第65話 怪獣対決!
メメントの街は上下水道が整備されていた。
このお陰でメメントは綺麗な水を常に使えるのだ。
だがこれは盲点だった――オーグはとんがり帽子を目深に被ると、緊張した面持ちで下水道を歩いた。
「まさか下水道か……ドブネズミじゃあるまいし」
「なにドブネズミの駆除も慣れたものであります」
メルはそう言うと、ハハハと呑気に笑った。
オーグは流石に笑えなかったが、メルとは何度も下水道で巨大鼠や巨大ゴキブリの駆除をしたことを思い出す。
あまりいい思い出ではないだけに、オーグは出来ることなら忘れたかった。
特に巨大ゴキブリが大量に群れて顔面に飛びかかってきた時には、大狂乱で彼女は魔法で薙ぎ払った。
あのトラウマは早々忘れられない。
「ふーん、ここはスライム向きかもね」
「そういえば下水道はスライムも湧くのでありますな」
「スライムは綺麗な水の方が好きなのは確かだけど、ここは餌が豊富だからスライムが集まってきたのね」
クイーンスライムにとっては、魔物も餌に違いはない。
汚れた排水もスライムにとってはご馳走であり、上水道にスライムが湧かないのはマルコ曰くスライムが下水道を守っているそうだ。
「言うなればスライムは天然の浄化装置といえる……勝手に駆除すれば街は瞬く間に臭い問題に悩まされるだろうね」
「皮肉ね……多すぎる人口が出す汚物の量を餌にして増えるスライムなんて」
「私たちにとってはウインウインだけどね。と―――この魔力痕は……あっちよ!」
クイーンスライムは魔力痕を掴むと、指を指して指示する。
下水道を渡り、一行はこの街の下のダンジョンといえる空間の異質さに息を呑んだ。
やがてクイーンスライムの指示はある不自然な扉を指した。
メルは意を決してオーグの目で指示を仰ぐ、オーグが頷くと彼は扉を開いた。
重たい石の扉を開くと、光が射した。
地上かと疑ったが違う……オーグは踏み込むと広大な地下空間が広がっていた。
「昼間みたいに明るいな……奥はどうなってやがる?」
「ふむ……察するに貯水槽ではないかと想像できるが……これは奇妙だな」
マルコも鉄面皮のまま抑揚のない声で推測を述べた。
オーグも小さく頷いたのは、広大な空間の奥に祭壇があったからだ。
「転生教団の祭壇……?」
「おやおや……これはこれは、ようこそ教団本部へ」
オーグは即座に杖を構えた。
祭壇奥からカツカツと足音を立てて、白い司祭服に身を包んだ男性が歩いてきた。
だがその顔を見たマルコはやや驚いた顔をした。
「マルギット男爵?」
「ふむ? ああ、この肉体の関係者かね? あまり偉すぎると人物関係を覚えるのも厄介だ」
マルギット男爵……という男性の肉体を奪ったであろうその人物は仕方ないという風に首を振った。
オーグはそっと静かにマルギット男爵とやらを質問した。
「ねえマルギット男爵って?」
「私のパトロンだった男だ、不自然に資金援助が切られたと思ったが、まさかこうして再会するとは」
パトロン……冒険者でもないマルコがどうやって魔物の観察をしているのか疑問だったが、パトロンに資金援助をしてもらって活動していたのか。
「男爵には世話になっただけにやるせないね……」
「ふむ、君は面白いな……一応聞こうかな? 転生に興味はないかい?」
マルギット男爵の顔をした男はニヤリと笑うと、マルコを誘惑した。
マルコは鉄面皮を崩さず「ふむ」と冷静に値踏みした。
それを見て更に男は捲し立てる。
「永遠の命を夢見ないか! 時間が無限にあったら良いと思わないか! ずっと好きなことが出来るって素晴らしいと思わないか! 君は研究者だろう? さぁ我々と共に――」
パタン! まるで耳障りと断ずるように、マルコは手に持った魔物大辞典を閉じた音だった。
マルコの表情は変わらない、まるで感情が壊れた少年かのようだ。
けれどマルコは幼く見えても、それは小人族の見た目の問題だし、こう見えておっさんだ。
彼は冷徹鋭利な目で眼鏡越しにこの『偽物』を捉えた。
「君はマルギット男爵に似ている……だがやはり決定的に違うね」
「はい? だからなんだと言うのだ?」
「男爵は私の共感者だった……私達は同じ想いだった」
勿体ぶるマルコに、マルギット男爵の顔をした男は目くじらを立てる。
まるで理解していない、だからこそ決定的に相容れないのだろう。
「答えはノーさ、偽物君」
「ふ、ふん! 期待はしていないがね! 愚かな男だ! 永遠の命を否定するなんて!」
「話はおしまいかしら? 多勢に無勢で悪いけれど容赦はしないわよ」
オーグは杖を構え、メルやシルヴァンも剣を構えた。
「ぐぬぬ」と歯ぎしりして、足踏みする男、だが男はニヤリと笑った。
