第35話 メスガキ本気の煽り
「ぐぬぬ」と煽られ顔を真っ赤にするクラリスに、メスガキとしての貫禄の差を見せつけたオーグ。
所詮付け焼き刃のメスガキトークなぞその程度よ。オーグはロリ巨乳な胸を張って勝ち誇った。
「アリス! アンタがなんで生きているのか知らないけれど、アンタはもう用済みなのよ! だからさっさとあの世に帰れっ!」
クラリスはアリスの何を知っている。
アリスの死因にこの女が関わっている。
フン、オーグは鼻で笑う。それがどうした。
この身体の主はオーグだ。アリスじゃない。
「闇の炎よ、敵を魂まで焼き尽くせ! ダークファイア!」
クラリスは杖を持っていない。むしろメイド服には似合わない革のベルトが巻かれており、そこに短剣や謎の試験管がぶら下がっている。
通常の魔法使いではないのはそれだけで丸わかりだ、そしてこの闇の炎。
禁呪、おそらくこの世の理を乱す呪われた魔法。オーグに禁呪の知識など当然ある筈もないが、メスガキエルフの肉体が警告を発しているのだ。
炎には決して触れるな、触れたら最期だと。
「禁呪かしら……だけどねぇ? 同じ魔法を二度も見せるなんて既に凡策よ!」
オーグはマナを全身から取り込み、エテルを精製する。
エテルは燃料となって、魔力へと精錬。オーグは杖に魔力を集中させた。
「聖なる極光、ホーリーライト!」
解は魂ではなく心にあった。
オーグはその魔法を知らなかったが、アリスはそれに応じた。
聖なる極光の光、杖から迸る聖なる光は、闇の炎を飲み込むと浄化してしまう。
そしてその光はクラリスの全身を焼いた。
「あぁぁぁぁぁっ! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 何でアタシが!」
クラリスは悶え苦しみのたうち回る。
ホーリーライトは生ある者には無害、本来ダメージを貰うのは闇の眷属だけである。
ダメージを受けた―――つまりそれがクラリスの正体を語っている。
「人間じゃねえな……テメェ」
「ぎ、ギギギ……あ、アタシは人間だぁ! お前とは違う! 違う違う違う!」
クラリスは絶叫、その血のように赤い瞳がオーグ――否アリスを憎悪で見つめる。
オーグはその見え透いた悪意に反吐を吐いた。
「ケッ、俺様が化物ってか? まあ天上天下絶対無敵の魔女様だがな!」
それ言い過ぎ、平時なら全員がツッコムであろう大口も、今のクラリスには効果抜群である。
クラリスは全身を焦げさせながら、腰の試験管を手に取った。
何をする気か……だが暗殺者はその僅かな動きも許さない。
「死ね!」
「お前なんかに、くぅっ!」
クラリスの反応が遅れる。ホーリーライトのダメージが深刻なのを物語っていた。
だがクラリスは左腕を身代わりにして、暗殺者の剣を受け止める。
「左腕はくれてやる! どの道もうこのボディは使い物にならない!」
鮮血が飛び散る。左腕が宙を舞い、その僅かな隙にクラリスは試験管を地面に投げつけた。
ボフン! 砕け散ると奇妙な音と共にサイケデリックな煙が爆発するように広がった。
その臭いは刺激臭を伴い、オーグはすぐに鼻を押さえる。
暗殺者は舌打ちすると、すぐにその場から飛び退いた。
煙が晴れると、そこにはもうクラリスはいなかった。
煙に乗じて逃げたのか?
「…………」
暗殺者は無言でその場を去ろうとする。だがオーグはそれを止めた。
「おい待てやコラ」
ドスの利いた声、暗殺者は無感情にオーグに振り返る。
「貴様に用はない」
「テメェになくても俺様にはあるんだよ……奴は、あの女は何者だ?」
「………」
「教える気はない、と」
暗殺者は無言、だがその視線はこの奇妙なメスガキエルフに注がれる。
「『反魂の法』」
「は?」
「それが奴らの正体だ……そして俺は奴らに復讐する。俺の邪魔をするな」
暗殺者はそれだけ言うと、その場を去ってしまった。
オーグはそんな暗殺者の背中に甲高い声で叫ぶ。
「『反魂の法』ってなんだよ! それは俺様と関係あるのか!?」
反魂の法、それがクラリスの正体。
オーグはぐわんぐわんと視界が歪む錯覚を覚えた。
彼女の脳裏に映ったのは、血に染まる真っ赤な視界だ。
赤黒い景色に「死にたくない、死にたくない」とアリスが泣いている。
「あんなこと知るんじゃなかった。アタシの性で」、オーグは死者の声、いや死の間際の声を少しづつ思い出していた。
反魂の法……アリスの死。禁呪。闇の力。
オーグはそれら全てが繋がっているのか、その確証に手を伸ばした。
「……っ、おいシルヴァン! お前のご主人様は逃げたぞ! お前はどうすんだ! あぁん!」
視界が現実に戻ると、こめかみを押さえたオーグは、シルヴァンに向かってヤクザみたいな声を張り上げた。怖い! でもかわいい!
