第68話 教祖の力
ルキと合流を果たしたオーグは、あれから何があったのかルキに質問した。
ルキは逃げられた転生教団幹部を追いかけたが、護衛の女が思わぬ強敵で、本部に踏み込むことには成功したが、幹部は取り逃したという。
「むしろ上出来よ、相手は自爆さえ躊躇わない連中なんだから」
「狂信者でありますか……恐ろしいであります」
「同感だ。狂気っつーのか、クラリスもそうだったが転生教団の奴ら命をなんだと思っているのやら」
「……奴らにとってはその程度だ、だから滅ぼさなければならない」
ルキの言葉は少ない、だがその言葉そのものは暗く冷たい。
メルは目くじらを立てると、オーグに言う。
「あの方、本当に信用出来るのでありますか?」
「信用はしてもいいと思うわ……ちょっと危なっかしいけど」
「正義の人とは思えないであります……」
「事実俺に正義はない」
「えっ?」
「正義が何をしてくれた? 俺は妹を犬畜生にした奴らを皆殺しにする、そのためなら悪で結構……!」
復讐の為なら悪でいい、それは騎士道に生きたメルには分からない。
あまりにも生きている世界が違い過ぎる、メルには想像もしない地獄があったのだ。
「メル……お前はお前らしく生きろ。兄ちゃんはお前の味方だからな?」
「シルヴァン兄上……はい、であります……」
とはいうもののメルは明らかに気落ちしていた。
復讐はなにも生まない、では復讐者は無意味な存在なのか?
ルキの過激な思想は相容れないが、復讐を止める権利はあるのか?
分からない……もしシルヴァンを失っていたらその気持ちは分かったのか?
「あまり難しく考えても答えなんてないわよ」
「魔女殿?」
「神様は不条理な世界を生み出したものね。ならメルはどう生きる?」
「どう……とは」
「その答えを見つけなさい。アタシは自由に生きるけどね」
オーグの言葉は素直に受け入れられた。
それが誰よりも信頼しているオーグだからというのが大きいだろうが、彼はどう生きるのか考えた。
考えても考えてもその真理については分からない。結局彼の答えはシンプルだ。
「やっぱり私は騎士であります、強きを挫き弱きを助けたいであります」
「それでいいのよ、どうしても答えがでない時は感情に委ねなさい」
オーグとていつも正解していた訳ではない。
時に間違い盗賊として生きてきたことだって、元を辿れば失敗だったのかもしれない。
それでもオーグは前を見続けた。辛くて悲しくて心が壊れそうな時だってあった。
それでもオーグは前を見続けた。ただ歯を食いしばって歩むしかないのだ。
「アタシはね? 後悔が一杯よ、なんでこんなひ弱なエルフにならなくちゃいけなかったのか……一杯後悔した。でも後で思ったのは奪われたアリスの気持ちだった」
アリスは果たしてオーグを恨んでいるのだろうか?
クイーンスライムの一件の時、オーグは血の涙を流して怨念をぶつけてくるアリスを幻視した。
あの時は相当堪えた。トラウマになってしまうくらいだ。
今でもアリスが目の前に現れて体を返せと言われれば、顔を真っ青にしてガクブル震えて、情けなく失禁するだろう。
結局あれは被害妄想が見せた幻覚なのか、本当にアリスはオーグを恨んでいるのかは分からない。
ただ……オーグをルキに共感させたのは、アリスへの贖罪の面が大きい。
「アリスはやっぱり恨んでるのかなぁ……て、そう思ったら怖いのよ、まともじゃいられない」
「もしも……死にたくなったなら介錯はしてやる」
突然ルキの発言にオーグは目を丸くした。
これぞ殺し文句? ルキの場合本気殺しに来るだろうが。
だがどっちに捉えてもシルヴァンにとっては気に入らない言葉だったようだ。
「おい姐さんに手を出すなら俺が相手になるぜ?」
「………」
「私も魔女殿を護るであります!」
「あのね貴方たち……まったく男って皆……ハァ」
いくら言っても、男は不器用で馬鹿だ。
すっかりオーグは思考まで女性らしくなってきたのか、そんな男子たちが愛おしくも見えてくる。
彼女は今はアリスのことは考えないようにすると、顔を上げた。
複雑な教団本部の構造、やがてオーグたちの前に再び広間が広がった。
「なんだここ……他と雰囲気が違うな」
「……ようこそ諸君」
ルキは聞き慣れぬ声に武器を構える。
少し遅れて他の者も武器を構えた。
オーグはとんがり帽子を目深に被ると、目の前に佇む男を見た。
大司教のような豪奢な司祭服を纏った老人、明らかに幹部以上の存在感を放つ老人は杖を付きながら歩み出た。
「誰でありますか……?」
「お初目お目にかかる……ワシこそ転生教団の教祖、名をヤルダバオト」
ヤルダバオトと名乗った老人に、オーグの心は震えていた。
恐怖? 怒り? グチャ混ぜの感情がコイツが元凶なんのだと教えていた。
クラリスの記憶の幻視……あの時クラリスに転生の法を教え、そして転生教団の思想を植え付けた張本人がそこにいたのだ。彼女は憎悪に満ちた目で歩み出した。
「テメェが元締めか……なら覚悟は出来てるんだよなぁ!」
「覚悟? むしろ君たちこそどうなのだね? 君たちの前にいるのは神にも等しいワシだぞ?」
その言葉に誰よりも真っ直ぐ応えたのはルキだ。ルキは迷わず剣を老人へと投げつけた。
ヤルダバオトはつまらなさそうに魔法を唱える。
「爆ぜろ。フレアボム」
実に退屈そうな詠唱、それでいて凄まじい魔力の精錬速度。
同じ魔法使いとしてオーグは驚愕した。アリスの体を使うオーグと隔絶した技量の魔法使いだ。
ズガァン! ヤルダバオトの目の前で爆炎が起きると、ルキ投げた剣は半壊しながら弾き飛ばされた。
「なんて奴よ……あんなレベルの魔法使い初めてだわ」
「魔女殿でも敵わないと……?」
オーグは答えられない。軟弱に思われたくないからだ。
逃げるという選択肢は常に頭の隅には入れている。
プライドでメシは食えないが……どうする?
