第43話 魔物学者
タオルで包んだ火の魔石を足元に置き、それを熱源代わりにしてベーオウルフの面々は暖をとる。
ベンに作らせたカツサンドをオーグは食べながら中々成果が上がらないことに苛立った。
「にしてもプリンスライムは出てこないなぁ」
「プリンスライムはレアであります。そもそもなぜプリンのように甘いのかすら謎でありますからな」
元々の目的であるプリンスライム、そのスライムゼリーから作るプリンが目的だ。
リンの為にやってきた一行だが、やはり一筋縄ではいかない。
「それにしても、スライムってなんなのでしょうか? なぜあんなに特徴が多種多様なのか、知能はあるのでしょうか?」
スライムについて、分かっているようで分かっていないことは多い。
特に知能に関しては不明だ。コア次第では明らかに思考しているように思えるスライムもいるが、大部分はやはり単細胞生物のようである。
コールガはそんな哲学的な問いをするが、その答えはない。
魔物博士でもなければきっと答えられないのだろう。
「スライムって本当にピンキリだな」
「ブラッドスライムなどは、生物にとっては極めて危険な種などもありますからね」
オーグもスライムの謎には同様だ。
ブラッドスライムは、金属をも腐食し、牛を僅か五分で溶かすという。
そういう危険な種類もいるのだからスライムは奥が深い。
「ん、休憩完了。そろそろ行くか」
オーグはカツサンドの油とパンくずで汚れた手を舐めて綺麗にすると立ち上がった。
再び探検再開だ。
「お願いだからお頭、人の話はちゃんと聞いてね」
「分かってるわよ、それくらい」
「……本当かな?」
リンはお頭がお宝に目がないのを知っている。
宝と聞いただけで上機嫌になる程の亡者だ。
理性的に諭しても、こればっかりは難しい。
仲間のピンチではあんなに格好良いのに、普段はやっぱり馬鹿で情けないのだ。
「ふふ、馬鹿なオーグは可愛いけどね」
「馬鹿に馬鹿って言われたー」
「馬鹿ばっか」
エルミアもオーグを馬鹿と思えば、お前の方が馬鹿だろとオーグは指を指す。
どっちも馬鹿だなのだから、どんぐりの背比べだ。
喧嘩は同じレベルの者にしか発生しない、なんとなくリンはそんな言葉を思い出した。
「まぁまぁ、貶すよりも相手を褒めましょう? そっちの方が建設的で良いですわ」
コールガは相変わらずちょっと考え方が違う。
悪いところを上げて貶すより、良いところをあげて褒めるほうが建設的だという聡明な彼女らしい考えだ。
エルミアは腕を組むと、フフンと鼻を鳴らす。
「オーグの良いところなら十個は答えられるぞ」
「ほう是非教えてほしいでありますな」
「まず格好良い! あと強い、私を愛してくれる! あとは……………ん?」
「三つしか言えんのかーい! あと俺様は別にエルミアなんて愛しても――」
愛していない、そう言おうとした時エルミアはうるうると紫水晶の瞳に涙を溜め不安げな子犬のようにオーグを見つめた。
うっ、オーグはそんなエルミアの顔を見ると、愛してないなんて言えるはずが無かった。
あくまで子分であって、そこに特別な感情はないのだが、いささか良心が痛む。
「あ、愛してるよ……エルミア」
すっごい恥ずかしいと思いながら、オーグは頬を手で掻きながら言うと、エルミアはパァっと明るい顔をし た。
そのままエルミアはオーグに抱きつくと自分の気持ちを精一杯伝えた。
「私も愛してる! 結婚しようオーグ!」
「それとこれは別! つーか今のアタシ女だからね!」
「あら、魔女様は意外とお硬いのですね、故郷では女性同士の婚約もありでしたが」
同性婚という奴だろうが、オーグは勘弁だった。
結婚したら嫁や子供を守る責任者が伴う。
それは死んでもゴメンだ。独身は自由でいい。オーグは誰にも縛られたくないのだ。
「結婚なんて面倒だ、それに――」
「それに、なんであります?」
オーグは顔を俯かせた。
その顔は暗く、それ以上は答えられない。
もしも、反魂の法によりこの肉体に魂を定着させているならば、オーグの寿命は残り十年程度。
エルフの体は寿命が長くても、魂がすり減り自我が崩壊したクラリスを思い出す。
彼女は十年程度で限界を迎える魂のために幾度も魂を移植させていた。
オーグはあんな身勝手な悪意を絶対に認めるつもりはない。
けれどこの肉体と魂がいつまで持つのか……それは誰にも答えられないことだった。
「……とにかくアタシは結婚なんてしない! 死ぬまで独り身なんだから!」
残り短い人生ならば、結婚相手に早死する自分なんて見せたくない。
オーグでさえ、死は恐怖だ。
あの教団が死を克服しようとするのは、根源的にはオーグと同じなのだろうか。
「お頭……あれ」
リンは先頭を歩き、突然前方を指差した。
オーグは顔を上げると、行き倒れた人間を発見する。
「死んでるのか?」
「いや、鼓動音がある。生きてるわ」
エルミアは優れた聴覚で、倒れた人間の心拍音を捉えた。
メスガキエルフの体も優れた音響ソナーだが、エルミアはそれ以上だ。
「では助けなければ!」
放っておけないコールガとメルは倒れていた人間に駆け寄った。
倒れていたのは子供のように小さな種族『小人族』だった。
白いフード付きのジャンパーを着た年齢のわからない男。
メルは意識確認のためにその肩を揺すった。
「大丈夫でありますか、意識はあるでありますか?」
「――――う?」
男は目を覚ます。体が重いのか随分ゆっくりと体を起こした。
「ふむ、気絶していたのか」
「気絶ですか? 一体なぜ?」
ギュルルル!