「……クラリス」
「シルヴァン兄さん! 教えて欲しいであります! 何故あのような者と手を組むのでありますか!」
すでにメルは剣を下ろしている。後はこの憐れな道化師をどうするかだ。
沈痛な顔の優男はもはや戦意は見当たらない。
シルヴァンは苦々しげに語りだした。
「クラリスは正真正銘の怪物だ。俺は偶然屋敷であの女の正体を知ってしまった。だがそれを目撃され、俺はクラリスに脅された。従わなければメルを殺すと――――」
「えっ……?」
メルはその言葉に思わず白銀剣を落としてしまった。
人質はメル? だれよりも想定外の言葉にメル自身が信じられないと首を振る。
だがクラリスがいない今シルヴァンは事の経緯を独白する。
「俺はクラリスに抵抗する間もなく殺されかけた。まったく敵わず俺は惨めにも命乞いしてしまった。クラリスは悪魔みたいに笑って、俺を手駒にしたんだ……」
「……負け犬ね」
リンは痛烈にシルヴァンを批判した。
しかしシルヴァンだって苦しんでいる。オーグは少しだけこのクソ野郎の気持ちが理解できた。
誰だって死にたくない。脅され人質をとられ、シルヴァンの精神はズタボロだった。
だが正義を生き方に重んじるコールガが疑問に思う。メルを見ても同じ正義の使徒であるのに。
「どうして従ったのですか? 貴方はガドウィン家の次男なのでしょう?」
「だって仕方ないじゃないか! 力では敵わない! 逆らえばメルを殺す! その次は母さんを! アイツら本当に悪魔なんだよ!」
「ブッブー!」
オーグはそんな激しく心をかき乱すシルヴァンに、大声で両手で☓を作る。
シルヴァンは「え?」と困惑の声をあげた。
オーグはズカズカ、シルヴァンの前まで歩むと、顔をぐいっと近づける。
鼻がくっつくような距離で、シルヴァンはその大きな丸い瞳に吸い込まれた。
「アンタ馬鹿ぁ? なんで自分一人で抱え込んでんの? そんで自分のやった行いを自己正当化? なっさけなーい♥ 結局アンタ勇気のないヘタレじゃん♥ 誰かに相談して、皆で立ち向かえ♥ ざぁこざーこ♥」
そっと吹きかけるように、だがシルヴァンはその妖艶さやメスガキの煽りに当てられた訳でもなく、ただ震えてガクンと膝から崩れ落ちた。
「お、俺が自分を正当化……? 皆に頼るって、そんなこと出来る訳」
「ねえ奴隷君♥ ここにいるのは誰かな? ねっ♥」
誰……? シルヴァンは震える目で周囲を俯瞰する。そこには笑顔で頷くメル。「フン」と鼻息を漏らすリン、何も言わずとも正義を貫く姿勢のコールガ、そしてそんな個性的なメンバーを率いるのが、この最っ高に鼻に付くメスガキ、魔女だ。
「助けて……くれる、のか?」
「シルヴァン兄さん、理由を聞いた以上、もう私は兄さんを護ると、この剣と鎧に誓うであります!」
「私は助けない、これはケジメよ。そのために生きててもらうだけ」
「正義は弱い、けれど皆で支え合ってこそ正義は強くなりますわ」
シルヴァンは涙した。そうこの男の弱さをメスガキが無慈悲に突き崩した。
傷の舐め合いなんてしない、ただ正論でぶっ壊す。
オーグはニンマリ笑うと、杖で地面を叩いた。
「さあ! まだこれでもヘタレんのか! 奴隷君!」
「……ッ、ああ、ああ! やってやるよ! もう奴らなんか怖くねえ! お願いだ姐さん! 俺に力を貸して下さい!」
シルヴァンは跪くとオーグに両手を差し出した。
オーグを姉御と認め、オーグはこの舎弟を子分と認めた。
もっともベンにさえ劣るヘタレっぷりは奴隷君が相応しいが。
「おし、そんじゃ後はエルミアを救出するぞ、シルヴァン案内出来るよな!」
「ああ、祭壇の後ろに通路がある……たしかそこに!」
「よし! みんなエルミアを救出して、あのふざけた女を確実に仕留めるぞ!」
皆その号令に声を上げた。
メルも、シルヴァンも。
彼らは祭壇の後ろに隠された通路を突き進む。
その先にはまた特異な空間が広がっていた。




