第39話 終わって始まる
エルミアの救出から三日が早くも経過した。
心身共にヘトヘトになって帰ってきたオーグ達はガドウィン邸に運び込まれると、当主のヴァサラガの計らいで、上等なベッドに案内され、オーグは遠慮も気遣いもなく、ただ泥の中に沈んでいくように熟睡した。
兎にも角にも疲れた。戦って戦って、エルミアを救出して――おおよそオーグ達一行がやってきた冒険でこれほどまでに過酷な冒険は最初で最後かもしれない。
今はなにも考えたくない……オーグは兎に角休むことを優先した。
考えることは多いが、元々馬鹿なのだ。考えるのは元気になってからでいいだろう。
そして快適なガドウィン邸で十分な休養をとれたオーグはヴァサラガと執務室で会っていた。
カイゼル髭の大男ヴァサラガは前と同じように鋭い目つきでメスガキエルフのオーグを見る。
オーグはひとまず体は快復していた。
それを確認するとヴァサラガは、彼女に声を掛けた。
「元気になったようだな?」
「あぁ、おかげさまでバッチリさ」
オーグには感謝しなければならない。シルヴァンを取り戻し、メルも無事だったのだから。
ヴァサラガにとって今回の事件はあまりにも重かった。
まさか自分の息子がエルミア誘拐に加担したなど、本当なら信じたくはないだろう。
それでもヴァサラガはガドウィン家当主として厳粛にそれを受け止めた。
「シルヴァンがまさか誘拐に関与していることに気づかなかったのはワシの失態だ」
「けどまぁ取り返せたからいいじゃん? ね?」
「うむ……不幸中の幸いであろうな……今回の一件、ワシは君に感謝してもしきれん」
そう言うとヴァサラガは、テーブルに額が付く程頭を下げた。
それがヴァサラガの誠意だった。オーグはクスリと微笑むと、優しく諭す。
「アタシみたいなよくわからない粗雑者に頭を下げるべきじゃないのじゃないかしら? ヴァサラガさん、ほら顔を上げて」
ヴァサラガは頷くと、顔を上げる。
この如何にも怪しいメスガキエルフだが、ヴァサラガは身分や老若男女を理由に人を差別する理由はない。
ヴァサラガからすれば、大切なメルもシルヴァンも彼女は護ってみせたのだ。
オーグにとってそのつもりはなくても、ヴァサラガにとっては違う。
どんな恩を返せばいいか……全てはこのエルフに委ねられている。
「それで……シルヴァン、さんはどうするんだ?」
呼び捨てにしそうになるが、慌ててさん付けするオーグ、やはり隙の多い女性だとヴァサラガは思う。
貴族や商人ならば、致命的にも思えるが、冒険者なら、さらに言えば一人の女性として見れば愛らしさにも見えよう。
ヴァサラガには良く出来た妻がいるが、このような女性も惹きつけるカリスマがあるのもしれない。
「う、む……シルヴァンは家名を除籍して、追放処分とした」
シルヴァンは無事だったものの、家の名を汚す行為をしたのは重大だった。
三男のメルは全力でシルヴァンを擁護したが、シルヴァン自身はそんな優しさに浸る自分が許せず、腹を切る覚悟だった。
ヴァサラガはそんなシルヴァンに家からの追放処分を下した。
それさえ親としては沈痛の思いだった。
「そうか……まぁ俺様に意見する権利はないからな」
オーグは少しだけ目を細め窓に目線を逸した。
奴隷君なんて言って罵ったダメ男だが、オーグからすれば惜しい人材だと思えた。
愛すべき馬鹿はオーグにとって可愛い可愛い子分の証だ。
シルヴァンは実力も申し分ない、軽薄でヘタレで女好きだが、利口だ。
ようは適材適所だが、シルヴァンはオーグの指図すべき人物ではない。
決定はあくまでヴァサラガが下すべき、そして下した結果に異議はない。
「それにしても『反魂の法』か……」
「あぁ、それでクラリスは、なにか分かったのか?」
オーグは少しだけ顔を険しくすると、ヴァサラガに振り返った。
