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メスガキ転生  作者: KaZuKiNa919
第八章 メスガキ転生
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第70話 巫女を捕まえろ

 想定外だった。

 手痛いダメージを貰ったヤルダバオトは教団の心臓部、降臨の間にいた。

 血が止まらない……ヤルダバオトは憎しげに患部を覗く。


 「おお、おいたわしや教祖様」

 「教祖様、器を取り替え今はお休みを」

 「無論そのつもりだ……しかし」


 純白の祭祀服に身を包んだ教団幹部達はヤルダバオトの前に跪き、その身を労る。

 生贄はいくらでもいる、その魂さえ不滅ならば死は訪れない。

 ヤルダバオトは何よりも死を忌み嫌った。

 死が一歩一歩着実に迫る中、遥か古代、あらゆる魔法を(きわ)めた。

 だが魔法を深奥まで覗いても、老いから逃れる術はなかった。

 不滅は神だけの特権だ。

 ならば神になればいい、人の枠を超えればいい。

 ヤルダバオトの探求は次第に不死への追求となり、やがて彼は転生を司る神鳥の存在に辿り着いた。


 これだ……! ヤルダバオトは歓喜して、神鳥フェニックスについて調べ上げた。

 神鳥フェニックスは死しても炎の中から転生する死を乗り越えた存在。

 しかしフェニックスの伝承は極めて少なく、また信仰も殆どなかった。

 難航したがそれでもヤルダバオトはフェニックスの異能である反魂の法を開発するに至った。


 しかし……その結果はヤルダバオトを裏切った。

 反魂の法は不完全で、肉体は奪えど魂は(かす)れ、その身は十年と保たぬ不完全な存在だった。

 ヤルダバオトの完全な不死への探求は不完全な転生を繰り返し、千年以上にも及んだ。

 神のことも調べ尽くし、聖遺物(アーティファクト)に神の似姿(アバター)が宿ることに気がついた。


 今ヤルダバオトの計画は最終段階だ。

 神鳥フェニックスの巫女が発見されたのだ。

 巫女の肉体さえ奪えば、完全な転生を得られる。

 そして神さえ奪えば、ヤルダバオトは創造神にさえ至れるだろう。

 数多く集められた聖遺物(アーティファクト)は教団に様々な知識を与えてくれた。

 数多くの禁呪もヤルダバオトは開発した。今こそヤルダバオトの壮大な死の否定に対する探求は終着を迎えるのだ。


 「器は仮初でいい……巫女さえ奪えばどんな素晴らしい器だろうと、ゴミに等しい」

 「それほどまで……しかし巫女の器を奪おうとした司教が失敗しております」

 「巫女の研究にはまだ時間もかかるかと」

 「違う……相手は神だ、奴は人だと思ったから失敗したのだ。事実我々は神の制御法は確立している」


 ヤルダバオトの力強い宣言に幹部達はおお! と感嘆する。

 ヤルダバオトは魔法を窮めた大天才だ、おそらくこの時代にヤルダバオトほど魔法を極めた賢者は存在しないだろう。

 すでに失伝した数多くの魔法をその頭脳に収めたのはヤルダバオトだけだ。

 ヤルダバオトは神になれると確信している。


 教団幹部達はその時こそ人を超越した存在になれると信じていた。

 その為に裏で暗躍し、数多くの人間の肉体を奪ってきたのだ。

 だが…………ヤルダバオトの真意を教団幹部達は誰も理解はしていなかった。

 教団員達には救い(うた)いながら、ヤルダバオトにはその実彼らを救う気など更々ない。

 ただ時間がいかに貴重かを定命者の体は思い知っている。それを有効活用するなら人手はいくらあっても足りないだけだ。

 要するにヤルダバオトにとって、彼らは便利な駒でしかない。

 神へと至ったヤルダバオトがどうするか等、ヤルダバオト自身でさえ保証出来ないのだから。


 「お前たちは巫女を迎え撃て」

 「仰せのままに!」

 「どうか転生の加護を!」


 彼らの信じる転生の神、神鳥フェニックスがどれだけこの紛い物達を忌々しく思っているかも知らずに彼らは教祖の言うがままに行動を開始する。

 その中でヤルダバオトはある一人の幹部を止めた。


 「待て、お前は……たしか」

 「シリウスです。最もこの肉体の名前で、本当の名はとうに忘れましたが」


 若い貴族の体を奪ったらしい男を見て、ヤルダバオトは「ああ、そうだったな」と曖昧な返事をした。

