第40話 クラン結成
カランカラン。
オーグがメメントで最初に向かうとしたら、相変わらずベンの店だった。
メスガキエルフが扉を開くと、ランチタイムで忙しそうなベンが振り向く。
続いてケイトが直ぐに営業スマイルで駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ、魔女さん。いつものメンバーなら、あそこにいますよ?」
「おう、センキュー」
オーグはテーブルを囲むいつものメンバーの下に向かうと、まず笑顔で手を振ったのはメルだ。
「魔女殿こっちこっちー!」
「おう、て……席が狭いな」
円卓を囲むのはメル、リン、コールガ、そしてエルミアだ。
流石に四人もいると手狭に感じる。
そう思ったエルミアはむふふと怪しく笑うと、オーグに言った。
「オーグ! よかったら私の膝に座って!」
「エルミアを椅子にしろってか〜?」
「椅子が良いなら勿論この通り!」
エルミアは椅子から降りるとその場で身体を丸めた。
清々しいまでに人間椅子だ、仮にも一国の王女がしていい姿じゃないだろ。
「あー、アタシそういうの興味ないの」
オーグも流石にドン引きだった。エルミアをお肉屋さんに並ぶ豚を見るかのように憐れむ目がエルミアを襲った。
「おのれ……折角なら使って欲しかったのに!」
エルミアは立ち上がると悔しそうに拳を握り込んだ。
「まるでメス豚ね……」
「なんだと! やるか山猫!」
「け、喧嘩は駄目であります!」
慌ててメルは両手を広げて静止する。
エルミアの喧嘩っ早さはオーグでも静止しきれなさそうだ。
リンは全く取り合わない、単なる皮肉屋なだけなら良いのだが、こっちもお頭ラブ勢なんだから始末に負えない。
オーグは余った椅子を近くの席から寄せると、円卓の前に座る。
さっきからなにも発さないコールガが気になって声を掛けてみた。
「おいコールガ、さっきから何を飲んでいるんだ?」
「燻し豆の苦汁ですわっ、私これに目がないんですの」
黒い豆の煮汁ぅ〜? さっぱりわからない表現にオーグは首を傾げた。
クンクンと鼻で匂いを感じるとそれはコーヒーだった。
なるほどコーヒーは確か豆を一度焙煎し、それ粉末状に加工し、湯で抽出するのだったな。
その味は非常に苦味と酸味がある。
普通ならミルクで薄めなければとても飲めたものじゃないが。
「意外だな、コーヒーが好きだなんて」
「故郷ではとても貴重品でした。滅多に飲む機会もなく、この街では普通に飲めるのには驚きですわ」
コールガの故郷は寒冷とした場所にあり、コーヒー豆は亜熱帯と呼ばれる温暖な地域でしか生育しない特徴がある。
メメントの街はいたるところから商品が流通し、おおよそ見つからない物はないと思えるほどだ。
非常に安価で飲めるコーヒーに、コールガは感激していた。
「しかしよくその苦さを好んで飲めるな」
「あら、これが良いんですよ。勿論甘くしても良いですが」
それにしてもコールガがコーヒーが好物とは知らなかった。
エルミアよりよっぽどお嬢様している佇まいだが、コールガもやはり普通の女性なのだろう。
「魔女殿はお肉が大好きでありますな」
「それと酒ねっ! メルはどうなのかしら?」
「私は母上のハンバーグが大好きであります! 母上の料理はなんでも絶品ですが、特にハンバーグはとても美味しいのでありますよ」
あぁ、メルの母親マーガレットの料理は美味しかった。
オーグはガドウィン邸で振る舞われた彼女の料理の美味しさを思い出した。
貴族でありながら厨房に立つちょっと変わったご婦人だが、おかげでメルの舌をきっちり抑えているな。
「リン殿は? リン殿は何が好きなのでしょうか?」
「……特には」
「リンは甘い物が好きだぞー。特にスライムプリンには目がないな」
オーグはリンの好物を指摘すると、リンは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
秘密にしたかった。リンの表情はまるで変化がないが、実は甘党なのだ。
「スライムプリンとはなんですの?」
コールガはスライムプリンがどんな物か知らず首を傾げた。
メルはコールガに優しく説明する。
「極稀にプリンスライムという魔物が洞窟などで出現するでありますが、このプリンスライムはとても美味だというのであります」
「えっ? 魔物を食べるのですか?」
「スライムプリンは、食べても害がないんだぜ」
「恥ずかしい」
リンは自分の味覚が子供っぽいと思われたくなかった。
子供舌ならメルも同様だが、メルはそれを恥ずかしいとは思わない。
精神的にリンは大人ぶっているだけだ。
「んー、おし! ならさ、これから洞窟に冒険しない?」
オーグは腕を組んでしばし考えると、冒険を彼女から提案した。
普段はメルの提案で冒険するが、今回は冒険者ギルドの依頼じゃない。
あくまでも自主的な冒険だ。
「いいでありますな! 私その冒険に乗るであります」
「ふふ、私も俄然興味がわきました。勿論乗りますわ」
「お頭が行くなら私も、スライムプリンには興味ないけど」
リンはまだ頬を染めている。あくまでクール猫さまを演じているが、もしも尻尾があれば喜々として振っていたことだろう。
「当然私も乗るぞ、スライムでは手応えないのが欠点だがな」
戦闘狂のエルミアにはスライムは期待出来ないだろうが、オーグと一緒にいられればなんでも構わない。
オーグが言うことはエルミアはなんでするだろう。すっかりドMである。
「なんだ全員か、結構大所帯だな」
冒険者は多くて四人から六人、平均は三人でパーティを組むという。
それ以上の人数で組むこともあるが、それらはクランを結成していることが殆どだ。
「思えば前の古城の冒険もこのメンバーでしたね。私達はまるでクランみたいですね」
コールガは目を細めるとそう言った。
クランか。オーグは顎に手を当てると、なんだかそれ良いなと思えた。
「新生龍のキバってか」
「流石に龍のキバは不味い」
リンはすかさずツッコミ、流石に有名な盗賊団の名前はいろいろやばいだろう。
クランというのは、メルにも好印象だった。
メルはならばと提案する。
「ではドラゴンのキバなどは?」
「それも代わり映えないわね、ここはオーグと下僕達で!」
エルミアのセンスの無さよりはマシだろうとは、誰もが一斉に首をひねった。
そんなセンスの無い者達を見て、コールガは手を挙げて提案する。
「ベーオウルフ、はどうでしょう」
「ベーオウルフ? 狼か?」
エルミアはなにか特別な狼かと想像するが、コールガは首を横に振る。
彼女はそっと、その名の由縁を説明した。
「ベーオウルフ、龍を狩る者、私達ドラゴンを倒せたでしょ?」
「ベーオウルフかぁ、良いな! なら俺様達はこれからベーオウルフ・クランを結成だ!」
オーグはその名に満足すると、拳を握って前に差し出す。
なんのことか、一番にそれを察したのはメルだった。
「この白銀の鎧に懸けて、ベーオウルフに名を刻みましょう」
メルはオーグに拳を突きつけ、合わせる。
理解した女性陣達も、一人ずつ拳を突きつけた。
「エルフの誓い、オーグに私は命を捧げよう」
「ベルナ族海神に誓い、ベーオウルフの下で勇敢に戦いましょう」
「アタシはお頭に絶対に従う。お頭のしたいこと、私のしたいこと」
それぞれが、オーグに対して、ベーオウルフというクランに対して宣誓を行った。
五つの拳が重なりあい、オーグはニンマリと笑う。
「よし、ベーオウルフ出発だっ」




