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メスガキ転生  作者: KaZuKiNa919
第五章 囚われた姫君、反魂の法
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第36話 エルミアが見るもの

 「なぁエルミアさん、俺とお茶でもどう?」


 昼食の後、暇していたエルミアに声をかけたのは次男坊のシルヴァンだった。

 エルミアは紫水晶(アメジスト)の瞳で、鋭くシルヴァンを睨みつける。

 チャラチャラしたオーグとはなにもかも違う変な男だ。

 相手にする価値もなし。だからこそエルミアは胸を両手で持ち上げ、自信満々に彼にお決まりの台詞を吐いた。


 「私を物にしたいなら、実力を示せ」


 こう言えば大抵の男は引き下がる。

 剛毅に応じる馬鹿もいるが、エルミアの実力を知れば三分で「ごめんなさい」だ。

 上のエルフとさえ称される典雅な姫君の美しさは、誰もが目を見張る。

 特に人族の下卑た視線は、今では慣れたとはいえ吐き気がするほど気持ち悪かった。

 やはりエルフ以外は下等種族、いや――オーグだけは違ったな。

 オーグは唯一エルミアがまったく敵わなかった。

 負けて捕虜にされて、どんな恥辱を負わされるのか、彼女は舌を噛む思いだった。

 だがオーグがしたことといえば、まずは酒盛りだ。

 独房に酒瓶を持ってきて、一緒に飲めと強要してきたのだ。

 エルミアは拒否したが、オーグは無理やり盃に酒を持ってくる。

 ――普通そこは私にお酌させるんじゃないのかっ、と思わず突っ込んだが、その時のオーグの言葉が未だに忘れられない。


 『お前は俺様の戦利品(トロフィー)だ。俺様がしたいようにする! お前はただ従ってりゃいい!』


 なんて酷い言葉だろうか、その傲慢さ、やはり野蛮人ではないか。エルミアはこの憎き大将の喉元に噛み付くことだってできた。

 オーグが如何に野蛮で、エルフに何をしてきたか知っている。

 剣さえあればその喉元を抉ってやると、そう勝ち気に思っていたが。


 『なんだこの背徳的な味はぁ! 美味しい!』


 ――いともたやすく(ほだ)された。

 オーグが酒のツマミとして持ってきたのは、粗末なビーフジャーキーだった。

 肉を与えるなどやはり人族は鬼畜などと口では罵ったが、無理やり口に押し込まれると、その美味しさに感動してしまった。


 オーグは端的に言って馬鹿で野蛮だ。蛮族の頭領に相応しい極悪人だ。

 けれど彼が根本的にエルミアを侮辱することはなかった。

 オーグは人族だが、自分が偉いのであって、それ以外は皆平等だと考える筋金入りの馬鹿なのだ。

 この馬鹿の前では王様も奴隷も同じであって、どれだけ人生の絶頂にあるオーグが有頂天に至るか。

 自分のことを棚に上げているのだから救いがないが、見方を変えれば平等主義がエルミアの心を惹いてしまった。

 酒を飲んで肉を喰らい、そんな――エルフとしては――背徳的な行為に耽った彼女は、気がつけばノリノリで蛮族達と一緒に作法もなにもない、即興のダンスを踊っていた。


 楽しい。快楽にも似た感情がエルミアを芯まで毒素が撒かれたような気分、心の底でいけないことだと、羞恥心が叫んでいるのに、彼女はオーグに惹かれるのを止められなかった。

 ある時はチャラチャラした子分が、エルミアの尻を触ってセクハラをしてくる。エルミアは直ぐに引っ叩こうと手を振り上げるが、オーグがその子分の頭を小突いて『()()』こう言うのだ。


