第45話 最強で最弱のスライム
驚異的な力を持つクイーンスライムは無数の触手を伸ばし、獲物へと向けた。
冒険者達は武器を取り、懸命に戦っているが、状況は最悪であり、防戦一方であった。
「く! このっ!」
「てや! くそ……学者殿は後ろへ!」
「いや、私も戦おう」
マルコはそう言うと、手に持った分厚い図鑑で迫りくる触手を叩いた。
心許ない一撃だが、触手を払うには十分だ。
「こう見えても多少の危険は慣れっこだ」
「す、すごいでありますね」
「けど万事休す……!」
徐々に一行は押されていくと、背後には地底湖が。
背水の陣、追い詰められた一行はいよいよ最後のチャンスに賭けなければならなくなった。
「どうする……逃げる?」
「逃げるものか! オーグは死なさない!」
「同意見であります! 白銀の鎧に誓って魔女殿をお救いするであります!」
「私もベルナ族の誇りにかけて」
聞くまでもないか。リンはこの期に及んで微笑んだ。
最後はマルコだ、リンはマルコに言う。
「マルコは逃げて、関係ないでしょ?」
「常識的に考えれば逃走しかないな、だがクイーンスライムに会いに来たのは私だ。巻き込んだ以上責任はとるよ」
まだ会って間もないにも関わらず、マルコも引かないつもりだ。
揃いも揃って馬鹿ばっか、けど一番の大馬鹿がいないと意味がないもの。
リンにとって、そして皆にとってオーグはそれだけ大切なのだ。
「うふふ、もう逃げられないわよ? ほらほら〜」
クイーンスライムはゆっくりと身体を這わせ、地底湖に追い詰める。
一気に攻めてこないのは、明らかに陰湿な強者の余裕か。
冒険者を追い詰め苦々しい顔を見れば、クイーンスライムも喜々とした。
どう追い詰め、どう喰ってやろう。自分こそが圧倒的強者のハンターである。
しかしマルコは極めて冷静沈着に勝算を見極めていた。
そんなクイーンスライムの強者の余裕を隙だと断じるように。
「コールガ君、地底湖は凍らせられるか?」
「底までは難しいですわね」
「表面だけでいい、頼む」
コールガは頷くと、もう一度あの吹雪の狼を召喚した。
吹雪の狼は地底湖の水面を疾走すると、ピキピキと音を立てて地底湖が凍りついていく。
「よし、地底湖の中央へ!」
マルコは氷の上を走った。
よくわからないが、他に策もない以上従うしかなさそうだ。
一行はクイーンスライムから逃げるように地底湖の中央まで走った。
「うふふ、悪あがきばっかり、早く同化しましょう?」
クイーンスライムは当然地底湖へ侵入してくる。
凍った氷上の上でもお構いなしに這うと、目の前まで追い詰めた。
「はい、追いついた。誰から同化しちゃおう?」
ピキピキ、クイーンスライムはまだ気づかなかった。
水面に膜を張った氷はまだ不十分、クイーンスライムは自身の体重を考慮していなかった。故にその音はクイーンスライムの重量による破滅の音だ。
ガッシャァァァン!
「え――?」
クイーンスライムの顔色が変わった。
スライム故に水に溺れることはないが、身動きが取れない。
必死に沈むまいと抵抗するが、地底湖はクイーンスライムを飲み込もうとしていた。
「いまだ! ここからならコアを狙える!」
コアとオーグが目の前の高さまで『降りて』きた。
絶好のチャンスにメルは剣を水平に構えて突撃した。
「イヤーッ!」
剣を真っ直ぐ突き刺す。メルの前半分がクイーンスライムに呑まれるがお構いなしなしだ。
メルは力の限りゼラチンを掻き分け、コアに剣を突き立てた。
「あぐっ!」
クイーンスライムが苦しむ。
だが刺さりが甘い、クイーンスライムは憎悪に塗れた顔で一行を見ると、水中に沈んでいった。
「しまったお頭!」
「まて、逃げるな! 魔女殿を返せでありますー!」
クイーンスライムは聞かない。
コアに刺さる白銀の剣を忌々しく思うが、今は態勢を立て直すべき、そう思ったが――。
バチィン!