「貴方アリス! いえ……オーグでしたか? 貴方には捕獲命令が出ています! ノコノコ出てきたことを後悔させてあげますよ!」
そう言うと男はパチンと指を弾いた。
するとどうだろう、広大な空間に無数の魔物が顕現する。
「ハッハッハ! 転生教団は素晴らしいぞ! 魔物さえもコントロール出来る!」
「グレンデルと一緒、か」
オーグは多種多様な魔物に鼻で笑った。
勝ち誇る男に対してオーグは冷静だ……だって、負ける気がしないもの。
今更これがなに? 現れたのはゴブリンにオーガにコボルトやフレイムドッグ。
数は多いが、数頼みだ。
「かかれ! 奴らを生け捕りにしろ!」
魔物達は一斉に襲いかかった。
オーグは魔力を練ると、強大な超自然の吹雪を放った。
「ブリザード!」
ブリザードに晒された前線は凍りつき、ある者は砕け散った。
だが全てを凍らせた訳ではない。
「おらおらおらぁ! 姐さんの露払いは俺がやる!」
「加勢するであります! イヤーッ!」
二人の騎士は前線に出ると、魔物を鎧袖一触で薙ぎ払っていく。
シルヴァンの技量もかつてより上がっており、それと同様にメルもまた逞しく強くなった。
「オオオオオ!」
オーガが棍棒を振り下ろす。メルは咄嗟に籠手で受け流した。
「ぐぬ!」
「メル! 今助けに!」
「やれるであります! たぁー!」
メルの成長はシルヴァンを驚かせた。
オーガの膂力を剣ではなく籠手で受け流し、彼は白銀剣をオーガの首に突き刺した。
オーガは血を吹き倒れると、直様次の敵にメルは対処していた。
「お前、いつのまに」
「いつまでも子供じゃありませんから!」
メルは数々の実践に磨かれ、騎士的ではないかも知れないが実戦に強くなっていた。
多少ダーティな戦い方も周りに揉まれて習熟し、今ではシルヴァンにも劣らない。
「ぐぬぬ! か、確なる上は!」
教団の司祭は悔しそうに拳を震わせる。
さらなる増援を呼ぶと、今度はなんと火竜を顕現させた。
「ち! ドラゴンだと!?」
シルヴァンはドラゴンさえもコントロールするのかと驚愕した。
だがオーグやメルはそこまで動じていない。
なぜなら? 彼女らが今更ドラゴン程度に驚くはずがないのだ。
「ドラゴン……いいじゃない、一度やってみたかったのよ」
ピンク色のスライム? 司祭はきっと目を疑ったろう。
スライムごときが人の言葉を喋ったのだ。だがオーグらにそれを笑う者はいない。
クイーンスライムはカバンから飛び出すと、その身体を一気にあり得ない体積に増大させ巨大化する。
天井につく程の巨体、これこそがクイーンスライムだ。
「なっ! 馬鹿な……これがスライムだと!」
「クイーンスライムよ! スライム族こそ頂点生命体よ! オーホホホ!」
高飛車な高笑いが響くと、司祭は背を向け逃げ出した。
恐れを成した? どちらにせよオーグは構わない。
一人残らず転生教団の転生者たちは滅ぼす。
これ以上あの身勝手な悪意を見逃しはしない。
「メスガキエルフ! ここは私に任せて追いかけなさい! ムカつくけど、アンタがケリをつけて!」
「………わかったわ、メル、シルヴァン! 追うわよ!」
二人は力強く呼応すると、魔物の群れを掻き分け追いかけていった。
その場に残ったのはマルコとクイーンスライムだけだ。
クイーンスライムは足元に佇むマルコを見て言った。
「アンタは行かないの? 因縁の人間なんでしょ?」
「いや構わない、私くらいは君を支えさせてくれ」
因縁の相手よりも、クイーンスライムに寄り添うことを選んだ。
クイーンスライムは「そう」と頷くと、襲いくる魔物の群れに対処する。
「せえの! どっせい!」
クイーンスライムは無数の触手を身体中から生やすと、小さな魔物を一匹残らず弾き飛ばした。
雑魚に興味はない、クイーンスライムの獲物は目の前のドラゴンだ。
「ガオオオオン!」
ドラゴンは咆哮すると、強烈なファイアブレスを放った。
クイーンスライムは直撃を受け、爆発に飲まれた。
「クイーンスライム!」
「騒ぐんじゃないわよ……この程度!」
クイーンスライムは無事だ。多少表面が蒸発したろうが、クイーンスライムの体積を蒸発させるには火力が足りない。
お返しと言わんばかりにクイーンスライムはピンク色の津波を起こして、ドラゴンに被さった。
ドラゴンは暴れる、だがこうなればスライムは手強い。
「オーホホホ! 同化しましょうドラゴンさん! 同化すれば怖いものなんてない! ずっと平穏よ!」
相変わらず悪党じみたセリフが似合うクイーンスライムだが、今ほど頼もしい場面もないだろう。
ドラゴンはファイアブレスを放つが、クイーンスライムのコアを破壊しない限り、それはダメージにもならない!
