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メスガキ転生  作者: KaZuKiNa919
第八章 メスガキ転生
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第64話 交差する線

 ベンの店、その日は二人の美女がテーブルで顔を合わせていた。

 ベーオウルフの一員、コールガとエルミアだ。

 エルミアはしかめっ面で不満を口にしていた。


 「まったく、オーグだけでなく、山猫まで黙って出ていくなんて!」


 エルミアは腕を組んでプリプリ怒っていても、やはり典雅(てんが)さを失わず美しい。

 けれど対面に座る銀髪の令嬢コールガも負けてはいない。

 だがその会話の内容はそんな美女二人の口からは不穏だった。

 少なくとも、コップを磨く冴えない店主のベンは遠目にそれを伺っては気にしていた。


 「原因はケイトの一件だろう! 水臭い! 何故私を頼らない!」

 「魔女様はお一人で片付けるつもりのようです……リン様もおそらくは」

 「転生教団か……私だって因縁があるというのに」


 かつてエルミアは転生教団にそのエルフの肉体を狙われた。

 あの時の恐怖はエルミアも忘れてはいない。けれどいつまでも恐怖を放っておくほどエルミアは小心者ではない。

 恐怖は克服してこそ強くなれる。そう信じているからこそ、エルミアはこうやって自分を強く鼓舞出来るのだから。


 「きっとエルミア様を心配しているのですよ、特に魔女様は」

 「ふん! オーグもオーグだ! 妻の私に何の相談もせず! 一言言ってくれれば喜んで先陣を切るというのに!」


 怒りの矛先がそっち? ベンは思わず呆れた。

 エルミアは弱者の振りが出来ない不器用な女だ。

 あの戦闘狂(バーサーカー)思考も、そんな不器用さの表れなのだろうか。

 だが戦士であるのはコールガも同じだ。

 勇敢な海の開拓者(ヴァイキング)である彼女もまた、死して屍拾う者なしを、地で行く性格である。

 勇猛果敢さならベーオウルフでも一番であろう。


 「同感ですわ……ただ、やり方が(つたな)い」

 「やり方が拙い……それって?」

 「勇敢な海の開拓者(ヴァイキング)は集団を狙うときヌシを狙います。いくら末端を潰しても巨大な群れはその程度では崩れませんから、だからヌシを仕留めれば、後は烏合の衆と化します」

