第47話 願わくばスライムと人類の共存を
「これでいいか?」
その後、オオティコ大空洞の入口でベーオウルフ一行とマルコ、そしてクイーンスライムは集まっていた。
大空洞入口に、皆協力して立て看板を設けたのだ。
――このオオティコ大空洞のスライムには手を出さないでください。
スライムは悪い存在ではありません。もしもスライムに害するのであれば、相応の報いを受けるでしょう。
スライムと人間の共存をここに望みます――
そう書かれた看板を見て、クイーンスライムは頷いた。
「これでスライムは虐められないの?」
「完全に……というのは難しいだろう。それにこの条約はこのオオティコ大空洞に限られるし、やはりスライムが人に害を加えれば、そこに対立は生まれる」
「他所は他所、ウチはウチだろう? 見えもしない場所で起きてる争いなんかわかんねーっつーの」
看板の提案をしたマルコもこれで万事解決とは思っていない。
世界中でスライムは雑魚モンスターとして狩られ、また人間も不幸にもスライムに溶かされ消化される。
その繰り返しの連鎖を今すぐ止めるなんて不可能だ、それこそ神の御業だろう。
神はゲイのサディストだ。だから争わせて、手を叩いてポップコーンを食べて喜んでやがる――それ位の気持ちじゃないとやっていけない。
だがマルコはこれを偉大なる第一歩だと確信する。
「この条文には国際的な効力は存在しない。だがスライムの存在を認識することこそ、相互理解になるはずだ」
「魔物学者の先生の言葉は分かりづらい、もっと簡潔にならない?」
「ようするに、このオオティコ大空洞をベースに観光客や冒険者にスライムとはなにか知ってもらう」
マルコの構想はここをスライムとの交流の場にしたいと考えている。
クイーンスライムもそれに同意している。スライムだけの楽園に本来人間は不釣り合いだが、突っぱねるだけでは平穏は永久に訪れない。
おそらく二人が予想もしない難関はこれからもあるだろう。それでも乗り越えられると信じたいのだ。
「私はしばらくここに残るよ、ベーオウルフは?」
「アタシ達はメメントに帰るわ、もう疲れた〜」
「ハハッ、なら私が背負うわオーグ! むしろ背負わせて!」
心底疲れた顔のオーグは、はぁはぁ息を荒くて手をワキワキ怪しく動かすエルミアの顔を押しのけてマルコに別れを告げた。
マルコは最後まで手を振り、ベーオウルフは帰路につく。
「どうせ馬車までだ、つかエルミア顔が近い」
「うー、エルミア、馴れ馴れしい」
「夫婦なら当然の距離だろ! あーん、もっと甘えさせてー」
「あはは、二人は元気でありますなー」
「帰るまでが冒険でしたわね、元気でよろしいのでは?」
ワイワイガヤガヤ、晩夏の夕暮れは大地を真っ赤に染め上げた。
楽しいな、オーグはこのメンバーがベーオウルフに集まってくれたこと、本当に嬉しく思う。
龍のキバを一度失い、あの時は心にぽっかり穴が空いた。
だが今は、そんな穴を皆が埋めてくれる。
こんなに嬉しいことはない、一緒に馬鹿みたい笑って、冒険して。
ベーオウルフを結成して本当に良かった。
オーグは沈みこむ太陽を見つめた。
……その時、オーグはなにかがぞわっと魂が揺さぶられた。
オーグは全身から汗を吹き出し、顔を真っ青にした。
視界が赤黒く塗り替わっていく。
ドロドロの赤黒い血のような粘度の液体が、オーグにバケツで浴びせたみたいに染め上げていた。
いつの間に? 彼女の視界捉えたものは、そこが地獄かなにかと思えた。
なぜなら目の前に『彼女』が蹲っていたのだ。
「死にたくない……死にたくない」
「あ、あ……!」
彼女――アリスは蹲り顔は見えない。
そのアリスの身体を使うオーグは愕然として、動けなかった。
「どうして私がこんな目に、どうしてお前が私を……!」
「な、にを……言って?」
オーグは唇が震えていた。
視界が歪み、赤黒いフィルターが視界を染め上げている。
アリスはゆっくり顔をあげた。
「お前の性だ! 私の体を返せ!」
その顔は目のあった部分が空洞で血の涙を垂れ流していた。
口元は表情筋が力なく垂れ、不気味な笑顔でもはやアリスの可憐な顔はない。
オーグはその顔を見て、恐怖で絶叫した。
「あああああああああっ!!!!」
「お頭! 大丈夫お頭!」
顔を真っ青にして、突然足を止めたオーグに誰もが訝しんだ。
やがて心配してリンがオーグの肩を掴むと、彼女がこの世のものとは思えない金切り音のする絶叫を叫んだのだ。
リンは慌てて両肩を掴み、必死に呼びかける。
オーグは気がつけばリンが泣きそうな顔で見つめていることに気づいた。
オーグは気持ち悪い気分で周囲を見た。
誰もが不安そうにオーグを見ていた。気がつけば空が暗くなっている。
「はぁはぁ……リン、それに皆?」
「魔女殿、その、辛いのなら……」
「悪い今は気分最悪なんだ、さっさと馬車で休ませてくれ」
オーグは汗を拭うと、早足で歩き出す。
誰もがオーグの異変に気を揉むが、オーグが言わないなら誰も声をかけられなかった。
そのまま彼らは馬車に乗りメメントへと向かった。
なんだかんだ疲れていただろうメンバーは馬車の中で休むと次第に眠り始めた。
ただ一人オーグだけは眠ることが出来ず、腕を組んで静かにしていた。
(反魂の法……くそが、誰が望んだ。アリスは俺様を恨んでいるのか?)
アリスの憎悪、何故あのタイミングで見たのかオーグにはわからない。
そもそもあれがなんなのか、反魂の法のデメリットだろうか?
オーグは魂をすり減らし、徐々に女である自分が違和感でなくなることが恐ろしかった。
そのうちオーグはアリスでもオーグでもないなにかに成り下がるのだろうか。
恐ろしい……だが怯えているばかりにはいかない。
オーグはギュッと拳を握ると、今後の行動を定めた。
反魂の法の教団、やつらを必ずぶっ潰す、そうしなければオーグの気は収まらない。
それは怒りである、そして贖罪でもある。
アリスにどれだけ土下座しようがもはや許されることはない。
オーグは死が怖い、誰よりもきっと臆病だ。
けれども反魂の法を使う悪魔達の所業は許せない。
(俺様の体いつまで保つのかな……)
反魂の法で奪った肉体は十年前後で魂が保たず肉体が赤黒い染みになって崩壊するのを知っている。
自分もいつかああなるのだと怯えて、けれどその前にケジメをつけて自分も灰になろう。
そしてそれにベーオウルフの皆は絶対に巻き込まない。
これは反魂の法に染まった己の贖罪なのだから。