 重要なのは彼のことではない。彼が興味深い報告をしていたことだ。


 「シリウス、君が神鳥の巫女の仲間を捕まえたと言っていたな?」

 「はい、激しい抵抗に会い、貴重な戦力を失いましたが、確保しております」


 捕まった。それはリンのことだろう。

 リンは最後まで諦めなかったに違いない、だが破れたのだ。

 シリウスはなにかに利用出来るかと、鎖に繋いだが、ヤルダバオトは邪悪な顔でシリウスに命じた。


 「それを使え、巫女たちを痛めつけるのに役立つだろう」


 それを聞いたシリウスは優男な顔から想像できないほど酷薄で邪悪な笑みを浮かべた。


 「それはそれは……実に楽しそうですねぇ、教祖様も人が悪い」


 シリウスは肉体の癖か優雅にお辞儀すると、その場を離れた。

 ヤルダバオトは|蹲《うずくま〉ると、反魂の法の準備に入る。

 用意する肉体は仮初めでいい、どうせ直ぐに巫女の体に乗り換えるのだから。




          §




 一体メメントの地下はどれほどの広がりがあるのだろう?

 オーグたちは地下へと徐々に下りながら、このまるで迷宮(ダンジョン)を彷徨っているかのような錯覚を覚えていた。

 だがオーグは弱音は吐かない、必ず終わりはある筈だ。


 「こういうとき地図作成者(マッパー)がいないのは痛いな」

 「冒険を続けていれば、いつかダンジョンアタックでも必要になるかもでありますな」


 シルヴァンが終わりの見えない迷宮に愚痴(ぐち)(こぼ)すと、メルは同意した。

 せめて地図があれば攻略もスムーズになるのだろうが、生憎敵も馬鹿ではない。

 この世界では地図は高級品だ。測量する技術も専門知識を必要とするし、なにより地図は容易く外に出す訳にはいかない。

 もしも害意あるものに正確な地図を奪われでもしたら、国防に関わるから、という訳だ。

 この場合は、恐らく幹部格なら地図を持っているかも知れないが、まぁ手に入れるのは難しいだろう。


 「はいはい、あなたたち無駄口はそこまでよ」

 「うす、姐さん」


 集中を乱すのは良くない。確かに過度の緊張も良くないが。

 オーグはシルヴァンたちを正すとルキを見た。

 ルキは無言でオーグに振り向きもしない。

 少し心配になる位ルキは目的にまっすぐだ。

 それこそ命も顧みないような……。


 「そこまでだ!」


 突然通路を挟んで目の前から司祭服のような格好をした男たちが現れた。

 転生教団の幹部か、オーグは杖を構えた。


 「ヤルダバオトはどこ!」

 「教祖様はフェニックスの巫女のみを求めておられる! 男は殺せ!」

 「聞く耳持たずでありますな……」

 「構わん、むしろ好都合だ」


 ルキはそう言うと真っ先に駆けた。

 幹部達は一斉に魔法を唱え始める。大規模魔法で一掃する気だ。


 「させないわ! ブリザード!」


 オーグは牽制目的のブリザードを放った。

 威力を抑えた冷気は必殺の威力はないが、詠唱を妨害するには充分だった。

 その間にルキは幹部の目の前まで飛び込み、顔面を殴り抜けた!


 「あばっ!?」


 殴られた幹部は顔面を砕かれ崩れ落ちた。

 よく見るとルキの手に鉄製のグローブが嵌められていた。

 (びょう)付きのグローブで殴られれば、そりゃ顔面だって砕かれるだろう。オーグはまだ武器を隠しているのかと呆れたが。


 「鎮圧するであります!」

 「オラオラァ! どうしたどうした!」


 少し遅れてメルとシルヴァンも飛び込んだ。

 幹部格といえど、距離を詰めれば魔法も満足に扱えないだろう。

 三人はあっという間に幹部達を鎮圧した。


 「ヤルダバオトの居場所はどこだ?」

 「くっ! 言うと思っているのか!」

 「言わなければ惨たらしく殺すだけだ。吐けば楽に殺してやる」


 ルキの冷酷な脅しは本気だ。

 どの道皆殺すのは変わらない、苦しんで死ぬか楽に死ぬかという一切の慈悲もない決断を迫った。


 「……きょ、教祖様万歳っ!」

 「あなたたち! 距離を離しなさい!」


 オーグは覚悟を決めた幹部に危機感を感じた。

 奴ら狂信者がなにを考えているのか理解したくもないが、あの目をオーグは知っている。

 自爆だ、教団に命を捧げることに疑問を持たない目は危険だ。

 ルキは咄嗟に飛び退く。だがメルの反応が遅れた!