「逃げたいなら逃げろ……俺は殺る」
逃げるか、戦うか。どちらとも決められないオーグはルキに振り返った。
彼は決断的に意思を固め、憎悪に拳を握り込んだ。
勝つ算段があるのか……いやなくても構わないのだろう。
例えほんの僅かな勝率でも、彼は今目の前の敵が倒せるなら、なんの躊躇いもなく命を賭けに使える。
正真正銘狂人の思考だ。だがそんな狂人がオーグを少しだけ冷静にさせてくれた。
「勝手に決めないで……援護する身にもなってよ?」
「ふん……援護など期待していない」
ルキの道がオーグの道ではない。けれどルキとオーグの道は確かに交わっていた。
その接点があったからこそ、同じ目標に向かっている。
オーグにとって、転生教団は知らなければ、永久に関わることもなかったろう。
――それが関わってしまった。
「運命か……やっぱりこれって」
オーグは杖を構え直す。
運命に従うこと、それが宿命ならオーグはここで引けない。
覚悟を決めた彼女の目はもう迷わなかった。
「メル、シルヴァン。散開して、的を絞らせないで!」
「了解だ姐さん!」
「かしこまりましたであります!」
オーグの指示に皆一斉に動き出す。
圧倒的な力の一端を見せたヤルダバオトは怪訝な顔をした。
「君たちは何故戦う?」
「何故だと……貴様ら奪ったからだろうが……ッ!」
「やれやれ君は本物の狂犬だな、相互理解の価値もない」
ヤルダバオトはつまらないという風に、魔力を練る。
逆向きの風を纏うと、彼は無数の火炎弾をルキに放った。
「ファイアボール」
ルキはフレアボムで弾き返された剣を掴み取ると、ファイアボールに臆することなく向かっていった。
なんという無鉄砲! オーグはすかさず魔法の相殺にかかる。
「ブリザード!」
冷気の暴風が飛来するファイアボールとぶつかった。
ファイアボールの勢いは削がれるが、完全じゃない。
何発かがルキに直撃した!
「ふん!」
しかしルキはローブでファイアボールを受け流すと、そのままヤルダバオトに直進した。
「なんという捨て身の戦法……!」
メルも驚くが、ルキ自体はあくまで合理的な選択をしただけだ。
相手をどれだけ無駄なく殺せるかを追求した結果、捨て身のような戦法に至っただけ。
「死ね!」
「ふん、プロテクション」
薄い色付きの魔法壁がヤルダバオトを覆う。
ルキは魔法壁ごと剣を叩きつけるが、脆くなっていた剣は無情にも折れる。
ルキは舌打ちする、ヤルダバオトはニヤリと笑った。
「所詮その程度か」
「一人では足りなくとも!」
しかし横からメルが踏み込んだ。
メルの強引な白銀剣のフルスイング! メルは魔法壁を叩き割った!
「ふむ、ならばこれはどうかな? シャドーイリュージョン」
ヤルダバオトはオーグの知らない魔法を詠唱すると、ヤルダバオトがその場に六体同時に現れた。
「なんなのこれ! 増えたわよ!」
「虚像です姐さん! 本物は一つだ!」
シルヴァンはそう言うとヤルダバオトの一人に斬りかかる。
しかし外れ、シルヴァンが斬った虚像は消えた。
「そうか、なら纏めて吹き飛ばせば!」
オーグはここで必殺の魔法を打つ。
出し惜しみはしない、最大の魔力を練ると、彼女は詠唱した。
「燃えつきろ聖なる極光、ホーリーライト!」
オーグの古めかしい魔女の杖から放たれる聖なる光はヤルダバオトの虚像を尽く掻き消した。
そして本体に対してもホーリーライトの光は甚大なダメージを――。
「このワシがなんの対策もないと?」
「――なっ!?」
突然ヤルダバオトはオーグの目の前に転移した。
転生者はホーリーライトの光には焼かれる筈、しかしヤルダバオトはホーリーライトの中で平然としていた。