しかしドラゴンとて魔物の頂点とは謳われていない。ドラゴンは奥の手と言えるファイアブレスの体内放射を敢行した!
「なに! ちぃ!」
ドラゴン自身が炎の塊のように燃え上がる。
マグマの熱にさえ耐えるドラゴンの熱耐性があってこその荒業に、クイーンスライムは思わず後ろに引いた。
「やはりドラゴンは手強いな」
「ちょっとムカつくわ、後ちょっとだったのよ?」
「アドバイスはいるかね?」
「いらない! それよりさ……アンタなんで永遠の命を拒んだの?」
「何故? ふむ……私は永遠は怖いと思う。確かに無限に時間があれば、いくらでも魔物を研究できるだろう。僕も魔物学者として偉大なる魔物大辞典の一ページを刻みたい」
「じゃあ―――」
「……だが、もしも永遠があれば、研究が終わったらどうする? 世界の真理に辿り着いたどうする? 僕は耐えられない、世界に謎がなくなったらどれだけつまらない? 有限だからいい、僕なりの研究成果を出して、世界が謎だらけなら夢はどこもまでも続くだろう?」
彼の意見を聞いてクイーンスライムは小さな声で「そう」と呟いた。
ほぼ永遠の命を持つスライム族は、ただ種族繁栄を第一にする種族だ。
特異点となったクイーンスライムのような例外はあっても、スライムとしての本能は揺るがない。
「やっぱり分からないわね、私死にたくないの。私こそスライムの国であり、母だもの」
「君はそれでいい、人間とは違うのだから」
ドラゴンは再び火炎を口元に溜め込んだ。
長期戦はクイーンスライムに不利かもしれない。
けれど彼女はドラゴンを格上だとは思わない。
真の強者は傲慢であっていいのだ。
「鬱陶しいわね……! これでもくらいなさい! ジュエルストーム!」
魔法か? いやそれはクイーンスライムの異能とも呼べる。
彼女は無数の宝石を体内に生成すると、それが嵐となってドラゴンに襲いかかった。
まるで神話に登場するジュエルゼリーの再来だ。ドラゴンといえど神話の力には敵わないか、強靭な竜の鱗もズタズタに砕かれた。
宝石はぶつかると同時に消滅するが、その威力はドラゴンさえもボロボロにする。
「オーホホホ! こんな小技程度にやられるなんて程度が知れますわ! オーホホホ!」
クイーンスライムのこの高飛車で傲慢な性格が時に彼女を窮地に立たせるというのに……。
けれどクイーンスライムは実に楽しそうで、マルコは鉄面皮に僅かに微笑みを浮かべる。
「さぁ! 同化しましょう! 私と一緒になりましょう!」
今度こそ、クイーンスライムはドラゴンに覆いかぶさった。
ズタズタにされた鱗はもはやクイーンスライムが体内に侵入するのを防ぐことは叶わなかった。
それでも激しく抵抗するがクイーンスライムはある意味慈悲に満ちて、ドラゴンを喰らった。
ドラゴンは内側から消化されると、やがてドラゴンの表面も溶かされていく。
彼女の中にはドラゴンの骨だけが浮かんでいた。
「うふふ、あはは、アーハッハッハ! ドラゴンでさえスライムには敵わない! やはりスライムこそ頂点よ! オーホッホッホ!」
ドラゴンでさえ敵わない、彼女が口にしたこのビッグマウスも終わってしまえば、なんていうこともない。
スライムにとって動くものは等しく餌というだけなのだ。




