第63話 再会、そして
「……ん、くう?」
体が痛い、激痛という程でもないがオーグは顔を歪めると目を覚ました。
それに気付いたのか、ピンク色のスライム娘がオーグの顔を覗き込んた。
「あ、目覚めたわね! ねぇ彼女目覚めたわよーっ!」
「……あ? お前クイーンスライム?」
スライム娘クイーンスライムは振り返るとニコリと笑った。
あのオオティコ大空洞の主がどうしてここに?
いや、そもそもここはどこだ?
オーグはゆっくり辺りを見渡すと、見慣れない部屋の中だった。
宿屋か? オーグは動こうする、しかし粘ついた物が纏わりついて、オーグは動けなかった。
緑色の少し毒々しいスライムがオーグの首から下を覆ってぶくぶくと泡立っていた。
「ねえ? これはどういうこと? アタシ溶かされてるのっ!?」
この緑色のスライムは間違いなくポイズンスライムだ!
毒を持ってて、素手で触れただけでも危険だと云われるスライムにオーグは顔を青くした。
ドタドタドタ!
不意に部屋の外から足音が聞こえる。
バタン、と扉を強く開くと、眼鏡を付けた小人族の男が入ってきた。
「目覚めたか魔女君」
「た、助けて! スライムに喰われる!」
「そのスライムはヒールスライムだ。少し毒々しい色合いなのは薬草を大量に摂取している為だ、誤認しがちだが、ポイズンスライムではない」
「―――へ?」
オーグは間抜けな顔をすると、クイーンスライムはクスクス笑った。
今更人に仇なす存在になったのかと、ちょっと疑ったが事実大ダメージを受けて重症だったオーグの体はほぼ万全なまでに快復していた。
「戻りなさい眷属、驚かしちゃったわね」
クイーンスライムが命令すると、コアを持たないヒールスライムはクイーンスライムと融合する。
オーグは体が自由になると、指を開いて閉じて、動作を確認した。
「治ってる……それにしてもどうしてあなたたちが?」
「なに、クイーンスライムが人の営みを見てみたいというのでな」
「よーするに観光よ、観光! 人の営みを知らなきゃ、何に気をつければいいかわからないものね」
観光……なんにせよ、そのおかげで助かったのにはオーグは感謝しかなかった。
オオティコ大空洞の主であるクイーンスライムと、魔物学者のマルコ。
偶然にもこの二人との再会に、オーグは運命の神に珍しく感謝した。
「それにしても一体何があったのだね? 爆発現場で君が倒れていたのはビックリしたよ」
「ほんとにねー、怪しい魔力痕を感じたから、そしたらオーグがいるんだもの」
オーグはまだ痛むのか頭を手で抑えるが、直ぐに首を振った。
説明しても何が出来る……か、一瞬そんな打算を覚え、オーグは自分に嫌気が差した。
ルキの無事もわからないってのに、なに遠慮してやがる。
もう失うのは二度とごめんだ! 彼女は顔を上げると二人に何が起きたか説明した。
§
街ではここ最近不自然な事件が多発している。
街の治安を守る憲兵隊は今人手が足りないほどだった。
そんな憲兵隊の本庁に白銀の鎧を纏った少年が訪れていた。
「メルヴィック・ガドウィンであります! 署長殿はおりますでありましょうか!」
メルは署長との面会を希望して、窓口に来ていたが、今は本庁には事務職員位しか残っていない状態だった。
最近魔女殿の様子がおかしい、特にケイト殿を救出したあの日から。
正義感の強いメルが魔女の辛そうな顔を見て黙っている訳がなかった。
女性の憂いを黙っていては騎士道に反する。
ましてそれが大切な女性ならなおのことだ。
「こ、これはこれはメルヴィック様! わ、私になんの用ですかな?」
上等な髭を蓄えた小太りした初老の男性は、ハンカチで顔を拭きながらメルの下に駆け込んできた。
少々威厳のない男だが、父ガドウィンに仕える騎士であり、メルの顔見知りでもあった。
「ザク殿、お久しぶりであります! 用というのは、転生教団ことであります」
転生教団、その名を聞いたザク署長は汗を吹き出した。
メルは馬鹿ではない、その反応を見て、なにか知っていると確信した。
「教えて下さい、転生教団ことを!」
「め、メルヴィック様、ここではその……署長室へ、その、来てください」
ザク署長はなにかビクビク怯えているように見えた。
不審に思うが、メルはたとえ虎の尾を踏もうと蛇の道を進もうと、もう止まるつもりはない。
ザク署長の背中を追いかけると、二人は署長室に入った。
署長室は大きな作業机に、トロフィーの飾られた棚がある。