 『そいつは俺様の女だ。誰の許可で触ってやがる』


 その言葉を聞いた時、エルミアの頬が喜色に染まっていた。「ああ、敵わないんだ」と本気でエルミアは思った。

 オーグの器は想像以上に大きかった。森に隠れ潜むエルフは所詮井の中の蛙なのだと思い知る。

 ゆくゆくはこんな蛮族の頭に(とつ)ぐのかと本気で考えて、それがちっとも悪い事ではないと思えるようになったのだから不思議だ。


 まるで心地良い夢の中で、転寝(うたたね)しているような気分だった。

 いつまでもこうしていたいと思える程、もうエルミアはオーグの女――。

 だけどエルフの国の王は停戦を呼びかけ、オーグがそれを承認。

 多額の賠償金と、エルフの国の安全と引き換えに毎月の献上品を約束させ、戦争が終わってしまった。


 オーグは大勝利に笑った。

 だがエルミアは違う。敗戦に気を落としたのも事実だが、終戦すれば捕虜は解放される。

 エルミアは直ちに帰国し、自分の無事を父に伝えた。

 父は涙してエルミアを抱きしめ、エルミアは「老いたな父上も」とここに思い知った。

 龍のキバが壊滅したなどという情報を聞いた時はエルミアは真っ先に国を出ていった。

 龍のキバを恐れる父上は、そんなエルミアを止める為に兵まで動かしたが、そんなものでこの恋する乙女(バーサーカー)を止められる訳がない。

 軽く蹴散らして、単身龍のキバのアジトに向かうと、そこはもぬけの殻だった。

 ただ古びた玉座の隣に彼の愛用する戦鎚を目撃した時は、その事実を受け止められなかった程だ。


 オーグが死ぬはずがない、私が敵わなかった男が死ぬなんてありえない。

 エルミアはオーグの生を信じ、オーグを探す旅に出て、そして城塞都市メメントでリンと再会した。


 そしてあれよあれよと気がつけば人族でも有数の力を誇るガドウィン家の屋敷にいた。

 出発前、エルミアはシルヴァンに会い、彼に力を示させようとした……だが。

 彼の後ろから――否、あれはまるで墨汁のように真っ黒な影から滲み出るようにメイド服の少女が現れるた。その少女は悪魔のようにゾッとする()みを浮かべて、何か囁いていた。

 エルミアは記憶力には自信があるつもりだったが、往々自己評価は当てにならないと思い知る。

 なんと言っていたか。「エルフは調度いい」だったか?

 曖昧模糊な記憶力だが、なんとか捻り出たのはそれだけだ。

 メイド服の少女はなにかを染みさせたハンカチでエルミアの鼻と口を抑えられると、意識がボーっと遠くなった。


 その後のことはエルミアは知らない。

 だが彼女が次に目を覚ました時、彼女は見知らぬ場所にいた。


 「―――っ? どこだここは?」


 エルミアは身体を動かそうとする……が、動けない。

 四肢を鉄鎖(てっさ)で拘束され、豪奢なドレスの姫君は目の前の老人を睨み付ける。


 「お目覚めかね、エルフの姫君よ」

 「……ふん、悪趣味だな。なんだこの拘束は? ここは一体どこだ?」

 「一度にいくつも質問するものではない」


 老人――顔面蒼白な腰の折れた魔法使い風の老人にはなにやらエルミアが気圧される魔の気配があった。

 エルミアはそこから脱出しようともがくが、体力をいたずらに消費するだけだった。

 その間にも老人は不気味に微笑む。どう考えたって歓迎ムードではないのは確かだろう。

 やはり囚われの身なのか、ならばとエルミアは勝ち気に微笑むと老人に言った。


 「くっ! 殺せ! 生き恥をさらすつもりはない!」

 「ククク殺しはしない、君の体には利用価値があるからな」


 老人は取り合わなかった。

 クソッ、ノリが悪いなと姫君にあるまじき汚い言葉で内心舌打ちしたエルミアはとにかく情報を求めた。

 幸い首は拘束されていない、頭を動かし周囲を確認する。


 「これは……龍の石像?」


 エルミアは背後を見上げると、禍々しいドラゴンの石像に息を呑んだ。

 あまりの迫力、その牙がエルミアに狙いを定めているかのようで、エルミアはこの身に起きる事を予想した。


 (生贄か? まさか、な)


