第49話 ベーオウルフクランの朝食
カランカラン。
来客を知らせるカウベルが鳴ると、ベンは洗い物をしながら振り返った。
あの青年と入れ替わるように入ってきたのはピンク髪のメスガキエルフとその一行、つい最近クランを結成したベーオウルフか。
翆星石の瞳の少女は、今日もいつもの調子で店内に入ってくると、真っ先に。
「おーい、飯ー!」
「いらっしゃい……お好きな席へどうぞー」
この少女オーグの前ではベンの調子もどうでもよくなってくる。
適当にあしらうと、彼女はカウンター席を選んだ。
その周りには彼女らベーオウルフの面々が座っていく。
「店主様、コーヒーをお願いしますわ」
「ビーフージャーキー!」
「はいはい、いつもどおりね」
分かりきった注文をしてきたのは、銀髪の超絶美人のコールガだ。
見目麗しいのはいつも通りだが、耳元に水龍をあしらったイヤリングが特徴的なベルナ族という遥か遠くからやってきた異民族である。
オーグの隣で、ビーフジャーキーを所望するのはこっちも超が付く美人エルフ、エルミアだ。
エルフの癖にビーフジャーキーにはまってしまった、変な奴三号である。
「私はサンドウィッチを、それと出来ればホットミルクをお願いするであります」
「サラダと水」
「はいはい、リンさんはいつも通りっすね」
丁寧で腰の低い白銀の鎧の少年騎士はメルヴィック、通称メル。
この街を収める有力貴族ガドウィン家の三男だ。
いつも誰が相手でも教養を感じさせる優良少年でベンも相手をしやすい。
逆に鼻から下を薄い布で隠した褐色肌の少女リンは猫のように欠伸をして、いつもどおりの品を注文した。
通称山猫リンのルーティーンはサラダと水という少食スタイル。
ベンはテキパキと用意すると、最後はメスガキエルフのオーグを見た。
「魔女さんはどうするんで?」
「うーんアタシねー? スープでいいや、パンとスープね」
「……かしこまり」
なんか今日の魔女さん変だな? ベンはそう思いながらも直ぐに用意する。
今日はまだアルバイトのケイトが出勤していない。
ちょっと遅いなと感じながらもまだ一人で回せる状況で、ベンはとにかく働いた。
「おまたせしました。コーヒー、こっちはビーフジャーキーです」
「うふふ、この為に生きていると言っても過言ではありませんわね」
「同感だ、美味し美味し!」
美女方はいつも同じメニューだが、飽きないのかね?
対して少年少女たちは、栄養足りてるだろうか?
「サンドウィッチとホットミルクお待ち、サラダはこっちね」
「わーい、いただきますであります」
「ん」
メルはいつもの笑顔で食べ始める。
なんだか小動物みたいで可愛いね、サンドウィッチは少し増量サービスだ。
リンはポリポリと新鮮野菜にドレッシングをかけていただく。
オーグからもっと肉食えよーと言われてもリンは聞く耳を持たない。
山猫は気紛れだ、遊びたい時に遊んで、構ってほしい時は邪魔をするものだ。
「はい、タマゴスープですが、どうです?」
オーグはいつも注文がアバウトだ、というかメニュー表を確認していない時点で相当の迷惑客である。
そうはいっても常連で、欠かさずやってくる彼女には愛着もあるのだろう。
タマゴスープは鶏ガラスープをベースにタマゴを回し入れ、海藻類と合わせて少しだけ塩を加えている。
優しい味で、食べごたえもあるスープだ。
「んー、美味しい。段々腕上がってるわねベン」
「え、あ……うす」
――やっぱり変だ。今日の魔女さんなんか女らしい。
いやいや勿論黙っていれば超美少女に違いはないのだが、いつもよりも少しだけ優しくされたベンは顔を真っ赤にして戸惑った。
だがそんな弱みを見せたらまず煽られる、この少女はメスガキなのだから。
「ふんふーん」
オーグは鼻歌を歌いながら朝の食事を楽しんでいる。
なんだか調子狂うな、ベンは水を一杯呷ると、ため息を零した。
「そういえばケイト殿が見当たらないでありますな」
「あーうん、なんかあったのかな? 寝坊ならいいんだけど」
「人族はいつも時間に囚われるな。その点エルフ違う、時間なぞ己が気の向くままよ」
それってエルフ族の格言だろうか。
エルフは長生きで知られる種族だ。このエルミアだってこの若さで二百歳という。
長生きすると一日が短いというが、それこそエルフ族にとっては人は誰でも独楽鼠ということだろう。
「だからエルフって信用されないのよね」
「なんだと山猫、信用出来ないとはどういうことだ!」
「すーぐ気のまま本能に任せて行動するし、時間の約束も全然守らないじゃない」
「あはは、まぁまぁお二人とも、それぞれ良さもあるのですから」
メルはこういう時決まって仲裁役だ。
リンはエルミアが嫌いだから、対応が厳しい。
人間としても恋敵としても嫌いなのだろう。
エルミアは人族を見下すから、その点も関係を悪くする原因か。
「一度でいい、一回リンとは白黒つけたいわ」
「なに? 決闘でもしろって?」
「決闘は禁止、後で絶対面倒になるから」
オーグはやんわりとつまらなさそうに決闘を禁止した。タマゴスープをそっと啜りながら。こりゃ温まるね。
決闘が駄目なら、メルは提案する。
「ならば戦闘訓練はいかがでありましょう?」
「戦闘訓練、かしら?」
コールガはコーヒーを愉しみながら首を傾げた。
オーグはうむりと頷く、それならストレスも発散できて丁度いいか。
「うん、メルの案を採用、朝飯食べたら行くわよ?」
「わーい、採用されたでありますー」
「おしっ、負けないわよリン」
「……うざ」
ベーオウルフ一行は朝ごはんを早めに終えると、そのまま店を出ていくのだった。




