第73話 最終決戦
ベーオウルフクランはついに最深部降臨の間に辿り着いた。
シリウスを最後に誰とも出会わず、もう転生教団に戦力はないだろう。
残すはヤルダバオト、だが彼女らの前に現れたのは天に突くような巨漢の男だった。
「やはり来たか、やれやれ幹部たちもアテにならん」
「ヤルダバオト……なの?」
オーグはその男を見たとき、魂が震えた。
ローブで全身を隠してはいるが、その声がオーグを戦慄かせる。
「お頭……あの声って」
そしてそれはリンも理解していた。
あり得ない……だがオーグはそれを肯定するしかなかった。
「ヤルダバオト! その肉体はどうした! それは俺様じゃねぇか!!」
「ククク……」
然り、ヤルダバオトはローブを脱ぎ去ると、そこから現れたののは蛮族の王とも呼べるオーグ本来の肉体だった。
しかしあり得ない、オーグの肉体はフェニックスが転生に使用した筈だ。
転生教団に死体を回収することは出来ない筈だ。
「間違いないオーグだわ……!」
「あれが龍のキバの頭領オーグ殿?」
「けれどもどうして魔女様の身体がここにあるのでしょう?」
初めて見る者も、その肉体を知っている者も困惑していた。
一番困惑しているのは無論オーグだが、ヤルダバオトはつまらなさそうに説明をした。
「ワシにかかれば転生の器なぞいくらでも複製出来る。これは複製体と言ってな、ワシが創造した新たな器だ」
創造した? そんな神にも等しいことを?
オーグたちは信じられなかった、だがヤルダバオトはそれを実行する真の天才なのだ。
「ワシにかかればほら、こんなことも出来る」
そう言うとヤルダバオトは生贄の間に複数の人間を召喚した。
それらは顔が真っ白で無機質だった。
ホムンクルス……その中にオーグは見知った顔を見つけて驚く。
「クラリス!? なんでクラリスが」
「あ、あれはシリウス! シリウスまでいるでありますよ!」
「くっ! 悪趣味な! なんの真似だ!」
エルミアは今にも斬りかかりそうな雰囲気でヤルダバオトに答えを求めた。
「簡単なことだ、ワシに人間などいらん。もうエルフの知識も必要はない……最後の仕上げといこう……巫女はワシがいただく!」
ヤルダバオトが戦鎚を構える。
それに応じてホムンクルスたちは一斉に動き出した。
「これは……! ホムンクルスが動き出しましたわ」
「魔力の糸よ……ヤルダバオトが操ってるの、人形みたいに!」
「ふざけてる……悪趣味にも程があるにゃ」
「気をつけて! 来るであります!」
「さぁ踊れ! ワシの為に!」
ヤルダバオトの操るホムンクルスたち、その不気味さは人形と錯覚するほどで、しかしエルミアは手近な一体を切り伏せると、ホムンクルスからは赤い血が吹き出した。
「倫理観がイカれているのか? クソッタレめ!」
エルミアが悪態をつくほど、ヤルダバオトの生命倫理は壊れている。
命は奪うより創るほうが簡単だとヤルダバオトは思っているのだ。
ならば命とはなにか? ヤルダバオトは神となりそれを探求しようとしている。
「許さねぇ……! ヤルダバオト! テメェ命をなんだと思ってやがる!」
「なにか? 哲学的な話かね? それとも生命の真理の話か?」
オーグは自分の肉体さえ複製し、あまつさえオーグの前で扱うヤルダバオトに憎しみが募った。
彼女は渾身の魔法を唱え、ヤルダバオトに向けて放つ!
「シャイニングフレア!」
光の魔法、強烈な聖なる光が爆発するとヤルダバオトに襲いかかる。
だがヤルダバオトも同じように魔法を唱えた。
「ダークネスフレア」
闇の魔法、暗黒の爆発は光の爆発とぶつかり合う。
魔力と魔力がぶつかるとあとは術者の力比べだ。
オーグは歯を食いしばる、だが魔力においてヤルダバオトはオーグを上回っている!
