第61話 命を賭す覚悟
「……ターゲットだ」
不意にルキの顔色が変わる。平和な自然公園、辺りに人影は少ない。
少し離れた場所に赤子を優しく抱く若い女性、やや手前に白い貴族のような服を着た老人と、明らかに身分の違う平民……いや、スラムの住民か?
随分アンバランスな組み合わせだ。
だがオーグの長耳はそんな異質な集団の声を長耳で拾った。
「聖遺物はここに」
「ありがとうございます。お二人共よくぞご無事で」
聖遺物? そんな貴重品の引き渡しをこんな場所でやるのか?
老人はケースに収められた聖遺物を確認すると、ニッコリ好々爺に微笑んだ。
とりあえず黒確定……だよな?
「……こんな場所でアイツらが聖遺物の引き渡しをやるって、一体どこで掴んだんだよ……」
「蛇の道は蛇だ……仕掛けるぞ」
優れた情報屋なら、物資の異常な運搬を掴むことも出来る。
ルキはここで聖遺物が運ばれていることを知って、先回りして最終確認をしたのだ。
もはや疑う必要もないだろう。聖遺物を欲しがるなど、転生教団の幹部としか考えられない。
もし学者なら自分の研究室で、国王なら厳重な城の一室で、聖遺物そのもの、一般には知られていないし、ましてそれがなんの役に立つのか知るのは、一部の学者くらいだろう。
ただ、大抵は祀られるように聖遺物に何か力はあるのだろう。
海神の目には、海神の力が込められていた訳だしな。
ルキは布を巻いた剣を掴むと、椅子から立ち上がった。
オーグはとんがり帽子を目深に被ると、ルキに合図する。
「援護はしてやる」
「……任せる!」
小さな合図、ルキは頷くと素早く老人に向かって駆けた。
「ッ! そこのお前止まれ!」
「……邪魔だ」
一人がルキに気付く、だがルキは止まらない。疾風のごとく、その身を矢と化して彼は剣を両手で構えた。
電光石火、慣れた手付きでルキは老人の心臓に剣を突き刺した。
「がはっ! あ、あはは……これ、はこれは……ぐぅ!」
老人は剣を突き刺されているのにまだ余裕のある顔だった。
なんだ? 転生者は不死身じゃない、あのダメージは致死量の筈だ。
「おいルキ! 何かおかしい!」
「……ち!」
ルキは剣を引き抜くと、鮮血が飛び散った。
老人は更に血を吐く、どう見ても致命傷だ。
しかしそんな惨劇を間近で目撃した赤子を抱えた若い女性が悲鳴を上げる。
「きゃあああああああ! 人殺しー!」
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
赤子ははたしてどちらに驚いたのか。
だが老人の側にいた二人は待ってくれない。
ルキを制止した方は、ルキに棒で襲いかかる。
剣で棒を弾く、だが彼の意識は老人に向いていた。
「ぐ、ふふ……よもや先回りとは……しかし、詰があま、い――」
その瞬間老人の身体からどす黒い霊魂が抜け出す。
老人の体はよほど酷使していたのか直ぐに赤黒い灰となった。
老人の魂はなんと、悲鳴を上げて狂乱する若い女性を選んだ。
「あ、く……はぁ! ふふふ……」
「ちぃ! また反魂の法を! だが直ぐにもう一度地獄に送ってやる!」
「さて、できますか?」
「舐めるな!」
ルキは棒使いを押しのけると、電光石火で乗り移った女性に切りかかった。
しかしルキの剣が寸前で止まる。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
「赤子ごと斬るしかありませんね? けれど斬れますか? 赤子に罪はありません」
「こいつ赤子を盾に……!」
わんわんと泣く赤子を平然と盾に使うとは、オーグはそこまで死を否定する転生教団により強い怒りを覚えた。
なんとか赤子を助けられないか、オーグは一か八か賭けに出る。
「頼むから赤子は傷つけないでくれよ……ホーリーライト!」
「ぬっ!」
オーグは杖を前に出すと、杖から極光の聖なる光が閃光となって公園内を包んだ。
転生の法により、魔の存在と化した女性は光に焼かれて身を爛れさせる。
だが赤子は無傷……しかし!
「皆さん……いまこそ貴方たちの役割を果たしてみせなさい」
「こいつら生身……!」
「この魂、転生教団へと捧ぐ!」
棒を持たない青年はそう言うとマナを全身から吸収し、エテルを生成、魔力を精錬、全身に魔力を充填させた。
なんだこれ、なんの魔法? オーグは何か胸騒ぎを覚えると咄嗟に次の魔法を練り上げる。
「マジックシールド!」
淡い翠緑色の光を放つバリアがオーグの前に展開される。
その読みは正しい、ただし――。
「我が魂よ燃え盛れ! ソウルバースト!」
青年が叫んだ魔法。
青年の体は凄まじい魔力の流れに全身を発光させる。
そして叫ぶと同時に凄まじい魔力の奔流が大爆発を起こした。
それは青年の命が粉々に砕け散る威力であり、まさしく自爆魔法だ。
マジックシールドはいともたやすく貫かれると、オーグは爆風に巻き込まれた。
「きゃあああああ!」
周囲一帯が消し飛ぶ火力。オーグは地面をバウンドすると、よろよろと意識が朦朧とする中、事態を把握した。
「ありがとうメシュ君、君の魂が神へと届かんことを」
「司教様、今すぐに」
「ええ、行きましょうか」
棒使いは司教に体を貸すと、すぐに逃げ出した。
ルキは逃げた司教と、ボロボロのオーグ、状況判断が試された。
「い、け……ルキ、アタシは、大丈夫……だから」
ルキは驚いた、あれだけの威力の爆発に巻き込まれてまだ意識があることを。
オーグの後押し、ルキは「くっ」と苦々しい顔をすると司教を追撃する。
ルキが行ったのを確認すると、オーグはやれやれと瞼を閉じた。
(正直回復魔法もちゃんと覚えるべきかねぇ? 体、動かないわ……このままじゃ死んじゃったかしら?)
アリスなら知らないが、オーグはここに来て回復魔法を覚えていないことを後悔した。
大爆発が起きたのだ、いずれ人が集まってくるだろうが、オーグは救助頼みなことを悔しく思う。
ドジった。だが過ちは過ぎ去った後で、もはや後悔したところで意味はない。
ともかくルキが目的を果たすこと、それをオーグは祈った。
「この騒ぎは一体……?」
「見て! あれ、あの生意気なメスガキエルフじゃない?」
「む、たしかに魔女君だな、あれは」
誰だ? 聞き覚えのある男女の声。
なんにせよ運は味方しているってことか。
オーグはまだ負けちゃいないと理解すると、満足して気絶した。