突然地底湖に雷が昇った。
驚く一行、だが最も衝撃を受けたのはクイーンスライムだった。
(なに? なんで電撃が? 私の中で……まさか!)
そのまさかだった。オーグはプカプカ浮かびながら、ニヤリと口元を緩めた。
「こいつ死んだふりを!」
オーグは死んだふりをしたのではない。仲間を信じて千載一遇のチャンスの為に力を溜めていただけだ。
クイーンスライムに飲み込まれる直前オーグはマナを全身から取り込むと、速やかにエテルを精製し、それを魔力へと精錬する。
後は詠唱タイミングが肝心だった。
オーグは白銀の剣が自身の近くを通過したのを感じると、すぐに詠唱を開始し、そしてライトニングが白銀の剣をアースにしてコアに直接流れ込んだ。
「がは! 人間如きにこの私が……? 私は全て同化して、穏やかな世界を」
『穏やかな世界、まるで魔王の発想だな』
クイーンスライムは驚愕した、あのメスガキエルフの声を聞える。
いや直接ではない、メスガキエルフはコアに魔力を流して念話している状態だった。
オーグ自身こんな高等技術は当然習得していないが、アリスの身体は本能的にオーグにやり方を教えていた。
「私が魔王? 違う! 魔王はお前らだ人間! スライムは悪くない!」
『かも知れない、だが水掛け論だ。お前人間みたいだぞ』
「私が……人間、ですって?」
『ああ、俺様よりもな……なぁお前は人間が憎いのか?』
「当たり前でしょう! スライムを狩る人間をどうして許せるの!」
『人間もスライムを許さない、何万年もきっと争うぞ』
「だから私は全ての生命と同化を――!」
『もう辞めにしないか?』
言論はヒートアップする。クイーンスライムは負けるわけにはいかなかった。
少しずつ強くなり、敵わなかった魔物を捕食できた時は喜び、やがて冒険者さえも返り討ちにしていった。
このオオティコ大空洞をスライムの楽園にして、侵入するものは人間であれ魔物であれ同化していった。
ここで負ければ、全て水泡に帰す。
弱小のスライム族に逆戻りし、スライムはまた虐げられていく。
『誰かがその連鎖を止めねえと、血を吐くマラソンは辛いだけだぜ』
「……勝手なことを、どの口が……!」
『俺様は神様じゃねぇし、聖人でもねえ、だが無益な争いほどつまらねえもんもない』
「どの口が、どの口が、どの口がぁ! 上から目線で! お前だってスライムを何匹も殺したでしょ!」
『ああ数え切れないほどな、そしてこれからも殺す』
「ならどこに妥協点があるというの!?」
『話せよ! 「やめてスライムを虐めないで」って言えよ! それでも駄目なら力で教えてやれ! 簡単じゃねえか!』
クイーンスライムは目から涙が水面を昇っていった。
ああ、この人間、何を言っているのだろう。
話し合え? スライムと対話してくれる人間がいるというのか?
この世界は弱肉強食こそが理だ。スライムが弱い生き物を同化するように、ミクロな世界でさえそれは起きている。
戦うことこそが神が定めた設定であろう、それは永遠の地獄だ。
それでもこのメスガキは言う。話せと。会話こそが最初にして最後の革命。
クイーンスライムは、このメスガキエルフは嫌いになった。
真正面から正論をぶつけ、その癖いつでもコアを破壊できる位置にいる。
つまりこれは脅迫だ、クイーンスライムは応じるしかなかった。
ザッパァァァン!
大きな津波を地底湖にあげて、クイーンスライムは浮上する。
目下には武器をそれぞれ構える冒険者たち。
クイーンスライムはオーグを白銀の剣ごと、外へと吐き出した。
「ぶべ! ぷはぁ! いやー空気が美味い!」
強かに体を地面に打ち付けカエルめいたうめき声を上げる。
オーグは首を振ると、久々の空気に喜んだ。
そんなオーグにベーオウルフの面々は喜んだ顔で取り囲んだ。




