第62話 夢
転生教団の動きは活発化している。
そう感じたのはルキだけではなく、オーグもだった。
太古の昔より静かに暗躍する転生教団、その目的が神へと至るという驕るべき行為だとしても、その中で犠牲になった人々は呪いを発し続けるだろう。
――オーグは夢を見ていた。
メスガキエルフの体になってからロクに見ていなかった夢を。
「ねぇお頭、そのジャラジャラとした指輪、悪趣味」
「あん? いいんだよ悪趣味で、その方が盗賊らしいだろうが! ガッハッハ!」
天に突くほどの大男は豪快に笑う。ここは龍のキバのアジトだ。
下っ端どもと面白おかしく生きていた、ある意味で一番幸せな時代。
「け、けど……その赤黒い指輪はやめた方がよくない? な、なんていうか……その、不気味だよ」
ガリ勉のベンは怯えた様子でフェニックスの力が宿ると思われる指輪を指した。
当時のオーグは聞く耳を持たない。無理もないが呪いなど歯牙にもかけない傲慢な男だったのだから。
財宝と酒をこよなく愛したオーグにとって、指輪は力の象徴だった。
だから指輪の価値や意味には大した理由はなくて、その赤黒い指輪も、襲った商人が命と引き換えに差し出してきたのを受け取っただけだ。
商人曰く、どこかの貴族の家宝だったそうだが、資金難で商人に売ったのだという。
貴族の家宝ってんなら悪い気もしなかったが……まさかアレが聖遺物だったなんてな。
「お、俺、血……苦手なんだ……」
「この鼻垂れ小僧が! だったらまずは体を鍛えるんだよ! 俺様みたいにな!」
「……暑苦しいから外でやって」
今見ると本当に暑苦しくて鬱陶しいな。
自分で自分を客観的に見ると、苦笑いした。
筋肉を鍛えるのが大好きだったのに、今は少し運動しただけで直ぐに息切れする。
どうしてこんなに貧弱になってしまったのだろう。
「リン、それより次の獲物は見つかったか?」
「全然、やっぱり警戒されてるわ。商人も滅多に通りかからないし」
「ふーむ、エルフの国には和平が成立しているしな」
エルフの国には毎月特産品を献上させているが、その収入も微々たるものだった。
なら街を襲うか……しかしリンは首を横に振る。
「騎士団に喧嘩売るのはやばい」
「騎士っつても、地の利を活かせばやれるんじゃねーか?」
「同数ならそうかも知れないけれど、向こうは何十倍もの物量戦を仕掛けてきたら一溜りもないわよ」
結局オーグが街を襲うことはなかった。
リンの進言が強く効いたのだ。盗賊は自由で面白おかしく生きられると言っても、生活は酷く安定しない。
「財宝とか、その指輪とか売れば、当面は食いつなげるでしょうけど」
「かぁー! ケチくせぇ! 盗賊がお宝抱えなくて、何が盗賊だってんだ!」
「お金は回さないと経済は回らないわよ……安定資産以外はキャッシュに替えるべき」
リンはとにかく現金主義、盗賊のロマンをこれっぽっちも意に介さねぇ。
これだけはリンとは意見が合わなかったぁと、しみじみ思った。
結局稼ぎは冒険者の身包みを剥いで、装備品を売り捌いて身銭を稼いでいたっけ。
――思えば、ここは分水嶺だったのだろう。
もしもベンやリンの意見に従っていたら、オーグは今もあの暑苦しい大男のままだったのだろうか。
それともやっぱり死は確実で、今なんてなかったのか。
運命とは時に残酷だ。こうだと思った選択肢は思いっきり間違っていて、どうでもいい選択がずっと後で結果を出すことも。
メルやコールガと出会えたのも、思えば偶然なのだろう。
そもそも大男のオーグでは、絶対になかった縁だった筈だ。
むしろメルとは確実に敵であったし、コールガも己の正義に従えば敵として相対していたはずだ。
そしてオーグ自身も、メルをなぶり、コールガも盗賊らしく陵辱していた筈だ。
だからこの選択肢は間違ってなどいなかった。そう信じたかった。
「ねぇお頭……」
「ん? 神妙な顔してどうしたリン?」
「もしもアタシがドジを踏んで死んじゃったら、悲しい?」
「ああん? んー、ぜんっぜん想像できんな、だってお前やばいと思ったら俺様置いて逃げるだろ?」
「うん逃げるわね。それが掟でしょ」
そう、掟に従ったからリンは生き延びた。
生き残れ、生きていれば必ず次はある。その教えを忠実にリンは守った。
でも……リンはもしもの時はどうするのか問う。
馬鹿で粗暴な大男のオーグは五秒も頭を使うことができず、曖昧な答えしか出せないのだ。
なんて情けないと、自分を呆れる。代わりに彼女が答える。
――死なせない。お頭が守ってやるからな。
夢の中でその言葉にどれほどの意味があるかはわからない。
現実はこれなのだから、だからこれは決意表明のようなものだろう。
オーグは馬鹿で間抜けだし、これからだって間違いを起こす。
けれども自分が良いと思った選択を絶対に悔いだとは思いたくない。
やがて夢はゆっくり暗転、気がつけば彼女の前にアリスがいた。
「アリス――じゃ、ねえんだろう?」
「……妾を感じ取るか、贄よ」
その瞬間、アリスの体が燃え上がり、赤黒い炎を纏った鳥が目の前に顕現した。
神鳥フェニックス、そう呼ぶには禍々しい炎だが、オーグの深層の中に潜むもの。
「俺様は誰だ? 俺様がフェニックスなのか?」
「そうであり、そうではない。汝妾の器にして、妾そのもの……そなたはそなたである」
「難しい言葉あんまり使うなよ、俺様は馬鹿なんだ」
フェニックスはクククと笑った。
炎の鳥の表情は人の身では正確には理解が及ばない。
だが今フェニックスは邪悪に微笑んでいる気がした。
油断はできない。神だなんだと言われても、オーグが信じられるかは別なのだ。
そんな馬鹿をある意味で誰よりも理解しているフェニックスはオーグにあることを告げた。
「愚かにも妾の真似事をする愚者がおる。汝よ愚者を許すな……転生の輪は人が乱していいものではない」
「転生教団を潰せか……出来るならそうするが」
「出来よう? 汝は妾……妾は汝……真の力を持つのだから」
オーグにはフェニックスが本当に理解できない。
フェニックスははっきりオーグを贄と言っており、この体がフェニックスの為の生贄なのは分かっている。
神の身において、この肉と魂になんの価値があるのか判然としないが、オーグは拳を握り締めた。
「望み通りってのが癪だが……やってやる。その代わり力を寄こせ」
「ククク……寄こせと申すか……ククク!」
視界が炎に染まる。
フェニックスの笑い声が空間に響き続け、オーグの意識はそこで途絶えた。