 「なるほど、その点はエルフの戦術と変わらんな。大将首を置いてけ、なんて言うからな」


 本当なんて物騒な話しているんでしょう。

 ベンも思わず気分が悪くなったので、彼は新鮮な水を一杯飲み干しました。

 ふう、と息を付くと彼はあのメスガキエルフの顔を思い浮かべた。

 本当に無事でいるといいんだけど、彼女たちだけでなくベンにとってもオーグは迷惑客だが、いないと張り合いのない大切な客であった。


 「大将か……それさえ判明すれば苦労しないんだけどね」


 エルミアも顔に似合わぬため息を吐くと、ザクッとテーブルに並んだビーフージャーキーにフォークを突き立てた。

 すっかりジャンクフード大好きお姫様も、特にお気に入りがビーフジャーキーだった。

 彼女はそのままむしゃむしゃ頬張ると不満顔でゴクンと飲み込む。

 対するコールガは優雅にブラックコーヒーを飲みながら、静かに言った。


 「ある程度予測はつくのですが」

 「なに! コールガってば、アテがあるの!」

 「推測を含め、状況証拠を並べていけば答えはある程度絞れますわ」

 「ならこんなチンケな店でメシなんて食ってらんないわ! 行くわよコールガ!」

 「エルミア様! 急いでは事を仕損じるでしょう!」


 エルミアは直ぐに立ち上がると居ても立っても居られない様子だった。

 コールガも正義感の強い性格が時に災いするが、こちらは冷静だ。

 さらりとチンケな店扱いされたことにベンは目くじらを立てるが、当然声には出さない。

 長いものには巻かれろ、世渡り上手もベンの才能だ。


 「おい店主、代金置いてくぞ!」

 「まいどありがとうございました」


 ドタバタと二人の美女が店を出ていった。

 皿を抱える店員のケイトはそんな二人の背中を見つめて呟いた。


 「なにかが暗躍している……けれど魔女さんなら、なんとかしてくれますよね?」

 「どうかな……俺にはあのメスガキさんは無理してる気もするけど」

 「魔女さんを信じられない店長?」

 「信じるさ、でも英雄になるより、俺は無事な顔で帰ってきてほしい」


 ケイトはそんな店長に笑った。

 なんだかんだベンは、何もできないなりに心配はしているのだ。

 だからこそ店長として出来ることをするしかない。


 「フフフ、その為にもお仕事頑張りましょ店長」

 「ああ、帰ってきた時、飯位は用意してやらんとな」


 ベンはそう言うとエプロン紐をキツく締め直した。

 危ない橋さえ渡らなければそれなりの生活は出来る。

 けれどスリルのない人生ならばあの魔女はクソくらえと言ってしまうだろう。

 刹那的で快楽主義で、同時にベンには分からない信念があの娘にはある。

 だからこそベンは店を彼女たちが安心できる場所にしたいのだ。


 カランカラン。


 「あっ、いらっしゃいませー、お好きな席へどうぞー」


 新しい客が入ってきた。

 今は客も殆どいない、ベンは直ぐに仕事の顔に戻った。




          §




 奇妙な二人が足早に街を駆けていた。

 オーグとマルコの二人だ。

 マルコが肩から提げるバッグからは、ピンク色の小さなスライム――クイーンスライムが顔を覗かせていた。


 「つまり転生教団という(やから)と君たちは戦っているのか」

 「学者の先生にはごめんなさい、本当は巻き込むべきではないのだけど」

 「本当よねー、私達観光でやってきただけなのにさー?」


 バッグから顔を出すクイーンスライムは悪態をついた。

 オーグは少しだけ顔を曇らすが、すぐに決意に満ちた目で言った。


 「とにかく出来ることをする! なりふり構っていたら、被害が増えるばかりだわ!」

 「そうだな……放ってはおけない」

 「本当に呆れる程お人好しなんだから」

 「なにクイーンスライム君だって、力を貸してくれているじゃないか」


 そう言われるとクイーンスライムは半透明な頬を赤くした。

 フンッと不機嫌そうにそっぽを向くと、クイーンスライムは反論する。


 「勘違いしないでよね! 人間がどうなろうと知ったことではないんだから!」

 「そういうことにしておこう。クイーンスライム、『臭い』は追えるな?」

 「えぇ、魔力痕は続いているわ」


 『臭い』とは、人間とは違い魔物であるクイーンスライムは人間には殆ど追えない魔力痕を追跡出来るという。

 目も鼻もないスライムにとって、獲物にありつけるかが運では滅びゆくだけだったろう。

 だからこそスライム族は生命体の持つ魔力を追跡することに特化した。

 この能力があるからこそスライムは神出鬼没で、冒険者の前に現れるのだ。

 クイーンスライム程となれば、一国を覆える程の知覚範囲を有している。

 細々した追跡は苦手だが、覚えた『臭い』ならどこまでも追える自信があった。


 「それにしても転生ねぇ……人間ってのはわかんないわねー、なんでそんなこと考えるの? 毎日楽しく生きられたらそれで良いじゃない」

