第44話 クイーンスライムの脅威!
空洞内を探索して数時間、多種多様なスライムを倒しながら一行は地底湖を訪れた。
「ふむ、ここならスライムたちが生息するには十分だろう」
魔物学者のマルコはそう言うと水面の前で屈み込んだ。
地底湖は澄んでおり、とても綺麗な水である。
オーグは底を覗き込むと、水底まではっきり見えていた。
「スライムは水源を好む、スライムの組成が水分を殆どとする為だ」
マルコがそう説明するも、オーグは小難しい話は聞くつもりがない。
さっそく目当てのプリンスライム&金目のスライム探しだ。
「スライムは水なのですか?」
「ふむ、水かと問われれば答えはノーだ、スライムは水ではない。水を主成分とするゼラチンという方が正しいだろう」
コールガだけは魔物博士の話にも興味を抱いたようだ。
あまりスライムを見る機会がなかったからか、マルコはただ気を良くした。
博士の薀蓄に喜ぶ女子などそうはいない、それ故にこの鉄面皮博士は少し饒舌に話した。
「そもそもスライムはコアによってゼラチン状の身体を自由に動かすが、その神経系統は見つかっていない。スライムが電気信号を発しているかは未知数なのだ」
「まぁスライムはそれほど奥深い魔物なのですね」
「スライムだけではない、この世界の殆どの魔物が未解明な部分が多い」
「おーい、何休んでるんだー?」
オーグが遠くから二人を呼ぶと、コールガはすぐに応えた。
「はーい、すぐ追いつきますわー!」
コールガはそう言うと軽やかに走っていく。
マルコは重い腰をゆっくり持ち上げると、その最後尾について行った。
「お頭待って、アレなに?」
しばらく地底湖周辺を探索していると、リンが何を見つけた。
オーグは足を止めると、リンが指差す方を見る。
ピンク肌の少女の背中?
「なんだありゃ? 魔物……か?」
「魔物にしては妙であります、とりあえず近づいてみましょう」
人間の少女に擬態したピンク色のなにか。
一行は猜疑心を持ちながら、慎重に近づく。
メルはある程度近寄ると、和やかに声をかけた。
「どうもーであります、ここで何をしているでありますかー?」
ピンク色の何かはメルの声に反応しなかった。
メルは若干眉を顰めると、大きな声を出す。
「もしもーし! 聞こえているでありますかー!」
「…………ふふ」
「こいつ……?」
ピンクの何かが小さく笑った。リンはすぐに短刀を構える。
コールガも槍を構え、オーグを守るように立った。
「うふふ、あはは! 獲物がかかったわ! 間抜けな獲物が!」
リンは迷わず短刀を投げた。
だがピンクの何かは短刀が頭部に突き刺さると、ドロドロと溶けてしまう。
一体なにが……その刹那、後ろから巨大なピンク色のスライムが襲ってきた!