 「メル!」


 咄嗟にシルヴァンが庇った。

 直後幹部の命を触媒にして自爆魔法が発動した。


 ズドォォン!!


 大爆発は地下迷宮そのものを振動させる。

 オーグは帽子を抑えながら爆風に耐えた。

 だが近くにいたメルとシルヴァンは!?


 「メル! シルヴァン! ルキ! 皆無事なの!」


 悲鳴めいた声が空間に響いた。

 天井がパラパラと崩れ、砂煙が酷くエルフの視力を持っても周囲が見渡せない。

 だが砂煙の中に小さな影があった。

 メルだ、メルの悲痛な声が聞こえた。


 「兄上! シルヴァン兄上しっかりしてください!」

 「シルヴァン? シルヴァン!」


 オーグは直ぐに砂煙の中に飛び込んだ。

 爆発からメルを庇ったシルヴァンがぐったり倒れていた。


 「魔女殿! シルヴァン兄上をどうか!」

 「っ……お、俺は大丈夫だ、メル……姐さん」


 なんとシルヴァンは意識があった。

 漆黒の鎧はバラバラに砕けていたが、そのおかげで衝撃を緩和したのだろう。

 それ以外にもシルヴァンのタフさが功を奏したのだろうが。


 「すまない姐さん……ドジっちまった」

 「何言ってるの、貴方は最善を尽くしたでしょ? 褒めても叱ったりする訳ないわ」


 それを聞くとシルヴァンは「ははは」と笑った。

 無事……とは言っても重傷だ。シルヴァンは体を満足に動かせないでいた。


 「……お前たちはそこに残れ、俺は先行する」

 「て……ルキ! なにを勝手な!」

 「俺はその男のようなヘマは踏まない」


 ルキは身勝手にもそう言うと迷宮を先行した。

 オーグはシルヴァンを放って置くこともできずルキの背中を見送った。

 ルキの傍若無人な振る舞いに憤慨したのはメルだ。


 「なんですかあの方は! 連携が滅茶苦茶であります!」

 「……ルキはね、きっと一人で片付けたいのよ」

 「どうしてであります?」

 「彼は確かに身勝手で傍若無人、だけど復讐に誰も巻き添えにしたくないのよ」

 「……魔女殿はルキ殿をどうしてそこまで信じられるであります……? 私は正直そこまでルキ殿を信じられないであります……」

 「きっと放っておけないのよ、あの子、根は優しいから……でしょうね」


 オーグの視線は母のような優しさがあった。

 メルはそんなオーグの想いにさえ嫉妬してしまう。


 「魔女殿はルキ殿を……ううん! それよりこれからであります!」


 メルはオーグがルキが好きなのか聞きそうになったが、慌てて顔を真っ赤にすると首を振って話題を変えた。

 オーグは目を細めるとシルヴァンの容態を確かめた。


 「姐さん、俺を置いてメルと一緒にルキを追ってください」

 「けれどそんなことしたら、貴方は無防備よ?」

 「なに、いざとなれば転移の魔法で逃げますよっ」


 シルヴァンはそう言うとルキの消えた先に顔を向けた。

 オーグは逡巡(しゅんじゅん)するが、ルキとシルヴァンを天秤に掛けて思案する。

 シルヴァンはこれでも抜け目ない、それに彼には確信もあった。


 「転生教団の狙いは姐さんです。こんな足手まといは放っておいて早く!」


 推測だが、敵はオーグを本格的に狙ってきている。

 いちいちシルヴァンに手は回らないだろうというのがシルヴァンの推測だ。

 オーグは自分の価値を不安げに思いながら立ち上がった。


 「分かったわ、メル行くわよ」

 「ほ、本当にでありますか?」

 「おいメル、お前も男なら姐さんを死んでも護れ」


 シルヴァンは強い意思でそう言うと、メルは顔色を変えた。


 「そう、でありますね……私は魔女殿の騎士でありますから」


 メルにとって騎士道は愛する主君への忠誠だろうか?

 きっとそれも正解だが、それだけではない。

 彼の騎士道の原動力は愛する者の為に働けるのではないだろうか。


 「すみません魔女殿、弱気になってしまいました」

 「無理はないわ、家族を傷つけられたのなら、アタシなら怒り狂うわよ」


 そう言うとオーグは微笑んだ。

 まさかとメルは冗談に思うが、オーグの盗賊時代を知らないのだから信じられないのも無理はない。

 オーグは最後にシルヴァンを見る、シルヴァンは力強く頷いた。

 シルヴァンの後押しもあり、オーグはゆっくり走り出す。

 メルを横に伴い、ルキの後を追った。

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