第51話 運命はダイスロール
まるで42.195kmを五時間半でゴールしたずぶの素人のごとくオーグはヘロヘロだった。
立つことさえままならず、顔面を真っ青にしながら、呪言を呟く。
「大体まだ残暑キツイ時期になんで走らなきゃいけないんだ。そもそも根性論で倒れたら誰が責任とるんだよ、あと応援はもっとテンション上がる曲で……ブツブツブツブツ」
「とりあえず休憩したら次のセットいくであります」
「ハードね……次はどうするの?」
「そうでありますな、次は行軍時負傷兵を運ぶのを想定した訓練をしましょうか」
次の訓練は二人一組で行う訓練だ。
一人が負傷者役でもう一人がそれを背負って走るのだ。
これは単純な坂道ダッシュに比べても、なお厳しい。
しかしそれに熱意を燃やしたのは、勝負事大好きエルミアだ。
「つまり、私がオーグを背負って走れという啓示だな! 因みにお姫様抱っこでも良いの?」
「あはは、ご自由にであります」
「……そもそもなんでエルミアが組む前提なのよ」
疲れ果てて聞こえていないオーグは、誰でもいいだろうが、逆に言えば誰なら背負えるのだろう。
多分リンでもキツい、中々鬼なトレーニングである。
「今のうち組み合わせを決めるでありますか」
「どうやって決めるんですの?」
コールガは吹雪の狼が座る隣に腰掛けながら首を傾げた。
コールガの周りは冷たい位に冷気が溢れ、暑さに堪える人には大人気だ。逆に冬は一番不人気だろうが。
「うーん、公平を期すなら――」
「決闘だなっ!」
そんな決め方があってたまるか。メルは笑顔を絶やさないが、若干渋い顔をした。
「それは魔女殿に禁止されているのでは?」
「私のターン! ドロー!」
「先行はドロー権ないはずでは?」
遊んでいるのかエルミアは元気だ。
決闘は論外として、決めるなら運命の神に尋ねるべきだろう。
「サイコロで決めましょうであります」
運命の神は悪戯好きで知られるが、同時に運勢には公平だといわれているのだ。
運命の神が特に好んだのは二つのダイスを用いたダイスロールゲームだという。
最小00から最高九九の十面ダイスから運勢を導くのだ。
メルは懐から四角いサイコロと呼ばれるダイスを取り出した。
「皆さん、一から六を当てて下さい。当てた方から優先権を与えます」
「運命の神に尋ねるか」
オーグはなんとかむくりと起き上がると、キョンシーめいた動きで、ダイスの前まで近寄った。
賭け事大好きオーグはもはや本能で動く獣である。
「アタシ『一』がいい」
「それじゃ私は『ニ』を指名するわ」
「……『三』」
「では私は『五』でお願いしますわ」
「余り物に福があると信じましょう。私は『六』であります」
『四』は誰も選ばかった。なんとなく不吉な数字だからだ。
全員が円陣を組むと、メルは先ず運命の神に祈祷した。
「おぉ運命の神よ、貴方の定めに我ら従いましょう、ドロー!」
メルはサイコロを宙に投げると、皆の視線がサイコロに注がれた。
サイコロは地面を転がると、最初に出た目は。
「『一』でありますな、魔女殿誰を選ぶであります?」
「あー? 誰って……?」
オーグは早速運命の神を味方にするが、冷静に考えて誰を選ぶのが正解なんだ?
エルミアは自分こそとニヤついている、とりあえずアレはなんか貞操が怖いから論外だ。
ならコールガは? コールガなら性格面は安心だが、こっちはこっちで問題もある。
体格差だ。身長は三等身は余裕で違う、本当に大人と子供の体格差だ。
オーグがコールガを背負うのは不可能、出来る筈がない!
よってメルも論外だ。体格は同じでもフルアーマーの重さを運べる訳がない。
むしろ全備重量はベーオウルフで最も重いだろう。
ならば残るのはリンだが……リンに背負われるのは……なんというか、その、屈辱的だ。
絶対リンに背負われるなんて情けなくて出来る訳がない。
という訳でオーグが結局選んだのは。
「誰も選ばない、つーか奇数だからアタシら誰かはあぶれるわよ」
ベーオウルフは今五人、こればっかりは仕方がない。
結局、誰かを背負わなければならないなら、これが一番、オーグはそう納得した。
「では残り四人で決めるであります」
「うー、オーグとか良かったぁ」
§
負傷者搬送訓練はメルがリンと、エルミアはコールガとペアになった。
丘から背負いながら走るとメルとエルミア、その後ろをのんびりと追いかけるオーグ。
「フレー、フレー、頑張れー♥」
流石に人を背負えば相応に速度も落ちる。
更に下り坂なら、オーグも余裕で応援だ。
さっき根性論の無意味さを語った女とは到底思えない薄情っぷりである。
「大丈夫? 重くない?」
「大丈夫であります! 慣れっこでありますから」
メル&リンペアは良好に走っている。体格が近いから運びやすいのだろう。
逆にエルミア&コールガペアは逆だ。エルミアより大きいコールガを背負うのは相応に苦しそうだ。
「ふんぬーっ!」
「あらあら、交代しましょうか?」
「構わん! ぬおぉぉ!」
エルミアもエルフ族故に筋力にはあまり優れない。
素早い身のこなしも、逆に言えば重装備では台無しになる。
コールガは当然メルの全身鎧よりも重いのだから。
「ほーら♥ 走れ走れー、ゴールに向かってよー♥」
それにしてもこのメスガキのウザさは最高潮だろう。
一行は気にしないように意識を逸していたが、やっぱりウザい。
そもそも何故か煽っているように聞こえ、メルでさえちょっとイラッとしたのだった。
「こ、こうなったら全速力で行くであります! おりゃーっ!」
メルはオーグを引き剥がすように加速した。
オーグはスピードもスタミナもないのだから、無理には追わないが、「イシシ♥」と確信犯の笑みで、メル達をおちょくり、次はどんな手を使おうか悪い算段を練るのだ。
本当にこれ主人公でいいんですかね?