「学者の先生っ! あぶねぇ!」
「まさかこれがクイーンスライムか!」
一番後方にいたのはマルコだ。まさかの不意打ちに前衛が駆けつけるには間に合わない。
オーグは迷わずマルコの小さい腕を掴むと、後ろに全力でぶん投げる。
パワーが足りず、小人族のマルコ一人宙にも浮かないが、コールガはマルコを受け止めると、オーグ手を伸ばし叫ぶ。
「魔女様も早くこっちへ!」
「悪い、ドジッた!」
もう間に合うものか。オーグは振り返ると、負け惜しみするように笑った。
今日は水難の相でも出ているのか、いやに運が悪いように思えてくる。
金目のスライムには逃げられ、スライム姦に晒されるわ、プリンスライムも見つからない。
挙句の果てにこの事態だ。オーグは頭上を見上げた。
彼女の視界にはピンク色のスライムの津波、頭上から降り注ぐゼラチン状のスライムは逃げ遅れたオーグをあっという間に飲み込んだ。
「オーグッ! このーっ!」
エルミアは激昂するとピンクスライム――クイーンスライムに斬りかかった。
だがゼラチン状の身体は何度斬りつけても手応えがない。
「コアを狙わないとスライムは倒せないわ!」
「ち……分かっている、分かっているがぁ!」
エルミアも同じミスを犯すほど愚か者ではない。
だが元より激情家の彼女がオーグをやられて冷静でいられるわけがなかった。
まるで八つ当たりだ。無意味にクイーンスライムを微塵切りにするが、クイーンスライムにそれはダメージにはならない。
スライムはコアを破壊しなければ倒せない。エルミアは苦虫を噛み潰したような顔で見上げた。
超巨大なクイーンスライムは上半身を女性の姿にして、高笑いする。
「オーホホホ! 全ての生き物の頂点はこの私! 小さき者め、私との同化を拒むのか!」
人間で言えば心臓部、ピンク色のゼラチンの中にオーグは動かないまま浮かんでいる。
あのままじゃいずれ窒息死、クイーンスライムに消化されてしまうのは時間の問題だ。
エルミアはオーグを救うことに焦り、毒づいた。
「高い……! コアに届かないぞ!」
天井に届くほど大きなクイーンスライムのコアは人間で言えば心臓部にある……だがそれでさえ巨人でもなければ届かないのだ。
「ふむ、言語を操るほどクイーンスライムには知能がある。コアの持つ能力にはまだ未知の部分があるのか」
「マルコ殿! あのスライムの弱点はないのですか!」
「スライムならば蒸発に弱い、もしくは凍らせることだが」
「氷なら私が!」
コールガはすぐに紋章魔法を詠唱する。
「《氷……風……狼!》」
複雑な印と共に彼女が詠唱したのは吹雪の狼。吹雪の狼は凍てつく風を纏ってクイーンスライムに突撃すると、クイーンスライムを凍らせていく。
これならば、希望的観測を覚える一行、しかしクイーンスライムはそれさえ嘲笑った。
「アハハ! この程度なに? 私はすべてを超越する! ドラゴンでさえ私には敵わない!」
クイーンスライムは吹雪の狼を手(?)で弾いた。
吹雪の狼は土くれの壁面にぶつかると、バラバラと雪となって消えていった。
「駄目だ。あのサイズじゃ生半可な氷魔法では表面を凍らせるだけ、冷気は芯までは届かない」
スライムの身体は熱しにくく冷めにくい。
本来なら氷魔法には耐性があるほどで、コアまで凍らせるのは熟練の魔法使いでなければ不可能だ。
ましてこのクイーンスライムは、その熟練の魔法使いでさえ手玉に取る。
ドラゴンでさえ敵わない、それは大言壮語とは言えないものだった。
「くっ、もしやこれは魔王級では?」
「ふむ、だとすればこの戦力では少し荷が重いか」
「おいクソ学者! 悠長にしている暇があったら、作戦寄越せ! オーグはどうすれば助かる!」
エルミアも無策で突っ込む気はない。
だがオーグを失う位なら自爆特攻も辞さない覚悟だ。
悔しいがリンはその覚悟がない。リンは唇を噛むと、必死に思考した。
「一番はコアを狙うことだが……」
「そうだ! コールガ、あのシモヘイヘなら!」
リンは前にドラゴンの額を撃ち抜いた《シモヘイヘ》を思い出す。
だがコールガは首を振る。
「リスクがあり過ぎます、シモヘイヘを降臨させたら私は正常な判断が出来ません! 最悪同士討ちも!」
シモヘイヘの生み出す氷の銃弾ならば、クイーンスライムの身体を貫くのも容易い。
だがクイーンスライムの中でプカプカ浮かぶオーグが気掛かりだった。
コアはオーグの背後にあるのだ。
「オーホホホ! さぁ貴方達も潔く同化しましょう? 一緒になれば何も怖くないわ、永遠に一緒よ!」
クイーンスライムは勝ち誇る。あくまでも人間は獲物、捕食するためににゼラチン状の触手を無数に生やすと、触手は四方八方から一行に襲いかかる。