闇の爆発は光の爆発を押し切り、暗黒の力がオーグを襲った!
「きゃあああっ!」
オーグが吹き飛ぶ。
慌ててリンはオーグを受け止めた。
ヤルダバオトは圧倒的な力の差を見せつけ、嘲笑うようにゆっくりオーグに近づく。
「ふふふ、加減はしたつもりだ、さぁ巫女を渡して貰おう」
「誰が! おおおっ!」
エルミアはヤルダバオトに斬りかかった。
だがヤルダバオトは興味も無さげに戦鎚を振るい、エルミアの胴を捉えた。
「がはっ! く、そ……がぁ!」
エルミアは腹を押さえ、立ち上がれなかった。
予想よりも素早い、次にコールガとメルが立ちふさがる。
「くっ! ホムンクルスを凌ぐのでも精一杯でありますのに!」
「いきなさい! 吹雪の狼!」
超自然の冷気が形を持った吹雪の狼はホムンクルスを蹂躙しながらヤルダバオトに襲いかかる。
「紋章魔法か、まだ現存していたとはな……とはいえ既に廃れた術式」
ヤルダバオトが魔法を唱える、吹雪の狼がその牙を突き立てる!
「グラビティプレス」
突如ヤルダバオトの周囲の重力が強烈に上がった!
吹雪の狼はヤルダバオトの足元で超重力に圧殺され、雪に戻る。
それはホムンクルスさえも巻き込んで周囲を圧した。
「うぐ……あああ!」
「こんなもの……くぅ!」
ヤルダバオトは魔法を解くと、ゆっくり迫った。
人形のようにグシャグシャに潰れたホムンクルス達には一瞥もせず、ただオーグを目指して。
「さぁ巫女よ、その役割を果たす時がきた」
ヤルダバオトが手を翳すと、オーグの体が浮かび上がった。
メルは阻止しようと手を伸ばすが届かない!
圧倒的な力で全てを制圧したヤルダバオトはニヤリと笑うと、オーグを魔法で祭壇へと移す。
「転生を司る神鳥フェニックス、その深奥をワシに見せよ!」
「あ……ぐ、あああっ!?」
オーグは絶叫を上げた。オーグの中に何かが入り込もうとしているのか?
違う、それは忌々しくフェニックスが拒んでいる。
フェニックスは偽物の転生者を許さない、輪廻とは正しい流れになければならないのだ。
ヤルダバオトもフェニックスの脅威を理解している。だからこそ万全の準備をしたのだ。
祭壇を取り囲むように配置された聖遺物はヤルダバオトの魔力に呼応して、輝き出した。
世界中から盗み、あるいは強奪した聖遺物にはどれだけの価値があるのか。
ヤルダバオトはそれを惜しげなくフェニックスの攻略に投じたのだ。
『おのれ……小癪な』
呪詛めいてフェニックスがオーグの脳内で呟く。
神の力を縛るのは、神の力あってこそ、フェニックスは神縛りに遭いつつある。
なんとかしないと、オーグは必死に抵抗を試みるが、矮小なオーグには何も出来なかった。
このまま終わるのか、全身を魔力で拘束されたオーグは僅かに目を開いた。
眼下に見えたのはボロボロのベーオウルフのみんな、そして―――。
(ルキ……?)
戦っている時は気づかなかった。
ズタ袋のように放置されていた黒い塊の正体はルキの亡骸だった。
(そう……ルキ、あの――――)
オーグの全身が震えた。
それはどうしようもなく押し寄せた感情の嵐だった。
彼女は感情のまま叫んだ!
「バッキャローッ!!」
「ぬぅ! 馬鹿な口一つ動かぬはず!」
だが動いた、ヤルダバオトの圧倒的な魔力を、オーグは土壇場で感情論が乗り越えたのだ。
馬鹿げている、気合や根性でどうにかなる問題ではないぞ。
ヤルダバオトはここで初めて狼狽えた、その瞬間オーグはヤルダバオトの予想を超える!




