第46話 スライムプリンの優しさ
「無事だったんだなオーグ!」
「ああ、なんとかな」
「良かったでありますー!」
「泣くなメル」
オーグは皆を安心させると、クイーンスライムに向き直った。
クイーンスライムは意気消沈し、もはや交戦意志はない。
「おい、メンタルクソ雑魚スライム、お前ただのスライムよりお馬鹿さん♥」
「ッ! なんですってぇ! 私を侮辱するの!」
「ヨシ! 元気になったな! あとお前はお前で下級のスライムを見下すんだな」
オーグがちょっと煽ると、クイーンスライムは歯ぎしりしそう顔でオーグを睨んだ。
しかしそれもオーグの掌の上、クイーンスライムは理解していた。この女に言葉では敵わないと。
「ほら、言いたいことは言え! じゃなきゃお前は本当にそこらでぷるぷるしているスライムとなにも変わらんぞ」
「…………て」
「はい? もしもーし? 聞こえてますかー?」
「もうやめて! スライムは悪じゃない! スライムを虐めないで!」
クイーンスライムは喚くようにそう言った。
一行は誰もが呆然とした。顔を合わせ、クイーンスライムの言葉を聞き入った。
オーグは俯き微笑を浮かべると、満面の笑みで応えた。
「おう! ベーオウルフが頭領、このオーグが約束するぜ!」
「……ふ、私は魔物学者だ。もとより研究の為であって、スライムの駆除が目的ではない。私も批准しよう」
クイーンスライムはあっさり応じられたことに意外そうな顔をした。
言いたいことがあれば言えばいい、本当にその通りだった。
世の中には確かに愚か者がいる。スライムに危害をくわえる冒険者だっている。
だからこそまず対話をして、それでも駄目なら戦争だ。
クイーンスライムはその時こそスライム族の怒りをぶつければいいのだ。
「俺様も目的はプリンスライムのゼリーだ、それさえ手に入れば問題ない」
「プリンスライム? ―――ん」
クイーンスライムは何かを念じると、腕からポトリと水滴が落ちた。
水滴……と言っても大きさはバレーボール程もあるが、それは足元に落ちるとぷるぷると震える。
「これがプリンスライムよ」
「なんと! クイーンスライムが別のスライムを生成する噂は本当だったのか! いやしかしこのプリンスライムにはコアがない? つまり増殖機能がないスライムか、しかしそうだとするとどういうルーチンで活動を行うのか」
マルコは元々の目的だったクイーンスライムの生態を間近で見て大興奮だった。
さっきまで魔王級の怪物相手にてんやわんやだったなんて嘘のよう。
オーグは恐る恐るピンク色のプリンスライムに指を突っ込み、その指を舐めると。
「甘ーい! なんだこれ! こんな甘いの初めてだ!」
「なに? 個体によって甘さが違うか? ふむ確かに通常のプリンスライムよりも甘い、この甘さはどのように生み出されるのかブツブツブツブツ――」
クイーンスライムが生成したプリンスライム――正確に言えばプリンスライムもどきはクイーンスライムの命令に従い自律行動を行うドローンのような存在だ。
今のクイーンスライムに攻撃意志はないからか、プリンスライムもどきはおとなしいものだ。
「あげる、その代わりコアを持つスライムは攻撃しないで」
「本当にいいの?」
クイーンスライムは頷く。クイーンスライムが生成したスライムもどきはあくまでクイーンスライムの一
部。コアさえ無事ならば問題ない。
「おし、それじゃここでスライムプリンをレッツ、クッキング!」
オーグは予め持ってきた調理器具でプリンスライムもどきを調理し始めた。
「まずはこし器でプリンスライムをこします。こしたスライムゼリーはボールに別け、ボールに牛乳と卵を加えるぜ。そしてそれらを泡立てるようにかき混ぜつつ加熱する。煮立ってきたらこれを冷やし固めたらー……完成!」
デデーン、と効果音がしそうなポーズも決めて、オーグはバケツプリンを完成させた。
ちなみに火は炎の魔石を使って加熱し、冷やすのは自身の魔法で急速冷却。
完成したプリンを皿に盛り付けたら、仕上げに生クリームを上にちょこんと乗せたら完成だ。
久々のスライムプリンに、リンは無言で目を輝かせた。
スライムプリンは本当に滅多に食べられないご馳走で、リンは普段よりも子供っぽい笑顔だった。
「食べてもいいの?」
「その為に来たんだろうが」
リンはスプーンを持つと、恐る恐るプリンに差し込む。ぷるんと揺れるプリンをそっと口に運ぶと、リンはこの世のものとは思えない美味しさに悶絶した。
「んん〜〜〜!」
今までで一番甘くてとろける美味しさ。
リンは大喜びだ。たまらず気になったメルが手をあげる。
「魔女殿! 私も一口よろしいでありますか!」
「おう食え食え、つーかリンだけで食いきれるか」
出来上がったのはなにせバケツプリンだ。メルだけではない、皆でこの味を分かち合った。
甘党のリンはもとより、子供舌のメルも絶賛、コールガとエルミアは上品に食べて談笑し、マルコも一口食べてはすぐにブツブツなにやら難しい言葉を繰り返した。
皆笑い合う、オーグは最後にクイーンスライムを呼んだ。
「クイーンスライム、お前も食べてみろよ」
「私に共食いしろと?」
「料理だ、俺様の超大雑把な男のプリンだけどな!」
クイーンスライムは縮小すると、人間サイズに縮まる。
そのままクイーンスライムは器用にプリンを取り込んだ。
「どう?」
「スライムに味覚はないわ……けど、なんだか心が暖かくなるわね」
クイーンスライムはそう言うと、うっすらと笑顔を浮かべた。
もしかしたらクイーンスライムが望んでいた平穏とは、これなのかもしれない。
スライムとしては規格外の知恵と感情を得たクイーンスライムは初めはただのスライムだった。
けれども次第にスライムとはという哲学を得て、スライムが虐げられるのは何故か考えた。
その結論はスライムが弱いからだ、ならば強くなるしかない。
スライムを舐めた冒険者や魔物を、クイーンスライムは文字通り蹂躙した。
獲物を追い詰め絶望させることに快感さえ覚え、やがて自分を神のように考えるようになった。
だが……やっぱりクイーンスライムはただのスライムだった。
魔王級の力を得てしまった不幸なクイーンスライムはただの本能のままに同化を迫るしかなかった。
一匹のスライムが突然変異で凄いスライムになった。
けれど凄いスライムに、その凄さの理由は説明できない。
やがてクイーンスライムと呼ばれるまで強くなったその一匹がどれだけ凄くてもスライムはスライムに過ぎないと真理を得てしまう。
スライムは神ではない、神もスライムではない。
この世に生きる一匹のスライムなのだ。