反魂の法を使って何かを目論む謎の教団がある。
クラリスは教団員であり、エルミアを誘拐し、何か実験をしていたようだ。
結局クラリス自身は同じ教団員の謎の蒼白の老人に騙され、ドラゴンの器に魂を移植し、その魂は輪廻の中へと戻っていった。
ヴァサラガはううむと唸ると、オーグに調べた限りを説明した。
「どうやら帰省中に襲われ中身が乗っ取られたようだな……クラリスはそのまま家に帰り、両親からあるものの所在の在り処を脅迫して聞き出そうとしたそうだ」
クラリスの両親は身分の低い貴族で、決して裕福ではなかったそうだ。
それでもクラリスのことは愛されており、豹変したクラリスには恐怖さえ抱いたという。
そんなクラリスが家に帰った理由は。
「フェニックスの魔石を探していたらしい」
「フェニックス………て、なんだそりゃ?」
「なんでも不死鳥伝説をもつ幻獣の魔力がこもった赤黒の宝石だったそうだ。フェニックスの魔石は、その時点で商人に売却したそうで、その魔石もメメントの街まで流れたことは分かっているが、そこからはまだ調査中だ」
赤黒の宝石……と聞くとオーグはある指輪を思い出した。
出自も曰くも知らない謎の赤黒の宝石がはめられた指輪、まさか、な。
「んでも教団はなんでフェニックスの魔石を?」
「それもわからん……だがロクでもないのは事実だろう」
その通りだ。オーグは頷くとヴァサラガにこれからの事を進言する。
「あなたの権力なら指名手配出来るでしょう。必ず見つけて頂戴……アタシもアイツらに聞きたいことがあるの」
「うむ、全力で捜索に協力しよう」
ガドウィン家の権力なら、必ず見つけてくれると信じている。
しかしオーグはそれ以上のことはなにも言わなかった。
自分が龍のキバの頭領オーグであることはヴァサラガにも知られたが、本人は死人を逮捕は出来んとオーグのことは黙認。
オーグが反魂の法で生きている可能性については、オーグはとても誰かに言える気分ではなかった。
§
やるべきことはやった。オーグは屋敷を出ると、そこにはシルヴァンが待ち構えていた。
シルヴァンは真っ先にオーグを確認すると、彼女の前に駆け寄り、オーグが何かを言う前に彼は綺麗に腰を折って挨拶した。
「姐さん! おはよう御座います!」
まるで若い○クザ者が、組長に挨拶する勢いです。
身分で言えば、得体の知れないチビエルフと元とは付くものの貴族ですよ?
完全に立場が逆転していて、オーグは引いていた。
「お、おうシルヴァン? えーと、なんか様子ヘンじゃね?」
「自分姐さんの奴隷ですから! そ、それでですね? 姐さん! 俺姐さんに惚れちまいました! どうかこんな馬鹿野郎ですが、絶対姐さんを幸せにしますから……その、俺と付き合ってくださいっ!」
…………はぁ?
オーグは口をポカーンと開くと話の内容がよく飲み込めなかった。
シルヴァンは愛の告白を終えると顔を真っ赤にして、ずっと頭を下げ続けた。
やっぱり駄目かな? 自分じゃ相応しくないか? シルヴァンは目を閉じ不安になりながらオーグの返事を待つ。
オーグは顔を真っ赤にすると、しおらしくモジモジと腰を振った。
どうするべき? ていうかこれって愛の告白?
幸せにするとか……オーグももはやただの生娘、乙女である。
しかしそんな彼に不幸が迫っていることを彼は知らなかった。
「よし殺そう」
「殺――え?」
シルヴァンは顔を真っ青にすると、後ろを見た。
そこにはまるで汚物を見るような目で見下すリンと、笑顔が逆に怖いエルミアが立っていた。
二人は殺気立ち、シルヴァンにゆっくり近づく。
「ま、待ってくださいリンさん! こ、ここはまずは話し合いをですね?」
「それが遺言? 冴えない遺言ね?」
「まぁまぁ、ここは穏便に暴力で」
エルミアも大好きなオーグを奪われるのはプッツンしているのか、言っていることがヴァイオレンスだ!
