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メスガキ転生  作者: KaZuKiNa919
第八章 メスガキ転生
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第60話 魔女と復讐者

 城塞都市メメントには区画整備でいくつか街の特色が出ている。

 街の中央は街を管理する役人達が実際に事務仕事する中央庁舎。

 その周囲を取り囲むように、警察署に相当する憲兵隊本署、民事刑事双方の事件を処理する裁判所。

 そしてその外縁部には貴族街があり、外側には市民街が広がっている。

 スラム街は街のいたるところに点在しているが、街の広さは有限故に区画整理で一掃されることも多い。


 多大な人口が密集するメメントは治安もそれほど良くないが、数少なく安全なエリアと言われる場所があった。

 それが街の外縁部にある自然公園内である。

 普段は比較的裕福な市民や、余裕のある人生を送りたい貴族といった程度の人間が利用する程度の公園だが、公園内は良く整備されており、浮浪者もいないことから市民の憩いの場となっていた。

 そんな場所にはとても似つかわしくない男女が、備え付きの椅子に座っていた。


 鮮やかなピンクの髪、尖ったエルフ特有の長耳、吸い込まれそうな翠星石の瞳、背は小さいのに、扇情的で魅惑しているかのようなロリ巨乳。オーグは小さな声で隣に座る青年に声をかけた。


