表情でも尻尾と耳は感情を隠せないようだ。
まだ体と魂が馴染んでいないのか、どこかぎこちない。
「はぁ……で? なんだリン?」
「アタシね……旅をしたいにゃ」
「旅……あ」
魔女はリンが言っていた言葉を思い出した。
それは厳密にはリンの願いではないが。
「虹色の空を見に行くにゃ」
「虹色の空かぁ……」
そんな空は存在するのだろうか。
リンの体の持ち主が、お伽噺で聞いた話だったか。
だが魔女は笑った。彼女は冒険者だから。
お伽噺ならなんだ? そんな面白そうな冒険を放っておくものか。
「おし! なら一緒に行くか!」
「ん、ありがとうにゃ」
ありがとうか。
「それは虹色の空を見つけてからだろ?」
「うん、お願いねお頭」
二人は笑い合う。
冒険者らしく虹色の空を目指そう。
メスガキ転生 おわり