どことなくガドウィンの執務室に似ているが、どこか質素にも思えた。
「それで転生教団は……?」
「その前にメルヴィック様、この街についてどう思います?」
「は? 街についてですか……この西部でここまで繁栄しているのは誇らしいことかと思いますが」
「ですが急成長の裏で、繁栄についていけなかった者達が、連日犯罪に手を染めています」
「そ、それは……政治の話はまだ口出し出来るほどではないでありますが、王国が資金援助すれば、環境の改善は可能なのでは……」
メルは突然の言葉に戸惑った。
とはいえよく鍛えられた子だ、返す言葉には彼なりのはっきりした信念が垣間見れる。
だけど何故いきなり政治の話? 転生教団となんの関係があるのか。
メルは頭が良いからこそ、署長の言葉の意味を探し求めた。
署長は脂汗をハンカチで拭くと、窓を見た。
「暑い、この建物の中は蒸しましてな……されど改善するのに、予算もない」
「予算……でありますか?」
メルには金の関係は疎かった。
超が付くほどのお金持ちのご子息だ、金で困ったことなどもちろん無い。
だからこそ違和感には気づいていたのに、原因が理解できなかった。
「我々の現状でさえ満足な予算を得れていない。ましてそのような予算で日々犯罪と戦わねばならない気分がお分かりしますか?」
「で、でも憲兵の皆さんは正義感が強く……」
「全てがその限りではありません!」
ビクン、メルは怯えて肩を震わせた。
ザク署長の様子がおかしい、署長は怒っているのか、机を叩くと、彼は語りだした。
「スラム街を見ましたか? 犯罪の多くはあのスラム街の住民達が原因です! ですがその犯罪を我々に防ぐのは不可能だ! 人もモラルも、そして生活が! なにもかも足りないのだ!」
思わずメルは後ろに引いてしまった。
怯えている? そうだ、無知だからこそザク署長の怒り怯えていた。
表向きメメントは急成長した栄華を誇るが、その一方で負の側面は臭いものに蓋をするように封じてきた。
ザク署長はそれを強いたのは誰か知っている。
それは貴族達だ。貴族達の筆頭であるヴァサラガは、街の運営には無頓着で、他の貴族達は利権を翳して暴利を貪る。
先富論じみて、この街は大きな歪みを抱えてしまったのだ。
「だからこそ……だからこそ転生教団は……我々は立たんといかん!」
ザクはそう言うと、机から剣を取り出した。
メルはとっさの事に白銀剣を抜くのが遅れてしまった。
「ザク署長! 乱心したでありますか!」
「私は乱心などしていない! 腐った貴族は全て滅ぼすのだ! メメント・モリ!」
ザクは剣を構えると、メルに襲いかかる。
メルに恨みや責任があるとは思えないが、ザクは錯乱した顔で正常な判断が出来るとは思えなかった。
剣は間に合わない、ならばとメルは籠手でザクの剣を弾いた。
ザクは驚く、この坊やがあの状況からこの反応を返したことに。
メルも気づいていないが、メルの実力はメキメキ上がっていた。
ザクの動きはエルミアやリンに比べると断然遅く、対応は簡単だった。
グレンデルのような豪腕もなく、ドラゴンの爪さえも止めて見せた重装騎士がそう簡単に致命傷をもらうとも思えないが、メルは即座に動いた。
「ザク殿! ご容赦を!」
「ぐわっ!」
メルは堅実に、籠手でザクの首を叩いた。
ザクはドサリと重たい体を倒すと、メルは息を整える間もなく、ザクになにがあったのか推測する。
「どうしてザク殿が貴族にあんな恨みを……」
トントン。
不意に、窓を外から叩く見慣れた青年がいた。
メルは窓を見ると驚いた。直ぐに窓辺に駆け寄るとメルは喜色を浮かべた。
「シルヴァン兄さん!」
「よぉメル、話は後だ、ついてこい!」
メルは一瞬倒れているザクの介抱をどうするか悩んだが、愛する兄を信じると窓を開け、外に飛び出した。
あまり整備されていない裏庭に着地すると、シルヴァンはメルに手を貸し、メルは立ち上がった。
「一体なにがあったであります?」
「ここを離れるのが先だメル」
メルは素直に頷くと、二人は何事もなかったように憲兵隊本庁から離れた。
しばらく両脇に店の並ぶ商店街を歩きながら、シルヴァンはようやくメルに話しかけた。
「とにかくメルが無事で良かったぜ」
「それ、どういう意味でありますか?」
「今憲兵隊はな、転生教団に支配されている」
それを聞いてメルはまさか! と疑った。
だがザクの反応はどうだったか?