 「つまり……あなたの妹が、反魂の法で犬にされた……それが復讐の理由、なのね?」


 隣に座る、まだどこか幼さを顔に残す暗紫のローブを纏った青年は、憎悪に歪んだ顔で歯ぎしりすると、小さく頷いた。

 オーグは目を細め、この青年ルキに憐憫(れんびん)の思いを抱く。

 憎悪ってのは、人をこんな風にしちまうんだな……と、その憎悪の可能性はオーグ自身にさえあると思うとオーグは薄ら寒さを覚えた。


 「転生教団の目的はわからん……いや、わかりたくもない」

 「それはやっぱり……ありきたりだけど、世界征服ではないかしら?」


 顎に小さな手を当て考えるオーグ、盗賊としてその日を楽しく生きられればそれで良かった少女には、そんな大それた野望は理解が及ばない。

 子供なら――特に男子なら世界征服とか、自分の王国を建国するとか、とにかく荒唐無稽(こうとうむけい)な夢を抱くものだ。

 けれどそれを大人になっても実行するのは、馬鹿のすることだ。


 「アタシは馬鹿は好きよ。馬鹿じゃないと叶えられないことだってあるんだから」


 堅実に生きることを否定はしないが、いつだって偉大なことをやり遂げた奴らは大馬鹿者だ。

 周囲から否定されても、馬鹿みたいに打ち込んだ努力や研鑽がいつか実った時そいつは歴史に名を残す。

 大盗賊団龍のキバは皮肉だが早々に人々の記憶から消え始めている。

 情報屋も鮮度の良い情報を次から次へと更新されていけば、オーグの名もいつしか誰も知らないものになるだろう。

 「あーあ」とオーグは天を仰いだ。結局自分は何者なのか。

 フェニックスの依代(よりしろ)……アリスであり、オーグであり、けれどそれらは否定された。

 反魂の法に近い……いや、より完全な転生術、それをオーグは握っているらしい。

 少なくとも魂の奥底にフェニックスという神鳥が潜んでいるのだ。

 フェニックスが何故オーグをアリスの器に転生させたのかは分からない。

 ただオーグはこれだけは確実だと考えている。それは転生教団の身勝手な蛮行を許してはならないと。


 自分自身相当強欲で身勝手だと自覚しているが、それでも人間としての一線は踏み越えたつもりはない。

 だが転生教団の奴らは違う、いともたやすく踏み越える。

 自分の理想の姿を得る為に、自分にはない名声を簒奪(さんだつ)する為に、あるいは大義の為に。


 「正直誰が王様だろうが、アタシには関係ない。アタシは盗賊だ、盗賊は好きに生きる」

 「今も盗賊か?」

 「……どうかしら? 変わったつもりはないのだけれど……少し自信ないかも」

 「お前はアリスでもある……お前が思っている以上にアリスと自我が融合しているんじゃないか?」


 オーグは目を閉じると、己の内側に潜む『モノ』を感じようとした。

 しかしアリスの気配はない……アリスだと思いこんでいた『モノ』こそ―――この血のように赤黒い炎なのだろう。

 オーグにアリスとしての記憶は全くない。

 だが肉体の主導権はオーグが握っている。

 もしもアリスの人格もあるのなら、一度くらい表に出てきてもいいはずだ。

 オーグは考えても答えが出ないとゆっくり目を見開いた。そして諦念に満ちた顔で言い切った。


 「もうとっくに……アタシはオーグでもアリスでもないんでしょうね」


 それが誰かと問われれば困るだろうが、もう彼女をオーグと呼ぶのは適切じゃない。

 初めから、フェニックスの魔石に宿る神鳥の残滓で転生した時から正確にはオーグではなかった。

 人格としてはオーグがベースだ、けれど肉体に引きずられてオーグの雄々しさは欠片もなくなっている。

 ――どころか悪化していた。

 もうこの可憐な少女を蛮族の王オーグだと言い張るには無理があるだろう。

 誰もオーグを知る者がいなくなった時こそ、本当の意味でオーグは消滅する。


 「やってらんないわね……オーグでもない、アリスでもない。アタシは名無しの魔女(ウィッチ)ね」


 通り名として魔女の名が浸透してきたのも皮肉といえば皮肉だ。

 ルキは冷たい視線でオーグを見ると、小さく呟いた。


 「介錯が欲しいなら、いつでもやってやるぞ」

 「……ブラックジョークどうも、ていうかあなたが言うと冗談に聞こえないわ」

 「実際冗談ではないからな、全ての転生者を殺す……優先度に違いがあるだけだ」

 「つまりアタシもいつか殺す、と?」

 「そうだ……いつになるかは知らんが」

 「随分適当な暗殺者ね」


 青年ルキは、歪んだ正義の持ち主だ。

 妹を野良犬に転生させられ、守るべき者さえも自らの手で殺めた時、彼は壊れた。

 妹をこんな姿にした鬼畜どもを必ず見つけ出し(むご)たらしく殺すと誓って、泥を(すす)ってでも生き延びた。

 壮絶な人生を送り、ようやく転生教団の尻尾を掴むと、彼は教団を皆殺しにしていった。

 どんな理由であれ、身勝手な転生を繰り返す狂信者どもを生かす理由はない。

 復讐の女神さえも目を背けるような凄惨(せいさん)な光景を何度も見てきて、彼の精神は極限まで擦り減らしていた。

 けれど、オーグはそんなルキの手に優しく手を重ねた。

 ルキは驚き、少女の優しい顔を覗いた。


 「あなたにはまだ人間性がかろうじて残っているわ……畜生(ちくしょう)になる必要はない」

 「……それは地獄を見たことのない奴の勝手なエゴだ」

 「アタシだって、色々見てきたのよ? こう見えても多分貴方の倍は生きているもの……あ、エルフだからむしろ十倍くらい?」


 ルキはオーグの思考がわからなかった。

 悪逆非道の男で知られたオーグと、優しい聖母のようなオーグ、果たしてどちらが彼女の正体か。

 恐らくだがそれは牛乳とコーヒーが均等に混ざりあったカフェオレのようなものだ。

 人とというのは複雑で『虚ろう』。性格など明日には変わっているかもしれないし、変化する生き物だ。

 だからルキはこの少女に確固たる枠組みをはめるのは不可能に近いのだ。

 『虚ろわない』のは神だけであり、『虚ろう』からこそ、人間は間違いも起こす。


 「あなたの復讐は否定しない……でもね、あなたには光の道があってもいいと思うの」

 「何故そう思う?」

 「多分放っておけないから、あなた放っておいたら誰にも知られず死んじゃいそうだもの」

 「もとより目的の為なら命は捨てている」

 「子供らしくはしてられない?」

 「子供であれた時なんてなかった……俺には」


 オーグはルキがリンと似ていると思えた。

 一つ違うのはリンにはオーグがいて、ルキにはオーグがいなかった。

 リンは生きる為に必死で盗賊の技を覚え、勉学も頑張った。

 本当はオーグに甘えたいのに、オーグは有能なリンを盗賊の一員としてしか扱わなかったから、リンに思春期は訪れなかった。

 もしもオーグがリンを拾わなかったから、リンもルキのようになっていたのかもしれない。

 そう想像すると、ルキが放っておけなくなった。


 「アタシ、対岸の火事に手を出す野次馬根性はないつもりだけれど、これは特別よ? 光栄に思いなさい?」

 「奇妙な奴……俺なんかの為に」

 「なんかじゃないわ、ルキ、人生はまだまだこれからよ? 人生の先輩のアドバイスはありがたく受け取りなさい」

 「……俺に暗殺術を教えてくれた師匠も、人生のに無駄なことはない。無駄だと思うなら、それは活かし方を知らないだけだと、言っていた」

 「あなたお師匠様がいたの?」


 ルキは静かに小さく頷いた。

 彼が無からオーグを殺せるほどの暗殺術を磨いた訳ではない。

 ハングリー精神こそ並外れていたが、その才能を開花させたのは師匠の存在があってだ。


 「流れの獣人の男だった。多分白狼の獣人で、本人は自分をニンジャマスターだと名乗っていた」

 「ニンジャ? あの神秘の?」


 この地より遥か遠く、海さえ越えた世界の果てにニンジャと呼ばれる神秘の戦士がいるという。

 オーグもおとぎ話レベルでしか知らないが、ニンジャとは夜を生きる戦士だ。

 忍び装束という全身スーツを纏い、シュリケンという奇妙な投げナイフを武器に戦う戦士は、暗殺や諜報を生業とすると伝えられている。

 ルキは「半信半疑だが」と付け加えつつ、そんな師匠の教えを彼女に教えた。


 「状況判断能力を鍛えろ、風林火山はお前の味方となる……。その極意は未だ全ては理解出来ていないが、師匠の実力は本物だった」


 ルキは師匠の忍術は見たことがないが、白狼の身体能力を込みにしても、あの師匠は隔絶した実力を持っていたと記憶している。

 修行はわずか一年であったが、その師匠のおかげでルキも強くなった。

 流浪のニンジャマスターは、たった一年で用事があるとルキの前から去ってしまったが、今でもルキは師匠の教えの通り考えているのだ。


 「もしも……もしもだ。全ての転生者を滅ぼしたら……俺はお前のアドバイスを受けようと思う」

 「なら簡単ね、アタシも協力するもの、とっとと転生教団を壊滅させましょう?」

 「もっとも、そうなればお前を殺さなければならなくなるが」


 なおもブラックジョークを交えてくるルキに、彼女は優しく微笑んだ。


 「アタシは死なないわ、まだ死にたくないもの」


 誰よりも死に抗うオーグ、けれど――いずれは終わりはくるものね。

 死にたくはないけど、無限の命は望まない。

 果たして自分だけが悠久の時を生きて、大切な者たちが皆いなくなっていって、そんな孤独に耐えられるだろうか。

 オーグにはそんな自信はない。次死ぬときは満足のいく死に方が欲しいだけだ。

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