第41話 スライムダンジョン
アルバシア地方にはいくつもの洞窟が知られているが、ベーオウルフ一行が向かったのは南部にある『オオティコ空洞』と呼ばれる洞窟だ。
通称スライムダンジョン。その名の通り多種多様なスライムが出現する事で知られていた。
「ここがスライムの住処か」
馬車に揺られて、のんびりこの南部までくると、エルミアは一番乗りで洞窟へと駆け込んだ。
天井は高く、リンが見上げると数十mは高さがある。
この空洞は、広大で複雑な迷路になっているようだ。
うかつに進めば危険なダンジョンだった。
「結構明るいのね」
「天井に穴が空いているでありますな」
空間に余裕があるためか、ダンジョンにしては明るい。
オーグはとんがり帽子を目深に被ると、暗がりを目指した。
「スライムは暗くて湿った場所を好む。ほら行くぞー」
「はいであります!」
「ふふ、ちょっと楽しみですわ」
みんな危機感がないな、まぁ最弱と呼ばれるスライムだ。こんな雰囲気になるのも無理はないか。
見ればオーグも杖を振りながら気楽なものだ。
誰にとっても今回は冒険とは名ばかりのピクニックのような有様である。
それぞれが目当てのプリンスライムを探しながら雑談をしていた。
「エルミア様は冒険は慣れてますの?」
「ん? いやエルフの森を殆ど出たことがないわね……私の住んでいた国って今思えば結構偏屈なものよ、外のこと全然関心も持たないんだから!」
「クスクス、私の故郷では、男も女も皆冒険者みたいなものでしたわ。大自然は過酷でしたもの」
二人の美人が雑談に華を咲かせれば、そこだけ別空間のような華やかさだった。
笑っても怒っても典雅さが似合うエルミアと、北海が厳しくも美しく育てたコールガ、こんな二人が一緒だと、入りづらいと思うのは自然だろう。
オーグはまぁ仲が悪いよりは良いと、容認するがメルとリンには居づらいかもしれないな。
ともかく今目当てはスライムだ。オーグは前方にぷるぷる震えている一匹のスライムを発見した。
「おっ、スライム発見、うりゃ」
オーグは石ころを蹴ると、スライムのコアを撃ち抜く。
石蹴りは相変わらずオーグの得意技だ。
「お頭石蹴り得意よね」
「まぁ昔からやってるからな」
「うぅ、私も精進であります」
「それで? プリンスライムは?」
コールガは氷の槍を構えながら、キョロキョロ首をまわした。
オーグはうーんと唸りながら、探すが中々見つからない。
「……いないな」
「まぁプリンスライムはレアでありますからな、早々見つからないでありますよ」
「おっ、こいつはなんだ? ハッ!」
エルミアは赤いスライムを見つけるとセラミック製の魔法剣でコアを貫いた。
すかさずメルは駆け寄ると分析する。
「レッドスライムでありますな。ちょっと強いスライムでありますが、お目当てにあらずであります」
「スライムも色々なのですね」
「スライムは最弱から魔王級まで、と言われる程多種多様な種族でありますから」
スライム程種類の多い魔物はいない。なんて格言がこの世界にはある。
事実確認出来ているだけでもスライム種は数百種と言われており、なおも魔物大辞典未記載のスライムは数多いと言われている。
「あら? この金属的なのは?」
メタリックカラーのスライムが音もなく近づいてきた。
意思があるのかないのか、一体どんな習性があるのかもわからない。
いけるかしら? コールガは氷の槍を構え、コアに狙いを定めて突く……が!
ガキィン!
コールガは目を見開いた。氷の槍こそ破損しなかったが、コアを撃ち抜けず当たり負けしてしまう。
メタリックカラーのスライムは攻撃を受けると猛スピードで逃げ出した。
「えっ? あれ……? 逃げましたわ」
「あー! 惜しい! あれはスライムメタルつって、めっちゃ硬いけど、倒したら良いことがあるって言い伝えがあるんだぜ?」
オーグはスライムメタルに逃げられ、がっくり肩を落とす。
一説では経験値が多いとか、あのスライムを仕留められれば一定以上の技量があるとか、何かと縁起がいいスライムだ。
なんにせよ様々な尾ひれが付く魔物だが、ちょっとした衝撃でも反射的に逃げるから、討伐は容易ではない。
「金属のスライムもいるのですねぇ」
コールガは逆に初めて見た魔物に関心したようだ。同時に彼女は次こそはコアを撃ち抜くと闘志を燃やす。
このまま逃げ勝ちなど許すものか、勇敢な海の開拓者の執念を舐めてもらっては困る。
スライムのことなら任せておけと、メルはスライムをあまり知らないコールガに薀蓄を披露した。
「なんなら魔法を使うスライムや、空を飛ぶスライムもいるであります」
「ジュエルスライムなら、上手く倒せば金になるんだがな」
オーグはそう言うと、ゲヘヘと悪どく笑ってレアなスライムを探した。
金にがめつい性格は変わらない、やっぱり金ピカはいいものだ。
ドラゴンと盗賊は財宝を溜め込むもの、これは相場だろう。
最も前に倒したドラゴンは海神の目以外はなにも落とさなかったが。
「強いスライムもいるのか?」
エルミアは腕を組むと、いつもどおり強敵を求めていた。
相変わらずの姫騎士っぷりにオーグは呆れたが、メルは自慢の知識から説明をした。
「有名なところならブラッドプリンとか、ちょっと怪しい奴ですがバルダンダースとか」
「バルダンダース? なんだそりゃ?」
オーグでも知らないスライムに彼女は首を傾げた。
メルもあまり自信がないのか、自慢の魔物大辞典の記述から説明する。
