第34話 三つ巴の乱戦
統一感のない冒険者一行がドタバタ足音を鳴らせていた。
フロスダール城地下、そこは迷宮と化して一行を不安に誘う。
はたして今どこにいるのか?
オーグたちは、剣戟音のする場所へと飛び込んでいく。
「これは? 一体何が起きているでありますか!」
メルは戦闘の現場に辿り着くと驚く。
まるで邪教の祭壇のような場所で、漆黒の悪鬼のような怪人と、全身を暗紫のローブで隠した暗殺者が剣を打ち合い、そして祭壇の奥にはメイド服の少女が奇妙な魔法を操っていた。
「キャハ? ちょっとなんで生きてるのよ! グレンデルはどうしたの!」
「あの魔物なら首チョンパしたら死んだわよ?」
オーグがその場に踏み込むと、メイド服の少女は目を見開いた。
まるで幽霊でも見たかのような驚きっぷり、オーグは怪訝な表情をした。
「アリス? な、なんでアンタが? 殺した筈なのに!?」
メイド服の少女クラリスは、オーグを見て信じられないと首を振った。
殺した筈なのに? オーグはその言葉を聞き逃さなかった。
アリスとクラリスになにがあったのか、だがオーグはギュッと杖を握り締めた。
そしてもう一つオーグを本気で怒らせる存在はそこにいた。
オーグは杖を振ると、暗紫のローブで身を隠した暗殺者に杖を向けて叫んだ。
「暗殺者! ここで会ったが百年目だぜ! テメェには落とし前つけてもらうからな!」
クラリスの爆弾発言も気にはなったが、それはアリスの問題で、オーグには今は関係ない。
後々痛めつけて捕らえて吐かせればいい、だが暗殺者は別だ。
一方突然訳のわからないエルフ娘に名指しされた暗殺者は興味がないのか、抑揚のない返事を返す。
「誰だ貴様?」
「んきききぃぃぃ………!」
「お頭! 抑えて抑えて!」
暗殺者はリンを見ると目を細め、何か恵信すると納得する。
「龍のキバの残党か、つまり弔い合戦という訳か」
リンにとってはそう、大事なお頭を傷つけた相手。
そしてオーグにとっては自分殺しの暗殺者。
しかしリンはここで暗殺者と戦うのは得策ではないと判断する。
それはここにいる特殊なメンツの性か。
「アイツ……あの真っ黒な仮面の奴、アイツがエルミアをさらった」
「なら奴にも落とし前をつけねえとな!」
オーグはやる気満々だ。漆黒の怪人はそんなオーグに対して、漆黒の剣を構えて応えた。
怪人もまたオーグを敵と認識している。
三つ巴、こんな特殊な戦況リンには予測が出来ない。ならば今は感情より目的を優先するべきだ。
「魔女殿、この騎士の相手このメルヴィックにお任せを!」
メルは白銀剣を構えると、漆黒の怪人に剣先を向けた。
怪人は赤い双眸でメルを見ると、僅かに独り言ちる。
「メルヴィック……」
「怪人騎士! エルミア殿はどこでありますか!」
「キャハハハ! アンタらあんな下等なエルフごときに命賭けて、こんな場所まで来たの? 馬鹿じゃなーい? キャハハハ!」
「下等ですって? 下等な人種など存在しません……命の神は、そうしてこの世界に遍く命を授けたのです」
コールガはクラリスの人種差別発言に顔を顰めた。
氷の槍を振るうと、冷気が溢れ、氷華のパーティクルが飛び散る。
コールガはクラリスに狙いを定めた。
「おいお前ら」
「お頭、私達の目的はエルミアの救出よね、感情で動かないで」
リンは強くオーグを見つめると、オーグを舌打ちした。
概ねリンが正しいか。ここで焦ってクラリスを助けられないんじゃ本末顛倒ではないか。
「おい、そこのサブカルクソ女、一度しか聞かねえから答えろ。俺様のエルミアはどこだぁ!」
「誰がサブカルクソ女よ! キィーッ! このメスガキクソエルフ! アンタは私がもう一度殺してあげる!」
クラリスは闇の魔法を操ると、彼女は掌から炎を吹き出した。
オーグも咄嗟に反応して炎の魔法を放つ!
「ダークファイア!」
「フレイムボール!」
二人の魔法を合図に、その場は混沌とした大乱戦を迎えた。
オーグは魔法の相殺を確認し、この炎がなにか違うと直感する。
闇の炎、もしやこれが禁断の魔法?