凄い腹の音が空洞に木霊した。
その音の発生源はこの小人族の男だ。
男は丸眼鏡を掛け直すと腹を押さえた。
「もう何日食べていないのだろう」
なんて抑揚のない声で言った。
思わずオーグは転びそうになる。この男空腹で倒れていたのか。
「リン、カツサンド……くれてやれ」
「ん、しょうがない」
リンはポーチから余ったカツサンドを取り出すと男に差し出した。
男はそれを受け取ると抑揚のない声で感謝する。
「ふむ、見ず知らずでありながらこのお恵み大変感謝する」
そう言うと、男はカツサンドを両手で持ち、大きく口を開けて一気に齧り付いた。
小人族の性か見た目は子供みたいで頭が大きく、手足は短い奇妙な種族だ。
もぐもぐと、少し鉄面皮気味の男はカツサンドを咀嚼すると。
「出来れば水も」
「ズケズケ遠慮がないな」
「どうぞ、水ですわ」
オーグは思ったよりこの男は図太いなと思う。
コールガは水筒を差し出すと、一気に水を喉に流し込んだ。
「ふむ、助かった……申し遅れたが僕はマルコ、マルコ・アーカルム。魔物学者でね、この地のスライムの調査に来た」
魔物学者……マルコは側に落ちていた分厚い辞典を回収すると、表面についた砂を手で払う。
「俺様はオーグ、魔女でもいい、んで俺様達はベーオウルフ・クランだ」
オーグが名乗ると、面々も自己紹介を行った。
ふむ、と落ち着いて一同を見る鉄面皮のマルコ、何かを品定めすると、オーグに話かけた。
「君が頭目だね、折り入って相談がある。旅は道連れというし、君たちに同行しても構わないかね?」
マルコは同行を願うと、オーグは仲間たちを見た。
「どうする?」
「別に構わないのでは?」
メルは賛成、相変わらずのお人好しだ。
「アタシは反対、ちょっと怪しい」
逆にリンは反対、相変わらず警戒心が強い。
「確かに怪しいが、奇妙な動きをすれば斬ればいいだろう」
「魔物学者様を連れても構わないのでは?」
エルミアはどちらでもいい、コールガはやはり人命優先。
オーグは結果的に賛成多数ということで、この男の提案を受けることにした。
「良いぜその代わり、こっちの目的が優先だ。俺様の指示にも従ってもらう」
「構わないさ、僕一人では限界がやはりある」
「そもそも何故お前は一人でこのダンジョンにいるの?」
エルミアの疑問も最もだ。マルコは「ふむ」と顎に手を当てると、その目的について答えた。
「クイーンスライムを知っているかい?」
「初耳でありますな」
魔物に詳しいメルでさえ知らない魔物。
マルコはクイーンスライムについて説明する。
「クイーンスライムは、まだ完全には判明していないレアなスライムだ。高い知能を誇り、クイーンの名の通りスライムを産み落とすと言われている」
「スライムを産み落とすってのか? スライムって自然発生するかと思ってたぜ」
「それは誤りだ。スライムは本来コアが成熟すると、コアが細胞分裂によって二つに別れる。通常のスライムなら三ヶ月程度で増殖する」
マルコの説明ではスライムはコアを分裂させて増えるという。
つまり世界中のスライムは元は一匹のスライムから増殖したのだろうか。
スライムはほぼ全てがクローンのようなもの、後は環境に適応し、様々な形質を獲得し、変化していくという。
だが話によればクイーンスライムはその方法が当てはまらないという。
クイーンスライムはコアを分裂させず、スライムを生成できると考えられている。
一体どんなスライムなのか、出逢えば極めて厄介だろう。オーグは思わずつばを飲み込んだ。
「……それで、君たちベーオウルフは何故この『オオティコ空洞』へ?」
「アタシたちの目的はプリンスライムよ」
「ほう、ということはプリンスライムのゼリーが目的か。プリンスライムのゼリーは甘く独特の硬さがある……あのスライムは一体どこであの形質を手に入れたのか、謎は多いな」
魔物学者は魔物のことになると饒舌だった。
鉄面皮で抑揚もなく、まるでロボットみたいだが、魔物に対する情熱は本物のようだ。
「魔物学者様はプリンスライムに心当たりはありませんの?」
「生憎だが見ていない、あれはレアだからな」
「だけど学者の先生がいれば安心であります」
「そういやマルコは何歳なんだ? 見た目は子供だが」
「僕は四十を越えているよ、こう見えておっさんだ」
げ……年上なのかとオーグは驚いた。
小人族は見た目が老いにくく、見た目で判断すると痛い目を見るだろう。
寿命も人族より少し長く、百歳程度生きるとされる。
そんなマルコは子供扱いには慣れているのか、感情は些かも揺れなかったようだ。
「プリンスライムは一説では水場に現れやすいというが、まぁ探すなら水辺がいいだろう」
「水辺か……んん」
オーグは耳に手を当て、水源を探る。
だが生粋のエルフの能力を当てにするならば、エルミアが上位互換だ。
エルミアはピクピク長耳を揺らすと、ある方向を指差した。
「あっちに水の流れがあるぞ」
「ぐぬぬ、楽でいいが、俺様の仕事奪われてる」
今までは俺様の仕事だったのに、悔しそうに拳を震わせるが、エルミアはまるで散歩するように歩いて行く。
「オーグ、早く早くー!」
エルミアの笑顔を見ると、オーグは「まぁいいか」と独り言ちると、その背中を追いかけた。