「バルダンダースは別名シェイプシフターなんて呼ばれ方もするちょっと特殊なスライムであります」
バルダンダースは知能が高い訳ではないが、どんな物でも生物でも擬態出来るという。
特に驚異的なのが人間に高度な擬態が出来るということだ。
メルは他にもバルダンダースに対する昔話に、自分そっくりのバルダンダースに出会うと殺されてしまうという話も披露した。
「ふっ、私のそっくりが現れたならば、是非私の技量もコピー出来ているのか確かめたいな!」
「エルミアに擬態したら、馬鹿さも擬態するの?」
「ちょっと待て山猫! それ遠回しに私が馬鹿と言っているのか!」
べーっ、舌を出して小馬鹿にするリンは確信犯だ。
付き合ってみれば意外と分かるが、如何にも人を超越してそうな美しく聡明そうな上のエルフだが、実体はまさしく馬鹿の一人だ。
黙っていれば非の打ち所がないとは、オーグの評価だ。
近くで見てれば、すぐにこの姫騎士が脳筋思考だと判明するが。
「あはは、あとはジュエルゼリーの伝説もあるであります」
「ジュエルゼリー? 宝石かしら?」
「あっ、俺様もそれは知ってるぞ。コアが宝石で出来たスライム」
「宝石〜? オーグが飛びつきそうなスライムね、なにが伝説なの?」
そりゃ勿論、涎を垂らす程頷くオーグを無視して、メルはジュエルゼリーの伝説を語った。
「そもそもでありますが、ジュエルゼリーは実在するとは限りませんであります。かつて神々が争った神話の時代に、神が創造したとされる伝説の魔物であります。コアは赤き宝玉とも、金剛玉とも、それ故にコアを破壊することでしか倒せないスライムとしての弱点が効かず、神々でさえ手をこまねく程と伝えられる、そんな伝説であります」
魔物大辞典にも記載はされない架空の伝説の魔物。
しかしそれを聞いて倒したいと思うのもエルミアだった。
「ふん! 宝石といえど石ころでしょう。摩耗には強くても、衝撃には強いのかしら?」
代表的なのは金剛だろう。摩擦はあらゆる宝石で最も優れるが、一方で耐衝撃はそれほどでもない。
エルフは金属は扱えないが、宝石に関してはドワーフにも劣らぬ知識人である。
特にエルフ式の宝石加工は人族にも大変好評で、高く取引されており、オーグもこのエルフ式の宝石品は高く評価していた。
「靭性もルビーやサファイアほどではないし、木槌でも割れるわ」
「さ、流石エルフであります。自然の物はお手の物でありますか」
「私の故郷には多くのドワーフがいますわ。彼らも宝石加工が得意でしたわ」
「ドワーフは質実剛健、鉄も宝石も上手いが、魅せ方はイマイチだな」
それにエルフと違ってドワーフはがめついとオーグは付け足す。
ドワーフが鍛えた剣や鎧と言えば、冒険者垂涎の一品だが、一方で華のある加工は得意としない。
見た目より機能性を重視するドワーフ式宝石品は、人族の中ではやや格が落ちるという。
「そう言えばコールガ殿の国にはあまりスライムはいないのでありますか?」
「見たことはありませんわ。とても寒い国ですのでスライムも凍ってしまうのかしら?」
「そもそもスライムってなんなのよ? エルフの森にも湧くわよ」
スライムがなんなのか。それは専門の学者であっても、未だ答えは出ていない。
あらゆる生命はスライムから進化してきたというトンデモ説もあれば、スライムこそが神が生み出した完璧で究極の完全生命体であるという説まであるほど。
魔物に対して広範な知識を有するメルでも、専門的な知識にはやはり欠けるようだ。
「そう言えばお祖父様が、昔大魔王になったスライムの話をしていたっけ」
エルミアはふと思い出すようにそう言った。
エルフのお祖父様って、それこそ神代の生まれじゃないのかと疑惑を持つが、魔王の話はメルも興味を持った。
今は魔王のいない平和な時代だが、過去には魔王と呼ばれる魔物の災厄が世界を襲った事がある。
メルやオーグでも知っている有名な魔王ならイナゴの魔王ローカストキングだろう。
実際に魔王を名乗った訳ではないが、百年に一度ローカストキングの災禍が起こると言われており、農家には特に恐れられる存在だ。
「お祖父様の言っていた大魔王は自身をサタンスライムと名乗っていたそうだ。高い知能に強大な魔法を操り、数多くの魔物を従えていたらしいが、勇者と聖女そして大賢者の三人に討ち取られたとも、倒しきれず逃げ延びたとも言っていたわね」
「サタンスライムでありますか……家にあった本には書いてなかったでありますな」
無理もないだろう。サタンスライムが現れたのは千年も前のこと、ガドウィンの歴史はその半分にも満たないのだから。
国でさえ、そんな古い記録が残っているかは疑問である。古い知識はエルフに勝る者はいないだろう。
なにせ大抵の歴史は実際に体験しているなんて云われる種族だ。
最も外に強い偏見を持つエルフ族が外に関心を持つなど、例外もいいところだが。
「まぁ魔王よりもプリンスライムだっ、レッツゴーゴーゴー!」
オーグは杖を大きく振ると歩き出す。
薀蓄披露もいいが、目的はスライムプリンを手にいれることなのだ。
そのまま一行は奥へと進む。
想像以上に広大な洞窟、多種多様なスライムがそこかしこで蠢いている。
そんな一行の頭上に、ピンク色のスライムが張り付いていた。
ピンク色のスライムは一行の後ろ姿を確認すると、ニヤリと笑った――――笑った?
なんとそのスライム、上半身が女の姿であったのだ。
その奇妙なスライムはまるで獲物に舌舐めずりするように笑うと、液状のボディ特性を利用し、天井に染み込んで消えてしまった。