ザクは貴族の支配に恨みを抱いていた?
思えばザクはあんな男だったろうか?
メルに剣を向けた時、どうしてもザクの乱心が信じられなかった。
そこまで考えれば賢いメルなら自然と答えは出るのではないか。
メルは深刻そうな顔で推測を述べた。
「署長はすでに肉体を乗っ取られている?」
「間違いないだろうな、ここ最近ザクの様子がおかしいという情報も得ている」
想像するだけでメルは顔を青くし、そんな身勝手な行いに恐怖した。
あれはザクであって、ザクではなかった。
転生教団にその地位に目を付けられ、肉体を奪われたのか……。
ザクは顔見知りだからこそ、違和感は気付けた。
でも……もしもこれが顔も知らない相手だったら……そう思うとどこに転生教団が潜んでいるか恐ろしくなる。
転生教団は他人の肉体を反魂の法によって奪い、その人物に成り代わる。
よほど親しければ人が変わったと気付くかもしれないが、転生教団の身勝手な恐ろしさはそこからだ。
転生教団は親しい者はまず殺す、絶対に足跡を残さないためだ。
貴族の多くが殺人事件の被害者になっており、死亡者は女子供さえ含まれている。
かつてクラリスを思えば、転生教団は明確に地位の高い者を狙っている。
「シルヴァン兄さんも転生教団を追っていたでありますか?」
「あぁ、国中を動きながら俺は転生教団を追っていた。しかし転生教団の活動は圧倒的にメメントで多いことに気付いたんだ……この街はなにかある」
「メメントが本拠地なのでありますか?」
「分からない……ただ不可解な点が多いんだ」
城塞都市メメントが築城されたのは、元々西方から攻めてくる異民族に対抗してだった筈だ。
少なくとも歴史ではそう習っている。
けれどもメメントが誕生以降西方の異民族が侵略してくることはなくなった。
メメントに驚異を覚えたというより、それよりもっと前に国と国が融和を結んだからだ。
かくして誕生以前からメメントには存在意義に疑問点はあった。
結果として城塞も兵力も最低限を残して、メメントは西の経済拠点として発展することになった。
だがシルヴァンはその異常な資金投入と発展にも疑問を持っていた。
「王都にも一度行ったんだがな……デカい街は少なからず貧民街が生まれる……だがメメントは異常だ」
「スラムが多すぎるであります?」
メルもザクとの問答で思い出した。
ずっと貴族が見て見ぬ振りをしていたスラム街は、表に住む者と同等の住人を抱えている。
正常な都市ならこれは異常だ。シルヴァンはだからこそ確信した。
「この街は転生教団に支配されている……街の治安を司る憲兵隊は転生教団に掌握され、広大なスラム街を迷宮にして転生教団は暗躍しているんだ」
「そんな……それじゃ対応しようがないであります」
「あぁ、だが転生教団だって無差別にテロ紛いの活動をしている訳じゃない筈だ……そこに付け入る隙はある筈だ」
本当になんとかなるのだろうか?
メルにしては珍しく弱気だった。けれど転生教団は何を考えているのかまるで分からず、それは明確な暴力よりもずっと恐ろしいものだった。
こんな時魔女殿がいればどれだけ救われるのだろう……。
「とりあえず一度姐さんと会いたいんだがメル……姐さんはどこにいる?」
「魔女殿は……」
メルは顔を暗くした。
ケイトの一件以来なんだかオーグの様子が変わった気がした。
穏やかになったというか、かつての荒々しさと違って女性的になった。
けれど彼女の内面には、転生教団への激しい怒りが隠れている。
オーグはメルを自身の勝手な行動には巻き込むつもりがなかった。
だからメルに何も告げず、彼女は独自に転生教団と戦う道を選んだ。
メルは悔しかった。自分が力不足だから魔女はメルを切り捨てた。
少なくともメルはそう思っている。だからこそメルは自分の出来る限りの力を持って転生教団を追い詰めると誓ったのだ。