リンは短刀を抜くと刀身を舌舐めずりする。
「人思いに殺してあげる」
「いや、殺すのは生ぬるい。もう殺してと言わせるまで死なない程度に痛めつけよう」
「あ、悪魔だ……!」
「――――は! あ、あなた達武器を納めなさい! お頭の命令よ!」
すっかり意識が吹っ飛んでいたオーグは、事態に気づくと慌てて静止する。
お頭の命令なら、流石のリンも忠実だ。自称オーグの所有物を名乗るエルミアも素直に従った。
「……運が良かったわね」
「全くだ、エルフ族に伝わる拷問で処刑してやろうと思ったのに!」
「味方なのに怖い! どっちも怖過ぎるよ!」
ヴァイオレンス過ぎる思考をする二人にシルヴァンは恐怖し泣きべそをかく。
見た目はイケメンだし、結構しっかりしてそうなのに、案外メルの方が男らしいな。
ため息をつくと、オーグは自分の気持をシルヴァンに伝えることにした。
「あーシルヴァン? 今の俺様は恋愛にうつつを抜かすつもりはねぇ。だから答えはなしだ」
「……そうっすか、そうっすよね……。分かりました! 俺も悔いはありません! 俺は旅に出ますけど、もし姐さんに何かあったら必ず駆けつけるんで!」
最初会った時はチャラくていけ好かない奴だったのに、今のシルヴァンは誠実であった。
果たしてどちらが本当のシルヴァンなのか。
もしもシルヴァンの告白を受けていたらどうなってたんだろう。オーグは顔を真っ赤にすると、そんなシルヴァンの出発を笑顔で見送った。
「……行ったわね」
「だね、とりあえずアタシ達もメメントに帰りましょう」
「うん! ねぇオーグ手を繋ごう!」
「エルミア、お頭の独り占めは駄目」
オーグは苦笑する。エルフの国の第一王女様が、こんなメスガキエルフに夢中なのだ。
とりあえず国に帰らないのか問いただしたが、彼女は帰らないとキッパリ言い切った。
あの父王の困り顔が鮮明に予想されるが、恋する乙女は無敵なのだ。
§
城塞都市メメントに帰ってきたオーグは、コールガに呼び出され街外れで落ち合っていた。
街の景色を眺めながら風に揺れる銀髪をなびかせる絶世の美女、オーグは後ろから声をかけた。
「おまたせコールガ」
「魔女様、来てくれてありがとうございます」
コールガは振り返ると、懇切丁寧に頭を下げた。
オーグはコールガの隣に立つと、コールガはやや表情が曇っていた。
「とりあえず『海神の目』は取り返せて良かったな。これで堂々と故郷に帰れるってもんだ」
「はい、きっと一族の皆も喜んでくれると思います……ただ」
「ただ? なに?」
「魔女様、私……もう少し魔女様と一緒にいたいのです! だからその海神の目、預かってもらえませんか?」
そう言うとコールガは大切な海神の目をオーグに差し出した。
海神の目を見てオーグは目を細めると、やや面倒そうに頭を掻いた。
「いいのか? もうこれ以上俺様と付き合う必要はないんだぞ」
「そんなことおっしゃらないで、私も子分でしょう? 最後まで協力させてくださいませ」
コールガは仲間の中で最も正義感が強い。
実力も高く頼りになるが、本当に頼ってもいいのだろうか?
海神の目にはなにやら得たいの知れない力がある。
教団の老人はこれを聖遺物と呼んでいた。
何故教団がアーティファクトを求めているのかは判然としない。
海神の目は厳重に保管するしかないだろう。
「分かった、その代わりこき使うぞ〜? イヒヒ」
「ふふ、こう見えても家事も得意なんですのよ?」
あえて脅しつけるような言い方だったが、コールガはむしろ望むところというように微笑んだ。
敵わないなぁとオーグは穏やかに笑う。
結局オーグもコールガに甘えているのだ。