「キャハハハ! エルフでありながら迷わず炎! 流石アリスね! 炎程度じゃ竦まないか!」
「訳わかんねぇ減らず口を!」
「その隙逃しません!」
コールガはそんな脇からクラリスに氷の槍で襲いかかる。
クラリスは魔法使いにも関わらず、コールガの素早い突きを、身軽に回避した。
「キャハ! あぶなーい! キャハハハ!」
狂っているのか、こんな状況でさえ気持ち悪いほど笑顔のクラリス。しかし最も笑わない男はそんなクラリスに後ろから襲いかかった。
「取った!」
「やば! ―――なーんてね?」
暗殺者が持つ剣が後ろからクラリスを突き刺す。
しかしクラリスはその瞬間爆炎に包まれ、暗殺者に引火した。
なにが起きたのか? 少し離れた場所で、異様な魔力を纏ってクラリスは転移する。
クラリスの身体は無傷だ。逆に手痛い反撃を貰った暗殺者はすぐに、ローブを脱いだ。
「ちぃ!」
「キャハ! いい男じゃない! 格好良いわよ?」
「殺す……貴様は必ず」
「もう全然話聞いてくれないわねコイツ」
取り付く島もない。やれやれとクラリスは首を横に振った。
一方暗殺者を抑えていたはずの漆黒の怪人はどうしたのか、彼は今メルとリン二人がかりで足止めされていた。
「フッ!」
「やあぁぁぁ!」
「……フン!」
漆黒の剣を振るえば、メルは白銀剣で受け止め食いしばり、その隙はリンが逃さない。
素早い山猫の身のこなしは、熟練の騎士といえど簡単に捉えられはしなかった。
「ちょっと何してんのー! さっさと援護しなさいよー! それともアンタの正体ここでバラしちゃおっかー?」
クラリスは悪い笑顔でそう言うと、一瞬漆黒の怪人の動きが止まった。
それだけは知られたくない……仮面は何も語らないが、メルはこの怪人の正体に心当たりがあった。
「やはりシルヴァン兄さんでありますか……?」
信じたくはない。メルは優しいシルヴァンが大好きだから。
だからそんな兄がなにやら怪しい組織に属しているなど疑いたくなかった。
「あら? キャハ! シルヴァン! なんだバレてるじゃん! キャハハハハハ!」
メルは顔を青くした。クラリスは腹の底から笑うと、この怪人がシルヴァンだと認めた。
そんなの嘘だ。首を振るメルに観念したのか怪人は仮面を取った。
その顔は紛れもなくシルヴァンの端正な顔だった。
「そん、な……じゃあ本当にシルヴァン兄さんがエルミア殿を?」
「そうだメル…………俺が、俺がやったんだ……」
「何故でありますシルヴァン兄さん! エルミア殿をなんの目的で!?」
「キャハ! 答えちゃ駄目よシルヴァン? 分かっているわね? キャハハハ!」
「……く!」
シルヴァンは心苦しそうに口を噤む。
リンは目を細めると、この男がなにか弱みを握られているのを感じ取った。
シルヴァンは許さない。エルミアを拐った張本人に責任は必ず取らせる。
どんな弱みがあるか知らないが、それだけはリンのケジメだ。
「人質でも取られているの?」
「……ッ!」
「わかりやすいわね……」
「人質ってどういうことであります? シルヴァン兄さん誰を人質にされたのですか!」
シルヴァンは剣を構えた。
答えられない、知りたければ倒してみろ、というように。
メルは胸に手を当てると、苦しくて泣き出しそうだった。
だけど兄は罪を犯した。その責任はガドウィン家の者が償わなければならない。
「兄さん……!」
メルは白銀剣を構えた。
ガドウィン家を守護する白銀の輝き、今シルヴァンは白銀の輝きを前にしている。
その意味を知らないはずはないが。
「この白銀の輝き、シルヴァン兄さんにわからないはずはないでありますよね?」
「ああ……白銀の鎧は弱き民を守るため、白銀の剣は悪を挫く正義のため」
それを理解しているならばなぜ? メルは歯を食いしばり鎮痛な面持ちでシルヴァンを睨んだ。
今の兄は悪である、それを象徴するように漆黒の鎧に身を包んでいる。
その鎧はシルヴァンの悲壮さだ。メルはそう感じた。
「キャハハハ! なにが弱き民よ、なにが悪を挫くよ。そんなもの絶対的な力の前では無意味! そうよねシルヴァン! キャハハハ!」
「……あぁ、その通りだ」
シルヴァンはクラリスに同意する。
そんな馬鹿げた話を終始聞いていたオーグは「はあぁ」と大きなため息をついた。
「正義だ悪だなんて、後世歴史家からすりゃ勝った奴が正義だろう。そんな当たり前のことをなに今にも死にそうな顔で言ってやがる?」
「キャハ? 一体なにを……?」
「………あぁ下らねぇ! 本当に下らねぇぞお前ら! メル! お前も男なら、シルヴァンを力づくで捕まえて何もかも吐かせりゃいい!」
「魔女殿……」
オーグは大分鬱憤が溜まっている。
聞いていればグダグダセンチメンタルな話ばかり。
クラリスのけたたましい声は聞いてて耳が痛いし、オーグからすれば何を迷う必要があるか?
勝った奴が正義、実にシンプルだ。
だからこそオーグはまずはクラリスに杖を向けて言った。
「よーするにお前が悪なのは、お前が雑魚だからだ! 今からそうなる!」
「アンタって本当にムカつくー! でも残念! アンタの方が雑魚よ、このざぁこざーこ!」
「心が籠もっていない! いいか煽るときはこうするんだよ! ざぁこざーこ♥」
口元に手を当てそっとウィスパーボイスで煽るオーグ。
怨念籠もったクラリスの悔しげな声にも、罵るくらい煽るかのようだった。