 だがそうなら、エルミアは身震いした。

 姫騎士らしく気丈ではあるが、その気丈さも不安が上回れば簡単に決壊するだろう。

 そんな惨めな姿ならなおさら見せる訳にはいかない。

 エルミアは老人を睨んだ。


 「拘束を解け!」

 「それは出来ない、暴れられでもしたらワシだけでは面倒でね」


 予想通りの答え、まぁ期待していなかったが。

 エルミアは次の言葉を探すが、その時何かがフラフラになりながら老人の前までやってきた。

 左腕を失い、ボロボロのメイド服の少女、エルミアはその顔を忘れていなかった。


 「貴様っ! 屋敷ではよくもっ!」

 「はぁ、はぁ……じ、じじいその女を使わせて、もうこの体は限界だわ」


 クラリスはエルミアには何も答えない。

 ただゾッとするような悪魔の顔をしていて、エルミアは悪寒を覚えた。


 「随分やられたようじゃの」

 「くっ……この子息令嬢の体が貧弱なのよ! さぁ早く! 反魂の法を!」


 反魂の法? 彼女はそれをいつかどこか聞いた気がした。

 けれどそれを思い出すより先に、奥から大きな足音が迫ってきた。


 「エルミアー! いるかー!」


 魔女(ウィッチ)だ。あのクソ生意気なメスガキエルフが助けに来た。

 彼女は多くの仲間を引き連れ、この場に踏み込んでくる。

 クラリスは苦虫を噛むような顔をすると、老人を急かした。


 「早く! やつらが来ただろうが!」

 「アリス……」


 しかし老人は動じない。ただ魔女を静かな目で見る。


 「エルミア! テメェら……覚悟は出来てんだろうなぁ!」


 魔女は背後で四肢を縛られ拘束されたエルミアを見て、謎の老人とクラリスに対し怒りに咆えた。

 エルミアはなんで魔女がこんなにも自分を心配して、怒ってくれるのか疑問だった。

 ただその小さな背中に感じたのは、あの悪鬼(オーグ)の姿だった。


 (そんな筈はない……けど、もし彼女がオーグだったなら、私は!)


 老人は杖を使いながらゆっくり歩む。魔女たちは警戒し武器を構えた。


 「アリス……君の目的はなにかね?」

 「あぁん! エルミアを助けに来たに決まってんだろう! 他にあるかボケが!」

 「復讐ではないと? 我々を(ゆる)すと?」

 「復讐……だって?」


 ぶっきらぼうな蛮族そのものの振る舞い。エルミアはなぜか胸が高鳴った。

 老人は「クク……」と笑うと、何かを確信する。


 「君はアリスではないな……しかしそれは非常に興味深い」

 「おいじじい、早く――じゃ、ないと、もう意識が―――」


 クラリスの体は限界だ。もう立っているのも限界のようで、必死に老人の体にしがみついた。


 「ああ、そうだったな。望み通り《反魂の法》を執り行なおう」


 老人はそう言うと、掌に何かを呼び出した。

 それは海のような青さの宝玉だった。

 それを見て、コールガが狼狽える。


 「海神(エーギル)の目! なぜあなたがそれを持っているの!?」

 「この聖遺物(アーティファクト)は我々に必要なのだ」


 老人の体から暗黒の瘴気のようなものが吹き出した。

 暗黒の瘴気はクラリスに取り付くと、クラリスは身体をくの字に曲げ、目を見開く。


 「かはっ! は……あが!」


 クラリスの口からエクトプラズムのような発光体が吐き出された。

 それは真っ直ぐエルミアに向かい――。


 「ククク、『海神の目』よ。我らが大願の成就となれ」


 海神の目は超自然の力で浮かび上がると、禍々しい光を放った。

 魔女オーグはその光が()()に聞こえた。

 海神が怒っている。見ればコールガも激しい怒りに震えていた。


 エルミアはエクトプラズムが近づくと必死に顔を背け、ただ怖くて震えた。

 だがエクトプラズムは不意に軌道を変えて、禍々しい邪悪な龍の石像に吸い込まれる。海神の目と共に。


 ピキ、ピキピキ。


 石像が震えると、脆い表面が崩れていく。

 オーグは呆然とその威容を見上げ慄いた。


 「ガ………アアア! ジ、ジジイ! ダ、騙シタナァーッ!」

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