 「けど人は死を恐れるわ……その恐れがきっと、悪魔に魂を売るのよ」


 必ずしも死を恐れるから反魂の法を授かる訳ではないが、それでも最も根源にあるのは死の恐怖の筈だ。

 オーグでさえ死をどれ程忌諱(きい)したことか。だからこそフェニックスに魂を売るはめになったのだろう。

 オーグにとってアリスの肉体を使うことには罪悪感はあった。

 フェニックスにとって、死すべき命だったアリスになんの感慨もなさそうだが、オーグに死者を愚弄するつもりはない。

 役目を終えるようにオーグもまた、死が訪れれば今度こそそれを受け入れよう。

 ただ………願わくば穏やかな死を望むが。


 「止まって! この辺で魔力痕が消えてる?」

 「転移魔法でも使われたかしら?」 


 ニュータウンとスラム街の境に立ち止まるとオーグは転移魔法を疑った。

 それなりに高等魔法だが、転生教団の魔法使いならば使えても不思議ではない。

 転生魔法の痕跡は専門家ならば追えるが、生憎オーグにその知識はない。

 アリスならば可能だろうか、だがその天啓がこないということはアリスにも出来ない魔法はあると言うことか。

 だがなんの因果だろうか、そんな奇妙な二人と一匹を見つけて声が掛けられたのだ。


 「姐さん! やっぱり姐さんだ!」

 「魔女殿どうしてここに!」


 白黒の鎧に身を包んだ兄弟だった。

 オーグを姐さんと慕うシルヴァンはオーグの前に跪くと、その手をとった。


 「このシルヴァン、姐さんの為に男を磨いてきました!」

 「ふーん、そういう関係なのアンタって」


 クイーンスライムに白眼視されるとオーグは顔を真っ赤にした。

 シルヴァンにメル、これは偶然だろうか。

 ―――いや恐らくこれは偶然ではない。

 オーグ達は自然公園で遭遇した転生教団の幹部の魔力痕を追いかけ、一方メル達は転生教団は必ずスラム街に拠点があると核心して移動していた。

 2つの異なる(ライン)が交差したのだ。物語は加速しているのか。


 「マルコ殿、それにクイーンスライム殿? お久しぶりであります」

 「うむ、メル君もお久しぶり」

 「そーいやコイツ私のコアに傷つけたんだった、まだ落とし前つけてなかったっけー?」


 クイーンスライムは嫌な笑みを浮かべるとメルは苦笑いした。

 勿論クイーンスライムに今更恨みはない、あの程度の傷はクイーンスライムの自己再生範囲だ。

 ただ性格が捻くれているだけなので、ツンデレと思えばなんてことはない。


 「そうだ、シルヴァン! お前転移魔法の痕跡は調べられるか!」


 オーグはシルヴァンが転移魔法を操れるのを思い出すと、そう提案した。

 姐さんに頼られて駄目でした、じゃ男が廃るシルヴァンはフッと爽やかに微笑を浮かべて胸を叩いた。


 「任せてください姐さん! 今こそ愛を取り戻す時!」

 「そういう恥ずかしいのはいいからっ!」


 いちいちキザというかシルヴァンは歯の浮くような言葉を使いオーグを戸惑わせる。

 だが出来る男シルヴァンはすぐに、周辺の魔力痕を調べ始めた。


 「そういえばどうしてシルヴァンがここに?」

 「兄さんも転生教団を追っているであります」

 「ふむ、察するに君たち兄弟も因縁がある訳か」


 マルコは相変わらず抑揚(よくよう)のない鉄面皮で興味深そうに聞いていた。

 メルは何があったのか説明すると、オーグは顔を(ひそ)めた。


 「もう既にそこまで転生教団の魔の手は伸びてるのね」


 街の治安を守る筈の憲兵隊の長官が転生教団である。

 メルはそれだけでなく、他にも何人も憲兵隊には転生教団が潜み、転生教団関係の事件を揉み消しているという事実を知った。

 転生教団は権力者の肉体を奪い、密かに目的を果たそうと暗躍している。

 おそらくだがその目的は。


 「目的は神へ至ること、か」

 「転生教団は聖遺物(アーティファクト)を集めているであります。おそらく神を受肉させてその身を反魂の法で奪う為では?」


 その過程の実験で彼らはエルフを、ドラゴンを、オーガの肉体を奪った。

 エルミアが拐われた時、クラリスの魂を生贄に、海神(エーギル)の目に宿るエーギルそのものを邪龍の像に移した。

 おそらくあれも実験の一環だったのだろう。

 結果的にクラリスはエーギルの憤怒と憎悪に飲み込まれ自我が消滅したが、もし完全に神の肉体を掌握出来たならば、太刀打ちできなかっただろう。

 ならばこそ転生教団の計画は阻止しなければ、彼らはこの世界を瞬く間に闇に染めるだろう。


 「姐さん……転移魔法の痕跡は薄れて完全には無理だ、けれどこれは()()()引いたかもしれません」

 「うん? シルヴァンそれってどういう意味かしら?」

 「転移魔法の座標なんだが……明らかに下……なんだよな」


 シルヴァンはそう言うと地面を指差した。

 オーグはふと、無造作に蓋されたマンホールの丸い鉄の蓋に注目した。

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